追放の計画

 場所はサンストーン王国王都にほど近い泉の傍、ほぼ完成しているエレノア教の大神殿の中。質素ながら上品な調度品が置かれている応接室に、レイラ、エヴリン、アマラ、ソフィーがソファに座っていた。


「サンストーン王国軍が決戦に勝利して、極一部の動員が解かれた。その中にジェイクも含まれているらしい。ま、煩い家臣を遠ざけるために利用していたのだから、必要なくなったから帰れということだろう」


「よかった……」


「一時はどうなるかと……」


 足を組んだアマラからジェイクが帰ってくると聞かされたレイラとエヴリンがほっと息を吐く。レイラとエヴリンは、ジェイクが不在の屋敷ではよからぬことを考えた者が入り込むかもしれないと、アマラ達の手によって秘密裏に大神殿へ連れてこられていた。


(だがそれをここの聖職者はどうやって知ったのか……)


(妙にここの聖職者はおかしい……)


 ホッとする2人に比べて、アマラとソフィーは首を傾げる。ジェイクが帰ってくるという情報を、大神殿にいる聖職者から知らされたのだが、遠く戦場にいるのになぜそれを知っているかと疑問を覚え、ソフィーに至っては自分のスキル【占い】で全く先を見通せない聖職者達を訝しんでいた。流石の彼女達も、ここにいる聖職者達が全員最高位のスライム達で、イザベラと繋がっていることまでは読めなかったのだ。


「安心するには早い。第一王子と第二王子が下手を打って、ジェイクに注目が集まる可能性が高まっている」


「と言うと?」


 女として愛している男が帰ってくるのを嬉しがっていたレイラ達にアマラが懸念を口にする。


「第一王子は堂々と王命を無視。第二王子は危うく全軍敗走の切っ掛けを作りかけ、本陣に反逆者を連れ込んだらしい。お話にならない。相対的にジェイクの価値が上がってる」


「んなアホな……」


 ソフィーの言葉に王権と直接関わりがないエヴリンですら呆然とするほど、レオとジュリアスの行動は酷いものなのだ。


「ひょっとしてジェイクが帰ってくるのは、これ以上王位継承を複雑にしないためですか?」


「それもあるだろうな。それと屈辱なのだろう。目を掛けていた上2人がやらかして、無能として王宮から追放したジェイクが、その2人よりマシだと思われることに耐えられんのだ」


 レイラの問いにアマラが頷く。


 アーロン王にとって今回の遠征は、勝利して領土が広がったことによりサンストーン王国としては成功しても、王家としては完全に失敗だった。レオは王命を無視。ジュリアスは大失態。その上無能と疎んじて王宮から追放したジェイクが相対的に評価を上げる始末なのだ。無能が栄えあるサンストーン王国の王権を継ぐなど考えるだけで反吐が出る以上、ジェイクを国に戻すのはアーロン王にとって当然の判断だった。


「こうなると危険になった。兄2人がジェイクを排除する対象と見る可能性が高い」


「全く。ひっそりジェイクを妾達の肉で溺れさせる計画がパアだ」


 ソフィーとアマラの予定では、このまま秘密裏にジェイクの屋敷で彼を溺れさせる計画だったのだが、アーロン王にジェイクを王位継承させるつもりはなくとも、焦った2人の王子がジェイクを脅威とみなす可能性が高いため警戒していた。


「それなら、どこか辺境の領地を貰って、完全にサンストーン王家から切り離された存在になればどうです?」


「レイラ、中々やるな」

(これも【傾国】の力か? 単純な発想だが元は村娘だぞ)


 レイラの提案は、ジェイクが辺境の領主として任命してもらい、サンストーン王家から別れた存在になれば、王位継承のごたごたから逃れられるのではないかというものだが、単純とはいえ教育を受けられない農村の娘の発想ではなく、彼女から【傾国】であると打ち明けられていたアマラ達は、これもスキルによる補正かと少々慄く。


