追放ではない。旅立ちである。

「なに? アマラ殿とソフィー殿があ奴に同行する?」


「はい国王陛下」


(余計なことを)


 ジェイクの下から戻った使者が、玉座の間で跪きながらアーロン王に事の顛末を報告したが、態々ジェイクにちゃんとした護衛など付けたくなかったアーロン王は心の中で舌打ちする。精々下っ端の騎士を2人ほどと考えていたのに、古代アンバー王国の末裔が同行するなら話は全く変わり、きちんとした騎士とその従卒、下男達を合わせて100人ほどは付けなければ、サンストーン王国の格が疑われてしまうだろう。


「それとジェイク殿下より、以降はジェイク・アゲートを名乗ると言伝を預かっております」


「そうか」

(ふん。お似合いの名だ)


 アーロン王はジェイクが姓を変えたと聞かされても、無能が忌むべき地の名を名乗るのはぴったりだと蔑むだけだ。


(うーむ。そこまでお覚悟がおありか)


 だが玉座の間で控える臣下達の考えは少々違う。アーロン王からそう名乗れと言われた訳でもなく、自分からアゲートの名を名乗るジェイクの覚悟に感心していた。彼らにとってそれほど忌むべき地、アゲートは負の土地なのだ。


「……よかろう。正式な騎士を10名程とその下の者達を付けよ。他国に侮られることは避けるのだ」


「はっ」


 この場合アーロン王が言った正式な騎士は、騎士達の中でも最も身分確かで上位の者達であり、当然その騎士達はジェイク大公と古代アンバー王国の双子姉妹を護衛する格を有して、それ相応に着飾っているし、お供の者も引き連れることになる。


「ご報告は以上になります」


「分かった下がれ」

(まあ別にいい。これで我がサンストーン王国に無能は存在しなくなったのだ)


「はっ」


 アーロン王は一時的に不快な思いをしたが、それは無能と完全に縁を切ったことで収まった。


 ジェイクは所詮はその程度の存在だった。まだ歯車はちゃんと動いていたのだから。


 まだ。


 ◆


「なに? 無能が忌むべき地を任されて大公になった?」


「はいレオ殿下」


 サンストーン王国第一王子レオが王城の中にある自分の執務室で、配下からジェイクの件について報告を受けて顔を顰めていた。


「父上は何か事前に仰っていたか?」


「いいえ。私は全く知りませんでした。その、他の者達も急な話に驚いていまして、アマラ様とソフィー様から相談されたからと仰られていましたが……」


「また思い付きか?」


「……」

(その可能性はあるが言えば国王陛下への非難になる……)


「確かにあの地はほぼ接収して戦になっていないと聞いているし、扱いに困る忌むべき地なのは分かっている。だがそれでも実働した軍と私に一言あってもいいはずだ」


 苛立たしげなレオと、口には出せないが無言で同意する配下の貴族。


 レオが顔を顰めた理由は、配下の者が忌むべき地を無血で接収したとはいえ、それでも武官貴族とそれを率いている形のレオは、様々な手間を掛けているのだ。それを前回の特段の思い付きである戦地へ急にやって来たことのように、またこちらへの配慮もなしに思い付きで勝手に決められたと思ったからだ。


「だがまあ、無能にはお似合いなのは間違いないか。いや、それでも一言あってもいいはず」

(なぜそれだけ軽く決められるのに、後継者としてとっとと俺を選ばない)


 レオは考え直してジェイクと忌むべき地はお似合いだと言いながら、それでもやはりアーロン王の急な決定に苛立ち、再び一言あってもいいはずだと吐き捨て、なぜ自分に道理を通さないことばかり軽く決めるのかと内心で罵倒する。


(それにジュリアスの仕業に見せかけて消す使い道があったのに)


 そしてもう一つ気に入らないのだが、ジェイクを殺害して敵であるジュリアスの手の者が行ったと罪を被せる計画があったからだ。


 表立っていなかったが、ジェイクが密かに注目されていたことを感じ取っていたレオとその派閥は、邪魔になり始めたジェイクを消して、そのままジュリアスも失脚させる一石二鳥を企んでいたが、どうやってジュリアスの派閥がやったように見せかけるのかと悩んでいるうちに、今回の出来事が起こってしまった。


 そしてそれはジュリアスの派閥も同じだった。


 ◆


「なに? 無能が忌むべき地を任されて大公になった?」


「はっ」


 ジュリアスが、絶対に認めないだろうが兄であるレオと同じ言葉と表情で、ジェイクが大公になったことについて顔を顰めていた。


(無能を消してレオに罪を被せるつもりだったが)


 そして考えも同じで、ジュリアスもジェイクを殺害してその罪をレオに被せるつもりだったのだ。尤もこちら側も、どうやってレオ側がやったように見せかけるかで悩んでいたが。


「確かあの地は川と海があったな?」


「はい。そのはずでございます」


「そうか」

(ちっ。それならそれで使いようがあるというのに)


 ジュリアスが心の中で舌打ちする。忌むべき地として名高い土地柄故、川と海があるという程度は知っているジュリアスだが、【政神】である彼なら十分発展させる事が出来た筈だった。


(まあそれでも忌むべき地は忌むべき地か。無能に丁度いい)


 しかし、ジュリアスでも忌むべき地という名には怯むものがあり、無能のジェイクに相応しいかと思い直した。


 このようにジェイクは肉親達に、ゴミをゴミ箱に捨てるかのようにしか思われていなかったのだ。


 ◆


 ◆


 ◆


 そしてその日が訪れた。


 煌びやかな騎士や従卒達に囲まれた馬車に、ジェイク・サンストーン。いや、ジェイク・アゲートが乗り込んだ。


 同行するのは再び男の従卒に化けたリリーと、他の馬車に乗り込んでいるアマラとソフィーの双子姉妹だ。イザベラは大神殿でレイラとエヴリンを匿い、後にソフィーが神に禁じられている空間魔法で転移して、アゲートに連れて行く手はずになっている。レイラとエヴリンの本領は、アゲートの地に到着してからだ。


「それでは出発します」


「うむ」


 騎士に頷くジェイク。


 ジェイクがサンストーン王国王都から旅立った。


 それと同時に……少しずつサンストーン王国からこっそりと、ひっそりと人も、物も、金も……。


 一行が向かうは神々が忌むべき地として定めたアゲートの地。


 そこで無能は何を成すのか。何を成せないのか。


 そして世界の行方は。世界の行く末は。


 運命は。定めは。


 今、時代が動き出そうとしていた。























『オリヴィア、貴女の子が旅立ちますわよ。それが良かったのか悪かったのか、どう思いますかね。私もそこそこ関与したんですけど。それに男一匹独り立ち、と言うには女が多すぎますわね。ま、とにかく見送って差し上げなさいな。おーーーっほっほっほっほっほ!』

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