毒婦と妖婦の囁き
(レオは余の王命に背き、ジュリアスは大失態……)
決戦が終わり状況を整理する必要があったことと、レオとパール王国との縁談を進めるため、一旦アーロン王はサンストーン王国の王都にジュリアスと帰って来ていたが、大問題について頭を抱えていた。エメラルド王国の王を討ち取り大勝利したものの、サンストーン王家としては大失敗で、第一王子レオは王命に背き、第二王子ジュリアスは大失態を犯したのだ。
王位継承者として王命に反したレオは論外だが、アーロン王の前に反逆者を連れてきたジュリアスも論外。能力の高さで競い合っていた2人が、いきなり底辺で争いだしたのだから、アーロン王としては頭を抱えるしかないだろう。
(しかし、あの無能という話には絶対にさせん!)
アーロン王の心の中で憎悪の炎が燃える。彼が思いだすのは、名前すら碌に呼んだことがない第三王子ジェイクだ。
アーロン王にとってサンストーン王家で【無能】が生まれた事だけでも許しがたいのに、レオとジュリアスの大失態で、彼の視点では何もしていないジェイクが、急に話題になり始めたことが我慢できないのだ。もし【無能王】などという存在が尊きサンストーン王国の玉座に座ることになれば、アーロン王は憤死するだろう。
(消すか? いや、少々時期が悪い……レオとジュリアスが、そちらがやっただろうと騒ぎ出す)
アーロン王は思い浮かんだ考えを打ち消す。一番手っ取り早い解決法はジェイクを消すことだが、それをすると兄の王子2人がお互いに犯人はお前だろうと騒ぎ、攻撃する口実を作りだすのは目に見えていた。尤も、ジェイクの死を悲しむのではなく喜びながらだが。
(ならばどうする?)
「国王陛下。アマラ様とソフィー様から連絡がありまして、内密の話があるため都合のいい時に呼んでほしいとのことでございます」
「なに?」
アーロン王がジェイクの排除に悩んでいると、衛兵から思いもよらぬことを告げられて驚いた。古代王国の末裔であるが故に中立な双子姉妹は、あまり王家に関わろうとしていなかったのだ。
「今日ならいつでもいいと使者を出せ。確かエレノア教の大神殿にいたはずだな?」
(急に何の用だ? しかも内密? 重要な話か?)
「はっ」
その双子姉妹が急に内密の話があると連絡を寄こしたので、なにか重要な話だろうと判断したアーロン王は、すぐに使者を出して彼女達を招くことにした。
◆
◆
「突然すまんな。ちと込み入った話だ」
「ふむ……」
以前アーロン王が不老不死の薬を試した、内密の話をするための部屋で、双子姉妹とアーロン王が密談をしていた。
アマラの物言いに対してアーロン王は、イーライの時のように斬れとは思わない。原初のアンバー王国の末裔であるアマラは、同じくアンバー王国の血を引き継いでいると称している王族にしてみれば、彼女が下に出れば自分達の王権も下がるので、寧ろそう振る舞ってもらわねば困るのだ。
「エメラルド王国の奥に、古代アンバー王国が忌むべき地として定めた場所があることは知っているか?」
「うむ。あの有名な所だろう。それが?」
「伝手から聞いたが治めていた者達が戦死したらしい」
アマラの言葉にアーロン王は首を傾げる。エメラルド王国に存在するその忌むべき地は周辺の王国でも有名であり、エメラルド王国ではその地を治めていた貴族は嫌われ者の家系で、押し付けられていたようなものだった。
「となるとだ。そこも併呑したとして治める者はいるか?」
「……いや、誰もやりたがらんだろう」
アーロン王はアマラに素直に答える。祖がアンバー王国の末裔であると誇りに思っているサンストーン王国の貴族にしてみれば、その偉大なる先祖が忌むべき地として定めた場所など誰も治めたくないのだ。
(アボット公爵に押し付けたいが……いや、公爵は公爵だ。完全に敵対するのは避ける必要がある)
アーロン王の脳に、ちらりと鬱陶しいアボット公爵の顔が浮かぶが、鬱陶しいから遠ざけるのと、誰がどう見ても不要な地を押し付けるのは、与える悪影響が全く違うと考え直す。
「直轄地も……御免だな」
そうなると王の直轄地ということになるが、貴族以上にアンバー王国に拘らなければならない王家にとっても、その地は完全に不要な場所だった。
「だが妾達の立場ではあの地の管理者がいないのは困る。そこで本題だが、将来的にあの地を併呑したら、第三王子に任せるのはどうだ?」
「そうすれば貴方の悩みは解決する」
アマラがそれなら第三王子をと提案する隣で、今まで黙っていたソフィーが妖しく囁く。その囁きは果たして、忌むべき地をどうするかの悩みが解決することについてか、それとも……そしてアーロン王はそれを自覚して聞いているのか……。
「そ、それだ!」
(そ、それだ!)
思わず心の声と実際の声が完全に一致するアーロン王。
(そうすれば【無能】をサンストーン王家から切り離せる! この双子姉妹から要請された形にすれば騒ぎも起きん!)
アーロン王にとって、ジェイクを切り離すという発想は目から鱗で、しかも余計な騒動を起こさずに済む完璧な案に思えた。
だが少々喜び過ぎた。観察されてこれならいけると思われたのだ。
「出来れば変に干渉
「そ、それだ!」
(そ、それだ!)
また心と声が一致したアーロン王は、ソフィーの囁きを自分の都合のいいように解釈した。ジェイクを忌むべき地に押し込め、そこで一応名目上の独立国として扱えば、サンストーン王国に完全に干渉出来ない立場となり、隔離して閉じこめておくことが出来ると思ったのだ。
「まあまだ一応あの地はエメラルド王国の物だし、このことを今宣言すると、第三王子のために戦えるかと思われるだろう。併呑したらまたその時考えてくれ」
「うむ!」
アマラからその時また考えてくれと言われても、アーロン王に心はもう決まっていた。そうすれば邪魔者であるジェイクを特に騒ぎにすることなく追放して、永久にサンストーン王国から縁切りすることが出来るのだ。
それが誘導された思考とも思わず。
「それでは妾達はこれで失礼する」
人は見たいものだけを見たい。聞きたいことだけを聞きたい。
滴る言葉という毒、囁く妖言。
【毒婦】と【妖婦】の裂ける様な笑みを見た者は誰もいなかった。
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