直前

「恐れながら申し上げます。国王陛下、忌むべきアゲートの地を占領したと報告があったのですが……」


「アゲート……」

「忌むべき地か……」


 サンストーン王国王城。玉座の間で跪いた臣下が、アーロン王に恐る恐る報告すると、居並ぶ臣下達の間で少しざわめきが起こった。その臣下達もまた貴族であり、神々と古代アンバー王国が忌むべき地として定めたアゲートの地には、出来れば関わりたくないのが本音なのだが、かといって放置する訳にもいかない。管理者がいなければ、全くの謎だが忌むべきと定められた原因がなにかを引き起こすかもしれないし、治安の悪化に繋がる恐れがあった。そのため臣下達は、自分達とは関係ない判断を下してくれと思いながら、アーロン王に戦々恐々としていた。


「うむ。忌むべき地についてだがアマラ殿とソフィー殿から要請があった」


 弛んだ顎で頷きながらアーロン王が発した言葉に臣下達は顔を見合わせる。ここ数年サンストーン王国に滞在しているアマラとソフィーの双子姉妹は、今まで政治的な活動をしてこなかったのに、今更一体何の要請をしたのかと疑問に思ったからだ。


「古代アンバー王国の末裔として、忌むべき地の管理人は身元の確かな者にして欲しいとな」


(アマラ様達の立場からすれば当然だろうが……)

(やはり貴族の誰かという話になるではないか……)


 続けたアーロン王の言葉に、貴族達は心の中で顔を顰めた。彼等にとって身元の確かな者は即ち貴族であり、誰かが貧乏くじを引く羽目になる。そうなれば生涯に渡って、その忌むべき地の領主とレッテルを貼られてしまい、それは面子や名前で生きている貴族にとって死活問題となるのだ。故に彼らは心底その役目を押し付けられるのは嫌だと思っていた。


「そこで第三王子はどうかと提案された」


「おお……」

「それなら……」


 再びざわめきが起きるが、今度は疑問ではなくほっとしたような空気だ。


 アーロン王の本音はジェイクを忌むべき地に追放して、完全にサンストーン王国から切り離すことだが、レオとジュリアスが大失態して数年が経っているとはいえ未だその記憶は新しい。そこでジェイクを考えなしに追放すれば、アーロン王にとって業腹だが、比較的マシな第三王子を追放してどうするのかと動揺が起こるだろう。そこでアーロン王は、あくまで双子姉妹から提案された形にすることにしたのだ。そして臣下達は自分が貧乏くじを引くことがないと分かりほっとしたし、古代アンバー王国の末裔である双子姉妹が、ジェイクに任せたいと提案したならしょうがないよなと、都合のいい考えで納得した。


「皆の意見はどうか」


「恐れながら申し上げます。それが最もよろしいかと思いまする」


「うむ」


 アーロン王の問いに頷く臣下達。


 建前上は双子姉妹からの要請なため、一応臣下から意見を聞くアーロン王だがその心は固まっているし、臣下達は臣下達で自分がその貧乏くじを引くのは御免だから、双子姉妹が要請しているのならそれでいいじゃないかと同意した。ある意味で利害が一致していたのだ。


「それでだが、あの地の管理に専念させるため、あ奴に大公位を与え、大公国として独立させることも提案された。どう思うか」


「恐れながら申し上げます。それが最もよろしいかと思いまする」


「うむ」


 再びアーロン王と臣下で同じやり取りが行われた。


 貴族達の感性では、末っ子の第三王子に領地を任せる際に大公位を与えるのは、名誉を与える事でありジェイクの面目も保たれるし、独立国と言っても実際はサンストーン王国の属国なため、特に問題がないように思えた。


(レオ殿下とジュリアス殿下のことを考えると最後の備えとして……いや、それなら言ったお前に任せると言われるのが目に見えているか)


 勿論臣下の中には、レオとジュリアスに王としての素質に疑問があるため、最悪の事態が起こった時の備えとしてジェイクを留めた方がいいのではないかと考える者もいたが、そのことを発言すれば王子2人の素質を疑問視するのかと叱責されるだろうし、そのまま言った自分が忌むべき地を任されるのは目に見えていると黙り込む。


 そして唯一それを出来たであろう、以前にアーロン王の出陣を思い留まらせようとしたアボット公爵だが、その後の仕打ちで自分が疎んじられていることを理解したため、この2年ほどの間で自分の領地に戻り、アーロン王も引き止めることなく、寧ろ鬱陶しい奴がいなくなったと喜んでいた。


「そして一刻も早くあ奴を送ってくれと言われている。どうやら代官がなんとか維持しているが、それも限界に近いようだ。早速あ奴を向かわせる」

(これでようやくあの無能を栄光あるサンストーン王国から切り離せるわ)


 アーロン王は現地で問題があるから急がせると言うが、実際は大公として向かわせるジェイクのために態々式典をしたくないからだ。そして晴れて無能と縁が切れ、清々したと気分がよくなった。


 だから口を滑らせた。


「あ奴に伝えよ。大公として忌むべき地を任せる。以降サンストーンの名を名乗ることは許さんとな」


「はっ」

(やはり第三王子が疎ましいからか)


 今までアマラとソフィーの要請という建前で話していたのに、最後の最後でサンストーンの名を名乗るな、だけではなく、許さんと言ったことで、この場にいた臣下達全員が、やはりジェイクが疎ましいから追放するのだと理解してしまったのだ。


 臣下達からすれば兄2人に比べてマシなジェイクをである。

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