ようやく到着
前書き
申し訳ないのですが、6月は色々と忙しくて更新が滞りそうです。
◆
この世界はモンスターと呼ばれる凶悪生物がいるために、どこの領主も自分が居を構える本拠地の街は城郭を作り上げており、それはアゲートの地の中心、アゲートの街も例外ではなかった。いや、別の意味で例外だった。なにせこの地は神々が忌むべき地と定めた場所であり、何がいるか分からないと恐れた初代領主は、元々いた市民達が作り上げた壁を利用しながら更に増強を行ったため、当時の人口と街の規模の割りにはやたらと立派な城郭が出来上がったのだ。
そのアゲートの街の住人は、この地が大公領になることを聞かされていたが、極端に言えばそのやって来る者が大公だろうと王だろうと、兎に角善政を敷いてくれればそれでよかった。なにせ前の領主一族はこの地に愛着があるどころか捨て去って離れたいと思っていたため、内向きのことはかなり適当で、それでいて抜け出すために様々な貴族に心づけを送って工作していたので、その資金として税はちゃんと搾り取っていくものだから、生活が楽になるということは無かった。
「お、おい」
「こりゃあすげえな……」
「一体誰が来たって言うんだ?」
その住人でも、アゲートの街の中心を通る煌びやかな騎士達と豪奢な馬車に驚き、これは大層な奴がやって来たと街中で噂になった。とは言っても、彼らが直接馬車の中にいる大層な奴ことジェイクを見る機会はない。この時代、幾ら新しくやって来たとしても、支配者階級が態々市民の前に出てきて、私がこの地を治める誰誰だと姿を披露することなどなく、そんなことは布告官が大袈裟に叫べば十分だった。
(やっぱりちゃんと挨拶した方がいいような気も……)
『おほほほほ。鏡を見てから出直してきなさいな』
だがジェイクは馬車の中で、責任感から最低限でも顔は見せるべきではないかと考えたが、アマラとソフィーから止められていた。勿論その理由は【無能】の言う通り、ジェイクのボケっとした顔……もあるが、最大の理由は若さだ。
どう見ても青年としか表現出来ないジェイクが表に出ると、普通はしない顔見せと合わせて、市民が彼を舐める、もしくは先行きに不安を抱くのは当然であり、それならいっそ通常通り顔を見せない方がよかったのだ。
『まあ、たまーにする真面目な顔ならありですけれど、よろしくと言って他にはなにを?』
(他……他?)
『む、無能……』
(俺、父上じゃないから生活をよくするって口約束出来ないし)
『はい不敬罪ですわ』
(もうサンストーン王族じゃないし、心の中で思うことは自由だ)
【無能】としては、ジェイクが極稀になる王の顔付でなら民衆に顔を見せるのはありなのだが、ジェイクにしてみればこれ以上ない反面教師である父が、軽々しく言葉を発して混乱と失望を巻き起こしていたものだから、アゲートの地を完全に把握できていない現状、同じように軽く生活をよくするなどとは言えず、結局は今直ぐ顔を見せる必要がなかった。
(いやそれにしてもチャーリー卿には頭が上がらないな。これだけ色々出来るなんて俺の理想だ)
『それだけこき使われたと言うことですけれどね』
ジェイクが思い出すのは、今も一行の案内のために先導しているチャーリーの顔だ。殆ど全ての適性がないことを自覚しているジェイクにとって、あらゆる仕事を成し遂げて来たチャーリーはまさに理想像で、彼が一応領主代行として所持していた形の軍権も、即座にジェイクに返上したため、一番の問題であった軍権についてもあっさり解決していた。それ故にジェイクからチャーリーに対する評価は最高で、後年だがうっかり理想像だと漏らしてしまい、チャーリーの意識を飛ばしてしまう事になる。
『到着しましたわね』
(ん)
【無能】とジェイクが心の中で会話している間にも一行は街の中を進み続けており、アゲートの街の中心に位置する領主の城の門を潜り抜け、ついに目的地に到着した。
