今のところのジェイク大公

 ジェイク・アゲートがアゲートの地の大公になって数か月、この地の民衆はホッとしていた。


「サンストーン王国軍がやって来た時はどうなることかと思った」

「重税になるんじゃないかと……」

「一応ここはエメラルド王国領だったから、負けた側と言う事になるからな」


 エメラルド王国からも忌むべき地として疎まれ、隔離されていたような状況でも、エメラルド王国に属していたのは間違いないため、そこに住んでいた民衆もサンストーン王国から見れば敵なのだ。そして彼らはサンストーン王国に敗れたため、賠償という形で重税を課されることを恐れていた。


「大公様は話が分かる方でよかった」

「全くじゃ。これで前の領主の様に、急に税を課されたら堪ったもんじゃなかったわい」


 そして、前領主は戦場に出陣するために追加で税を課していたが、それを前領主の死後にチャーリーが元の税に戻しており、ジェイクが正式に認めてそれを布告していたため、民衆の不安は解消されていた。


「とは言っても、まだ先のことは分からん」

「確かに」


 だが言葉を濁したものの、まだこの地にやって来て数か月ほどの大公に不安があるのも確かで、彼らはジェイクを注意深く見定めていた。


 ◆


 民衆から変わって、兵達からのジェイクの評価だが、その前に軍が少々妙なことになっていた。


(なんとかそれなりの地位で就職することが出来た……)


 心の中でホッと一息吐いている、年の頃は30代程で、身長は180cmを超えてやたらと腕が長い大男、名をアーノルドというが、以前はエメラルド王国でそれなりに名が通っていた武勇の持ち主だった。しかしエメラルド王国がほぼ崩壊したため、新しい勤め先を求めてこの地にやって来て、その確かな実績から指揮官として採用されたのだが、態々彼が忌むべき地にやって来たのには理由があった。


 実は、サンストーン王国は、有能な兵士や将を登用するため、例え敵対していたエメラルド王国に属していた者でも、罪に問わずに能力に応じて地位を約束すると布告していたのだが、アーノルドはこの話に飛びつけなかった。


(あれがバレたら、第二王子に嫌がらせされるか、下手をしたら殺されるからな)


 一応名が通っていたとは言え、アーノルドは単なる一個人であるのに、第二王子であるジュリアスが嫌がらせをしてくるか、刺客を送って来るのではないかと本気で考えていた。しかし、これは彼が自分を過大評価しているからではなく、大真面目にその可能性があった。


(あの矢が第二王子に当たってたら俺は英雄だったんだけどなあ)


 なんとこのアーノルド、サンストーン王国軍とエメラルド王国軍の決戦の際、ジュリアスのいる陣まで矢を届かせて彼の失策を誘発させ、もう少しでサンストーン王国軍が崩壊する原因を作り出しかけた男だった。尤も、幸いと言うべきか、戦場の混乱でアーノルドが放った矢であることは、放った矢の弾道を見極められるスキルを持つ彼以外知らなかったが、もしジュリアスの耳に届いたら、その日のうちに刺客が送られてくるだろう。


 そのためアーノルドは、待遇が遥かによかろうとサンストーン王国に行く訳にはいかなかったが、それでも職は必要だ。そしてこの大公領は一応サンストーン王国の属国でありそれに従う形で、エメラルド王国の兵と将の罪は問わず、能力に応じた地位を約束する布告を出していたため、アーノルドはワンクッション挟むようなつもりで、アゲートの地に身を寄せることになっていた。


(今のところその布告は守られてるから、新しい大公は心優しいという噂は本当かもしれん。他の連中も安心するだろう)


 心の中でそう思うアーノルドだが、他の連中とはつまり、彼と同じようにかつてはエメラルド王国側に属して、サンストーン王国との戦いで悪目立ちしてしまったり、癖があっていきなり仕官することが出来ず、とりあえずアゲート大公国に身を寄せている者がそこそこいた。


 そんな連中をジェイクが受け入れたものだから、軍では彼の懐が深いという意見もあったが、やはりまだ様子見の段階だという意見が多かった。


 ◆


 そして文官のジェイクの評価だが、これもまた少々複雑だった。


「何度かアマラ様とソフィー様が、大公と話しているところを見たんだが」

「大公は別に大したことは無いんだが……」


 複雑にしている理由はジェイクの外見が、覇気のないボケっとした青年であったのに、この地の調査の名目で滞在していたアマラとソフィーが、態と文官に見える様にジェイクと親しそうに話していたことだ。


 人間は外見で印象を決める生物であるため、その点でジェイクの外見はお坊ちゃんであり、彼と接する機会が多い文官は、ジェイク個人は大したことが無いと思っていた。尤も、元々彼の背後に存在するサンストーン王国に対しては恐れていたが、そこにアマラとソフィーとの交友があるとなれば、更に権威の後ろ盾が発生するため、文官はジェイク本人に対してどう評価すればいいのか分からなくなっていた。


「まあ、優しいのは間違いないだろう」

「確かに。前の戦で何人も男が戦死した村は減税か免除されたからな」


 しかし、ここでも優しいのではないかと言う評判はあった。これは、戦地から男達が帰って来ず、男手が足りない村の一部に対して、税の優遇措置が取られたからだ。


 そのためアゲートでのジェイクの評判は、多分お優しい大公。と言うものが大半だった。


 つまり舐められているのだ。


 だからその一報に、一部の者は震え上がった。


『おほほほ。お優しいジェイク大公と呼んで差し上げましょう』


「いいや必要ない。大公だろうと君主は畏怖と敬意を勝ち取らねばならない」


 ジェイク大公、自ら兵を率いて、税を過剰に搾取した役人を捕縛する。

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