責任と立場

(ようやく肩の荷が下りる……)


 アゲートの地で臨時代官を務める羽目になったチャーリーが、ホッとしながら護衛の兵士達と共に街道を進む。彼は臨時代官として様々な面倒ごとに巻き込まれてしまったが、それもそろそろ終わることになっていた。


 と言うのも昼過ぎにアゲートの地の中心である、アゲートの街に先触れがやって来て、この地を新たに治める者がやって来ることを知らせてくれたので、この責任からとっとと逃れたいチャーリーは、喜びながらその人物を出迎えるために、護衛として20人ほどの兵士を連れて街を出発したのだ。


「司祭様、その、来られる方ですが、お優しい方と言うのは間違いないんですかね……」


「ええ。お会いしたことがありますが、間違いなく仁徳の高いお方ですよ」


「おお……!」


 一方で、チャーリーの補佐や領民の慰撫を務めてきたエレノア教の壮年司祭、オリバーも同行しており、不安げな兵士達を落ち着かせている。兵士達は新たにやって来る者の器量を心配していたが、2年程だが自分達に親切にしてくれた司祭様が言うのなら間違いないだろうと思い、また彼らは農村部出身で信心深く、基本的に司祭の言う事は絶対だったこともありそれを信じた。そう仕向けられていても。


(とは言ったものの会ったことは無いが。まあ、イザベラ様からお聞きする限りはお優しいことに間違いないだろう)


 尤も司祭どころか人間ですらないスライムであるオリバーは、その人物と会ったことがなく、仁徳が高いなどとは言ったが、伝聞からそう思っただけに過ぎない。


(あ。あれかな?)


 チャーリーが遠くからやって来ている一団を捉えた。


(って……ご、豪華すぎ……)


 だがその一団が近づけば近づくほど、チャーリーの胃は悲鳴を上げた。サンストーン王国の旗を掲げたその一団は、木っ端貴族のチャーリーからすれば、想像も出来ない程に大金が掛かっており、鎧が輝く騎士達はもちろん、下手をすればその従卒の方もチャーリーより立派な面々で、芸術家の作品とも思える様な2台の馬車に至っては完全に別世界の物体だった。


(いや、大公陛下だからこれくらいは当然なのか)


 一応チャーリーは、この地にやって来る者がサンストーン王国から認定された大公だと知っていたので、こんな一団になるのかと思ったが、実は当初の予定では下っ端騎士の数人が護衛に付くだけだった。


「お、おお……」

「こりゃとんでもないお方が……」


 だが実際は煌びやかな100人程の一団で、これを見た周りの兵士達は気圧されて、圧倒的上位の者の威を受けることとなり、これを演出するために尽力した女達の思い通りだった。


「皆、道の外へ」


「は、はい」


 とにかくそんな一団がやって来ているのだから、チャーリー達は街道から退いて草地で膝をつく。


「何者か!」


「はっ! アゲートの地を臨時にお預かりしているチャーリー男爵と申します! お出迎えに参上いたしました!」


 チャーリーは貧相ながら武装した兵を連れているため、煌びやかな一団から従卒が駆け出し誰何の声を発したので、彼は殊更に臨時、お預かりの言葉を強調して身分を明かす。


 だがチャーリーの男爵位は少々特殊で姓もない。これは自分流のやり方が適していると色々決めて混乱を起こし、王宮から追い出された初代領主がアゲートの地にやって来た際、別に高級官僚でもない中間管理職辺りにまで勝手に爵位を与えたため、過去には領地を持たない法服貴族と言える存在が乱立していており、チャーリーが受け継いだ爵位はそのばら撒かれた内の1つだった。


 そして初代領主にしてみれば自分の権威を確立するためだが、これによって国内で勝手に貴族を増やされた形となったエメラルド王はまたしても怒りを覚えた。しかしその初代領主を処分しても、次に忌むべき地を治める者が見つからず、所詮は忌むべき地でしか通用しないお遊びだと思い直し、区別のため姓名と忌むべき地以外で貴族を名乗らせるなと釘を刺すだけにとどまって、ますますアゲートの地を隔離することに繋がった。


「承った! しばしお待ちあれ!」


「はっ!」

(大丈夫。急に打ち首だなんては言われない筈。いやでも、税とか勝手に調整しちゃってるぞ)


 チャーリーは去っていく従卒を見送りながら、今更ながら自分のやって来たことは大丈夫だったかと不安に思い始めた。前領主が戦争に赴くために決めていた追加の税についてチャーリーは、これは戦争のための追加税だから、ご領主様も戦争が終わったら税を元に戻すつもりだったに違いないと無理矢理解釈して元に戻したり、軍役で男手を取られ、しかも帰ってこなかったところはこのままではどうにもならんと、場所によっては減税していた。だが税のことは領主の特権であり、代理が勝手に決めていいことではなかったため、咎められる可能性は少なからずあった。


「チャーリー卿こちらへ!」


「は、はっ!」


「こちらへ。アゲート陛下がお会いしたいと仰られた」


「はっ!」

(え、なんで? ここで?)


 チャーリーが自分の未来を悲観していたが、従卒に代わってやって来た騎士の声に従い、慌てて煌びやかな一団へと走ると、あれよあれよという間に最も豪奢な馬車の傍まで連れてこられてしまった。だがここはまだ街道で、精々が代理の者にご苦労と言われるだけだと思っていたチャーリーは困惑しながら跪く。


「おお。貴公がチャーリー卿か。面を上げよ。私がジェイク・アゲートだ」


「はっ!」

(わ、若いぞ!?)


 チャーリーの立場では面を上げよと言われても、馬車から降りてきた者の足元を見る事しかできないが、その声の若さに驚愕する。彼は単にサンストーン王国から大公が来るとしか聞かされておらず、大公と言うからにはもっと壮年の者が来ると思っていたのだ。


「今までご苦労だった。気になっていたのだが、立場と収入はどうなっている? 昔のままか?」


「は、はっ! そうなります!」

(気になってたってなに!? 俺のこと知ってるの!? と言うかなんで立場と収入!?)


 チャーリーはアゲート大公ことジェイクが、まるで自分を知っているかの様なのはどういう事かと混乱するが、まさか自分が頼りにしていたオリバー司祭から情報が伝わって、ジェイクやアマラ達の注目を浴びているとは夢にも思っていなかった。


「それはいかん。後で正式に子爵に陞爵させよう。最も功ある者に報いなければ国家の健全性がない」


「あ、ありがとうございます!」

(やった! 収入が増える!)


 チャーリーは臨時の立場だった故に、自分の金を下手に弄ったら後々処分されると恐れていたため、その辺りは全く手を付けていなかったが、かといって仕事量と合っていたとは思えず、子爵になって増える収入に素直に喜びながら返事をしてしまった。


「これからも頼むぞ」


「はい!」

(うん? これからも?)


 立場と給金が上がるということは、責任と仕事も大きくなることなのに。


 当然も当然。チャーリーは今までなんとかでも、アゲートを治めていたのだから、ジェイクが彼を手放すわけがない。一刻も早くこの立場から抜け出したい一心だったチャーリーの、元の地味な仕事に戻るという見通しは甘すぎた。


「ところでこの地に刑執行人はいるか?」


「はい……」

(え? 俺ってやっぱり打ち首?)


 そしてチャーリーは、最後に付け足されたジェイクの言葉に慄くのであった。

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