「実際それが計画の筆頭だ。エメラルド王国の中に、古代アンバー王国が忌むべき地と認定した地域がある。川もあり海にも近いためそこそこ人もいて自然と街が出来たが、エメラルド王国の貴族的には縁起が悪いとして、代々嫌われ者の貴族が押し付けられていた。そして今回の戦で当主とその周りが戦死したらしい。そうなると益々、古代アンバー王国の血が濃いと自称しているサンストーン王国の貴族は誰も治めたがらないだろう。そこにジェイクを押し込んで適当な家名を名乗らせると、晴れてサンストーン王家と縁切りだ。それでも敵視はされるかもしれんが相当時間は稼げる」


「と、な、る、と」


 アマラの言葉にエヴリンがニヤリと笑う。川と海があってその交通の良さで自然と出来上がった街は、彼女の感覚的な味覚を満足させていた。


「サンストーン王国側から遠い。領有するのは1,2年はかかる筈。でも私の占いと経験ではその間、王子達は小康状態だから十分間に合う。恐らく嫁取りと足場固めを優先する」


 ソフィーは水晶玉を取り出しながら自分の占いではと言うが、真に信じているのはその1000年近い経験と冷静な計算で導き出した考えだ。


「嫁取り!」


「なら!」


「落ち着け。実質妾達はしているようなものだ」


 王子達が嫁取りすると聞いたレイラとエヴリンは、ついにその時が来たかと色めきだってアマラに窘められる。ジェイクから兄達が結婚したら結婚しようと最低の告白をされた彼女達は、レオ達にさっさと結婚しろと念を送っていたのだ。


「失礼しました。それでなのですが、どうやってジェイクをその領地の領主にするのです?」


「【毒婦】と【妖婦】なんだぞ? アーロン王に古代アンバー王国の忌むべき地の管理人が欲しい。縁起が悪い場所だから、不要な第三王子に押し付けて大公とした上で適当な名を名乗らせ、完全にサンストーン王家どころか王国から切り離してしまえと囁けば一発だ。理想は名目上でも大公国として独立だな。少々厳しいかもしれんが、そうすればもう完全にサンストーン王国の人間ではなくなるから可能性はある。勿論リスクもある。しかし、このまま王都にいる方が余程危険だ」


「ふっ。引っ越しの準備をしておくように」


 レイラの問いに【毒婦】アマラと【妖婦】ソフィーが妖しく笑った。


 ◆


 ◆


 ◆


「あの、気になってたんですけどこの壁画はなんですか?」


「なんか与えられてる?」


 頼りになる双子姉妹と別れたレイラとエヴリンは、女性聖職者の案内で部屋に戻る途中、気になっていた壁画に付いて質問した。勿論この女性聖職者も最高位のスライムだ。


 そしてその壁画は上部に大きな人型の輪郭が向かい合い、何かを相談しているような形で、それらから下へ放射状に線が広がり、これはちゃんと人間だと分かる者達が浴びるような光景を描いていた。


「これは原初の風景を描いた壁画で、上部の大きな人型の輪郭は神々です。伝説では神々は声を用いず意思疎通できていたそうですが、原初の人はそうでなかったようで、それを憐れんだ神々は代わりに言語と文字を与えることにして、それぞれの神が独自に言語を考えられたようです。あの輪郭が向かい合っているのは、そのそれぞれ考えられた言語と文字のどれを人に与えるか相談し合う様子で、放射状に広がって人が浴びているのが、現在我々が使っている言語と文字を表しています」


「なるほど……」


「ほうほう」


 聖職者の説明に頷くレイラとエヴリン。


(神は言葉を用いなかったのか。でも私は……)


(ウチはジェイクの声を聞きたい……)


(早く帰って来てくれ)


(早う帰ってきい)


 神を表した壁画の前で祈るのは神ではなく、愛する男が無事に帰ってくることを真摯に祈る女の姿がそこにあった。





あとがき


一体いつから追放は向こうがやるものだと勘違いしていた?


作者理性「ちゃんとしたヒロインが、主人公の追放を計画する奴があるか馬鹿ッッッッ!」

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