「アゲート大公陛下。到着いたしました」
「うむ」
「アマラ様、ソフィー様。到着いたしました」
「ああ」
馬車から降りるジェイク達が城を見上げる。ここもやはり、建築された時代を考えるとやけに大きく立派で、白い壁に所々青色が混じり妙な色調となっていた。
「お部屋に案内いたします」
「うむ」
長旅であったためいきなり執務室にとはいかず、家令や書記官達の案内でジェイクは領主の部屋に、アマラとソフィーは客室で最も上等な部屋に移動した。
(落ち着いた感じじゃん。よかったよかった)
『裸婦像が出迎えるかと思ってましたの?』
これから自分が暮らすことになる、広い部屋を見たジェイクはホッと一息つく。元々落ち着いた色合いや調度品が好きだったため、悪い意味で貴族趣味全開で派手な部屋だったらどうしようと心配していたが、椅子から絨毯、絵画に至るまでどちらかというと地味で、彼の好みに合致していた。
(ここがジェイク様との……)
一方、男の従卒に化けてジェイクの傍に控えているリリーは、殺人兵器として部屋の死角を確認しながら、脳の一部はここが愛の巣かと桃色に染まっていた。
「ふむ。少しチャーリー卿と司祭殿と話をするので外してくれ」
「はっ」
ジェイクの命で案内役だった家令や書記官達が部屋から退出した。
「チャーリー卿、命がある。トマの村の税収について秘密裏に調べよ。役人が懐に収めている可能性がある」
「は、はい!」
(し、調べるのはいいとして、どうしてそう思ったんだ!?)
ジェイクの突然の命令に跪くチャーリー。
チャーリーの立場では疑問を口に出来ず、言われた通りにするしかないのだが、どうしてピンポイントにトマの村で不正が行われていると断じたのかが分からず困惑した。流石の彼も大公が農民と言葉を交わしていたなどとは思わず、また当時の常識でもありえなかった。
「司祭殿、もしよかったらチャーリー卿達を助けてやってくれまいか」
「謹んでお受けいたします」
(私もと言う事は……)
そしてジェイクは、臣下ではなく対外的にはあくまで外部協力者であるオリバー司祭に頼むという形で、これから調査をするチャーリーとその部下達への助力を要請して、オリバーも承諾した。だがそれはあくまで表向きであり、ジェイクの真意をオリバーはしっかり理解していた。
監視だ。
◆
◆
『ああやだやだ。監視するとか人間の事を信じていませんの?』
(人の心も本質も善悪で語るには複雑怪奇に過ぎる。だが、法も罰も、政も人を悪と定めなければ機能しない。ならばジェイクではなくジェイク・アゲートはそれに則る)
『おほほほほ。今の貴方の顔なら民衆に見せてもいいんですけれどね』
チャーリー達が退出した途端うんざり気な声を発した【無能】にジェイクが断言する。
この青年の恐ろしいところは、人の愛、友情、善性を心底信じていながら、人間という種全体については全く別の見方を持っていることだ。現に今も、チャーリーという個人はオリバーの報告から信じていても、彼が率いる人員についての話は全く変わるとばかりに、イザベラの眷属であるため信用出来るオリバーに監視の任を与えたのだ。
(さて、休憩が終わったら執務室に案内してもらわないと。お仕事お仕事)
『へっぽこ大公の初日が始まりますわね』
初手で粛清と監視の算段を整えたジェイクが、これからが本当の戦いとばかりに背筋を伸ばして気合を入れる。
今日この日より、ジェイク・アゲートの統治が、治世が始まるのであった。
(それで他にはなにしたらいいんだ?)
『む……無能……』
非情に先行きが不安な。
(あ、そうだ。刑執行人の待遇を調べないと。悪かったら、チャーリー卿以外の相応しい者達に報いた後に改善しよう)
『まあ、一緒くたにしたら、刑執行官と同列にするなと煩く言うのが目に見えてますしね』
とにかく、始まるのであった。
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