仁と刃

 アゲートの地は川と海を有し、それによって発展してきたが豊かという訳ではない。この地を任されていた領主の先祖は、元々協調性がなく当時のエメラルド王からも目障りに思われていた上、王宮で務めているときに、自分流のやり方が分かりやすいからと決まりを変えたことによってあちこちでミスが連続して発生したため、その責任を取らされ島流しのような扱いでこの地にやって来たのだ。そのため不貞腐れて、苛政でとてつもない重税を課したという訳ではなかったが、碌に領地を発展させることをしなかった。


 そして子孫であるサンストーン王国との戦で討ち死にした当主と嫡男は、武勲を立てて忌むべき地から去りたいと考えていたためこの地への愛着など微塵もなく、そのためアゲートの地は、立地条件の良さでなんとか人が離れていないだけの場所だった。しかも、現在は当主と嫡男が討ち死にしたため、下っ端の便利屋がなんとか体裁を維持しているだけの有様で、このままでは遠からず大混乱することは目に見えていた。


「あれは?」

「えらく立派な一団だ」

「こりゃあ凄いお人が来られたらしい」

「いいから跪け」


 そんなアゲートの地で、土地を離れられずなんとか生活している農民が、遠くの街道を進む煌びやかな一団に気が付いて跪いた。例え遠くだろうが、そうしなければいけない世界であり時代なのだ。


(ご領主様が出陣された時より凄いぞ。一体誰だ?)


 農民がちらりと窺ったその一団は、遠目からでも屈強と分かる騎士達とそれに見劣りせぬ軍馬、その従卒、豪奢な馬車で、100人ほどで数は少ないが、記憶にある結局は帰ってこなかったかつての領主軍より余程立派だった。


(止まった?)

(誰かこっちへ来たぞ)

(いったいなんの用だ?)


 その煌びやかな一団が止まると従卒が彼らの方へやって来ていたが、既にサンストーン王国にこの地が接収されたことは知られており、襲い掛かられることもないはずで、全く心当たりのない彼らは困惑する。


「村長はどこだ?」


「わ、私でございます」


「あるお方が話聞きたいと仰せだ。ついてこい」


「は、はい」


 しかも妙なことに、農村の村長の話を聞きたいなどと言われて全員が困惑したが、とにかく高位の者にそう言われれば村長は従うしかなく、従卒に連れられて一団の近くで跪いた。そして村長は知らなかったが、彼を呼んだ者は身分を明かして正式に話そうとすると、煩わしい手続きをしなければならないため名を教えなかった。


「連れてまいりました」


「うむ。聞きたいことがいくつかある。それに答えるだけでいい」


「ははあ!」

(声が若いぞ)


 跪いた村長からは見えなくとも、馬車の扉が開き中から人が降りてくることが分かったが、その声は予想に反して青年のような声であった。


「税は大雑把に人頭税、地代、賦役、相続税か?」


「そうでございます」

(そんなことを? お貴族様の考えることはよく分からん)


 村長は上から掛けられた声に頷きながら、なぜそんな分かり切ったことを聞くのかと心の中で首を傾げた。


「村の名は?」


「トマの村です」


「2年以上前だが軍役で男手を取られたか?」


「はい」


「帰って来たか?」


「いいえ」


 サンストーン王国との戦いに出陣した前領主は、各地の村から数人ずつ男に軍役を課して引き連れて行ったが、この村を出た男達は残念ながら帰ってくることがなかった。


「その後に税の免除はあったか?」


「いいえ」


「役人には訴えたか?」


「はい」


「役人はなんと?」


「御上には伝えているが、苦しいのはどこも同じだと」


 質問に素直に答える村長。


 急に働き盛りの男手がいなくなったのだ。互助で成り立つ農村社会には大きな痛手であり、税を徴収しに来た役人にその苦境を伝えたが、どこも同じ辛い思いをしていると言われて話を打ち切られていた。


「役人の名は? 何年同じだ?」


「お名前はサイモン様で、はて……もう10年以上には……」


 村長が小太りの役人を思い出しながら答える。


「よく分かった」


「は、はい。その……」

(ど、どうする、い、言うか? なんとか税を軽く……)


 話が終わっても村長はホッとせず、寧ろ緊張の度合いを高めていた。今すぐ離散しなければならない程余裕がない訳ではないが、それでも今の税の状況が続けば破綻することは明らかで、彼はなんとか税を軽くしてもらいたかった。しかし、役人に訴えるのと、どう考えても高位の貴族に、現状を領主に伝えて欲しいと直訴するのでは全くリスクが違う。下手をすれば周りの騎士に無礼打ちされてもおかしくはなかった。


「あ」


「安請け合いは出来ん。が、色々と調べる」


「は、ははあ!」


 村長が意を決して、あの。と言いかける寸前、若い青年の声がそれを抑えるように柔らかい声を出したため、村長は慌ててひれ伏すしかなかった。


「これからの妾達の予定についてちと相談がある」


「一緒に馬車に乗らせてもらう」


「はっ!」


 村長がひれ伏し、女と騎士のやり取りが行われているが


 ぎしり、と。


 青年が馬車に乗り込むと、なにか途方もなく重いものが乗り込んだような音が響き、一瞬だけ全ての音が消え去った。


 そして村長は一団が去るまでそのままひれ伏し続け、結局なんの一団だったんだと呆然としながら村へ戻ることになった。


 ◆

 ◆

 ◆


「ふむ。現地からの報告では、気苦労性の臨時代官が無理矢理に屁理屈を付けて、軍役から男が帰ってこなかった村の税は一時的に低くしていたはず」


「なのに税が変わってないとなると、ちょろまかして懐に入れている可能性が高い」


「どうする?」


 相談があると一緒の馬車に乗り込んだアマラが不遜にも足を組み、ソフィーが相変わらずの冷たい表情で、村長に質問をしたジェイクを見つめているが、彼女達は胸を高鳴らせて女として疼いていた。


「国家の綱紀粛正を行う方法は粛清以外存在しない。場合によっては死だ」


 王がそこにいた。

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