全く違う空気を吸っている無能と傾国

 奸婦が金で、傾城が色で、悪婦が眷属達と、毒婦と妖婦は滴る毒の妖言で、サンストーン王国で蠢いている。サンストーン王国は危険なのだ。名を欲しながら後継者を決められない優柔不断のアーロン王と、武官を率いた第一王子レオと文官を率いる第二王子ジュリアスがいがみ合っている以上、安全のために対策を講じる必要があった。


 その上、元々武官と文官というのは仲が悪い。武官は文官を軍の必要性を理解していない腰抜けと思い、文官は武官を金食い虫の軍の拡張ばかり要求する野蛮人だと思っていたのだ。そこへ【戦神】と【政神】と言う分かりやすい旗頭が出来たため結集した結果、サンストーン王国は二つに割れてしまった。そして、レオの派閥はエメラルド王国を切り取り続け、ジュリアスの派閥は水面下で影響力を高め続けているため、現状はなんとか小康状態という嵐の前の静けさだった。


 そんなサンストーン王国で、嵐となり得るジェイクと、この世で最も危険な人間である【傾国】のレイラが何をしているかというと……。


「そ、そろそろ起きないと……」


「もうちょっと」


「す、少しだけだぞ」


 レイラもエヴリンと同じように、ベッドで寝ていたジェイクに引き込まれて後ろから抱きしめられ、その上更に手までお互い握り合っていた。ジェイクは一応はまだ特訓と称して木剣を振っているため、その指と掌は剣ダコが多く出来上がっていたが、一方のレイラは彼以上に棒を振り回していたのに、白磁よりもなお美しい指をしておきながら、例えジェイクの手垢に汚れようと気にせず指を絡めている。


 そう、この2人は世間とは全く別の空気を吸っていたのだ。


「思ったんだけど」


「なんだ?」


「アマラとソフィーが言うには、俺が忌むべき地の大公って話が進んでるみたいだけど、形式上でも独立国ってことはさ、早いうちに結婚して子供もいた方がいいよね」


「ば、馬鹿……」

(こ、子沢山……)


 人間味がないほど至高の芸術であり白さであったレイラが、ジェイクの遠回しの要求に頬を染めて、ベッドの上で身悶える。ついでに頭の中でも桃色の未来を思い描いていた。


「だ、だがせめて第一王子が結婚するまでは待たないとダメなんだろ?」


「うん。幾ら独立国でも、実質はサンストーン王国の属国だからね。ジュリアス兄上までは待たなくていいけど、レオ兄上が結婚する前は待たないと」


 しかし、レイラの女の部分が今すぐジェイクと結婚することを求めても、理性はどこまでも冷静で、属国の大公が兄を差し置いて結婚することは出来ないだろうと自制する。自制するが、絡めていた指に力が入り始めていた。


「まあでも、今も事実婚だよね」


「言ったな?」


「うん」


「い、言ったな?」


「うん言った」


 レイラが指に力を入れ始めたことを感じたジェイクは、彼女を安心させるために事実婚をしているとそれこそ事実を言って、念を押してくる彼女に頷いた。そしてレイラは更に体を赤く染めて体温を急に上げていた。


「出来たら母上にもレイラ達のことを紹介したかったけど」


「その、どういった方だったんだ?」


 ジェイクが寂しそうに呟き、レイラが恐る恐ると尋ねた。ジェイクの母親はアーロン王に関係を迫られ、その心労が祟り既に故人だったため、彼女はあまり触れるべきでないと思い、詳しく聞いたことがなかった。


「殆ど覚えてないけど、優しい方だった……と思う。少なくとも俺は遠ざけられてなかったし。名前はオリヴィアで、他には……聞いた話、離れた所にいる人と話せる【通話】だったかなんかのスキルを持ってたらしいけど、うまく使えなかったみたい。それと……蜂蜜が好きだったらしい」


 ジェイクが母のことについて、ぽつりぽつりと思い出しながら呟く間、後ろから抱きしめられていたレイラは彼の正面を向いて耳を傾ける。ジェイクが伝聞として母のことを話しているのは、実際に母のことを知らないためで、その人となりは使用人達から聞いた事が殆どを占めていた。


 だがそれでも、幼少のジェイクは母に育てられており、例え記憶として覚えていなくとも、自分は確かに愛されていたと思っていた。


「お墓はどこに?」


「母上の実家にある。かなり辺境だから行くのはその内だね」


 宮廷の政治闘争に巻き込まれることを恐れたジェイクの母の実家だが、それでも遺体は引き取って埋葬していた。アーロン王のことだから、そうでもしなければ悪い意味で適当な場所に埋葬されると危惧したのだ。


「そうか。じゃあ落ち着いたらお会いしないと」


「うん」


 レイラもジェイクも、今の状況で辺境にある母の実家まで行くことは不可能だと分かっていたが、それでも敢えて会いに行くと約束して頷き合った。


 そして月日が流れ……。


 ◆


「第三王子に忌むべき地を任せ、大公国として独立させる。以降、サンストーンの名を名乗ることは許さぬとの王命にございます」


「受け賜わりました」


 来るべき時がやって来た。


 ◆


「どこまでも一緒だ」


 傾国も


「ソフィーさんの空間魔法って便利やなあ。あんだけあった金を移動できるなんて」


 奸婦も


「ジェイク様を害する者は僕が消す」


 傾城も


「うふふふふふふふ」


 悪婦も


「どうだ?」


 毒婦と妖婦も準備は出来ていた。


 しかし。


「星の動きが変わった」


 先を見通すため星読みの占いをしていたソフィーだからこそ気付けた。


 世の混沌が。


 止まっていた、時代という名の時計の針が動き出そうとしていた。



あとがき


プロローグ終わりました(小声)←真の無能作者

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