味わう奸商

朝一番のジェイク邸。今日ジェイクを起こすのはエヴリンの番だった。彼女は窓から差し込む朝日で金の髪と、勝気な青い瞳を輝かせて彼の部屋に入っていく。


「ぐう……」


「朝やでー。早起きは得言うから起きんと損やでー」


 エヴリンは今にも鼻提灯でも作り出しそうなジェイクの耳元に口を寄せてコソコソと囁く。レイラがいれば、本当に起こす気があるのかと突っ込むことだろう。


「……損していいから一緒に寝よう……ぐう」


「ああそんな。商人のウチに損しろとかご無体な。あーれー」


 寝ていた割にしっかりエヴリンの声を聞いていたジェイクだが、だからと言ってはい起きますと聞き分けのいい男ではない。もぞもぞと布団から腕を出すと、自分の耳元まで近づいていたエヴリンの腕をがっしりと掴み、器用に布団の中へ引きこんだ。


「債務でウチのこと縛り付けた上に体までなんて。これはとんでもない王子や。早う逃げ出さな」


「……一生離さない。ぐう」


「うひ」


 あれよあれよという間に布団の中でジェイクに拘束されたエヴリンは、口では拒否しながら自分の体を彼に擦り付けたが、本当に寝ぼけているのか怪しい彼の言葉に、つい口から笑いが漏れて、その勝気な瞳の光をどろりとしたものに変える。この女、以前から自分は債務でジェイクに縛られているとか何とか言いながら喜んでいたのに、その上更に、物理的に体を拘束された上で一生離さないと言われて、頭の先から爪先まで震える程喜んでいるのだから救いようがない。


「揺り籠から墓場までが商人の鉄則やけど、商人を墓場まで連れ込むとかないわー。まあでもしゃあないかー」


「……揺り籠もよろしく。ぐう」


「うひひ」


 エヴリンは自分は最期までジェイクと一緒だと宣言したら、その途中で必要な物まで要求されて、ニヤニヤと笑い始める。


「……ぐう」


 だが本当にまだ寝ぼけて寝たがっているジェイクは、更にエヴリンを力強く抱きしめ、彼女はこの時間を打ち切られまいと慌てて自分の口を手で覆ったが、その隠れた口元はずっと笑みを浮かべていた。


「いい加減起きろ!」


「ちぇ。邪魔が入ったわ」


 あまりにも遅すぎるエヴリンとジェイクに、業を煮やしたレイラがやって来るまで。


 ◆


 ◆


 ◆


「商会の方はどうなんだ?」


「信用第一のエヴリン商会に変わりあらへん」


 朝食が終わり、ジェイクが自分の部屋で勉強するために戻ると、レイラがエヴリンにそう問いかけた。この2人だが意外と馬が合うようで、ジェイクが絡まなければ仲が良かった。


 そしてエヴリンの商会だが、実は儲けの多さの割りに市民や貴族と関りが少なく、代わりに他の商会との繋がりが強かった。これは彼女の商会が貴族や市民と直接取引するような形態ではなく、他の商会から大量に購入してそれを寝かせておき、需要が高まった時にまた別の商会に売るという形であったためだ。勿論これは先を読む力が非常に重要だが、彼女がそれを外したことは無かった。


 そしてその取引の際に、必ずエヴリン商会が高い金を出してエレノア教の聖職者を呼び、立ち合いの下で契約を結ぶため、他の商会から高い信頼を得ていた。


 裏で彼女達が繋がっていると知らずに。


「では第一王子と第二王子の御用商人との付き合いも変わりないのか」


「大口やで。第二王子の方は色々迂回しとるけど、もう戦場に行かんのに戦の準備を怠ってないのは不思議やなあ」


 レイラにエヴリンがニヤリと笑う。


 戦で常に兵糧と武器を求めている第一王子とその御用商人は、複数の鍛冶場や鎧職人を大金でぶっ叩いて傘下に収めているエヴリン商会のお得意様なのだが、彼女は持ち前の嗅覚というか、味と評する特殊な感覚で、立場を隠している第二王子に関りのある商人が、やたらと武器を買い求めようとしているのを感じ取っていた。


「お前の方はジェイクと関りがあると王子達にバレてないのか?」


「表でジェイクの名前を出したことはないからな。まあこの屋敷に出入りしとるけど、態々商店の小娘の家を調べることはせんし、後1年ちょいでジェイクに付いて王都を出るから問題ない」


「なら取引は続けるのか」


「ジェイクにいらんことせんならな」


 再びニヤリと笑うエヴリン。彼女はあらゆる商会から必要と思ったものをどれだけ金が掛かろうと買い込み、そして値がそれ以上になれば売り払うので、他の商会からは困ったとき、金があるならエヴリン商会に頼ってみるのが、ある種常識になりつつあった。それはレオの御用商人も同じで、急に戦地から物を求められたときはエヴリン商会に訪れるほどだ。


 しかもエヴリンは、物を売り払った先の商人も儲けられる様に配慮したり、貯めこんだ物は態々別の商人から貸倉庫を借りて保管しているなど、必要以上に儲けすぎて悪目立ちしないよう立ち回っていた。


 そのためもし急に業務を停止などしたら、関係各所はパニックを起こしてしまうだろう。


「せやからまあ、この王都から出て行くまで稼がせてもらうわ」


 奸婦が笑う。


 もし物の値動きが分かるとしたら、これほど恐ろしい商人がいるだろうか。


 奸商がただ買い込み、高値で売る。それだけ。極まったそれだけ。


 例え表に出まいが、エヴリンこそがサンストーン王国の金の中心だった。








 ◆


 ‐1人で儲けたら2流。他を巻き込んで儲けたら1流。そう見せかけられる奴には関わるな。気が付くことが出来たらの話だが‐≪宰相商人ブレガス≫

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