決戦前

「父上! これは一体どういう事なのです! 当初の戦争計画の打ち合わせではご出陣などと聞いておりませんぞ!」


「それは帰ってからだ! 王命である!」


「ぐっ!」


 王軍とレオ王子の軍が合流したが、当然揉めるのは予定をぶち壊してやって来たアーロン王と、王命を無視しながら圧倒的な戦果を挙げたレオとの対面だ。しかし、アーロン王はレオを面と向かって叱責する訳にはいかない。アーロン王が名誉、領土、勝利という王の本能を満たすには、この戦争に勝つのが大前提であり、それにはスキル【戦神】を持っているレオが必要不可欠だった。そのためアーロン王は、問題の棚上げと先送りをして、レオも王本人からの王命とあらば従うしかない。


「それでエメラルド王の王軍との戦いはどう行うのだ」


 アーロン王が不満を隠せないレオに問う。


 パール王国へ進軍していた遠征軍は、レオ率いる軍に兵站を全て潰された上で、満身創痍となって帰還したところを散々に打ち破られ、最早打つ手のないエメラルド王国は、王が直接軍を率いて出陣しており、近々サンストーン王国の王軍とエメラルド王国の王軍がぶつかり合うことになっていた。


「……現在近くの都市を包囲していますが、敵軍がこれを救うにはどうしても地の利を生かせない場所を通るしかない状況にしていますし、見捨てたなら見捨てたで、臣下達から頼りなしと言われるよう選択肢の幅を狭めています。それに先日打ち破った遠征軍も、あえて一部を見逃してい生き残りが分散するよう追い散らしたので、圧倒的に劣勢の状況は隅々まで伝わっているでしょう。捕らえた貴族も着飾らせて開放した上で、手の者を使って内通の疑いがあると噂を流させています。それと実際、内通を確約している者もいます。既に勝敗はほぼ決しているようなものです」


(なぜそれだけやることを尽くせて王命への配慮がない……)


(将としてなら頼もしい限りなのだが……)


 決して猪武者ではないレオの算段を聞いたアーロン王と臣下達は、どうして将としての心配りがきちんと出来ているのに、王子として振る舞えないのかと落胆する。尤も、アーロン王だけは落胆する資格はないが。


「後は私が騎馬隊を率いて、敵軍を包囲する素振りをするだけで勝てるはずです」


「敵も振り絞って兵を引き連れているのに、包囲などできるものか」


「素振りだと言ったぞジュリアス! 兵は元々臆病! 負け続けている状況で、無理矢理絞って連れてきた兵なら猶更そうだ! 頭の将が幾ら有利だと思っても、兵は見える範囲で危険だと思ったら勝手に腰が引ける! そして今まで、包囲をする素振りだけで末端の兵が機能しなくなるように準備してきたのだ! そうだそれだ! お前の派閥が連れてきた兵はなんだ! 臆病を臆病のまま連れてきてどうする!」


「私の兵が臆病だと!? 何を根拠に!」


「兵同士の目を見ればわかるわ! 頼もしい戦友を見る目ではなく、お互いなぜここにいるんだと不安気に彷徨っていたぞ! まさか一度も演習していないくせに、ただ兵は言う事を聞けばいいと思っているのではあるまいな!? もう一度言うぞ! 兵は臆病で勝手に動くのだ! 頭がどれほど優秀でもな! だから将は時に後方で俯瞰して、時に先陣で鼓舞しなければならんのだ! 俺が先陣に出るのも、目立ちたがりでも死なないと思っているからでもない! そうすることによって勝てるからだ!」


「ぐっ!?」


(本当に……本当に将としてなら……)

(頼もしいことこの上ないのに……)


 皮肉を発したジュリアスに噛みついたレオの確固たる戦争の考え方に、臣下達は改めて将としてなら素晴らしいのにと頭を抱える。


 そして実際、ジュリアスの考えはまさに兵は言う通りにしていればいいというものであったため二の句が継げなかった。


「ならば実際の戦場ではどう動く?」


「練度に不安がある以上は小細工も高度なこともできません。ですが必要もないでしょう。通常通り右軍、左軍、そして中央を配置して、噛み合う前に私が率いる騎馬隊が見せつけるように迂回。噛み合った直後に突撃する素振りをするだけで敵は瓦解します」


 アーロン王の問いにレオが淀みなく答える。事前に調査した兵の士気、敵将やエメラルド王の性格も考慮して、レオの頭の中ではほぼ正確なシミュレーションが完了していた。


「父上、中央はぜひこのジュリアスにお任せください」


「レオ」


「ジュリアスが絶対に退かぬと誓えるなら大丈夫でしょう。中央が退けば下手をすれば負けますが」


「愚弄するか!」


「冗談でも愚弄でもないわ! 一歩でも下がってみろ! 弱兵は忽ち負けていると思い込むぞ! しかも中央の最も目立つ軍がな!」


「止めよ。ジュリアス、誓えるな?」


「無論でございます!」


 最も目立つ中央を担当すると名乗り出たジュリアスを見たアーロン王は、【戦神】レオに意見を聞いたが、また始まった兄弟喧嘩を何とか収める。


「ならばあとは細かい配置だ」


 そして軍議は進むのだが。


 当然無能がこの場にいるはずがない。


 ◆


 ◆


 ◆


「右軍の最後方か」


『完全に蚊帳の外ですわね。ま、無能が足引っ張ったら勝てる戦も勝てませんわ』


 ジェイクとアボット公爵が配置されたのは右軍の最後方で、まさに蚊帳の外と言うべき場所だ。と言ってもアボット公爵は法大臣であり軍事的な才能はなく、ジェイクに至っては無能で使い様がないため、政治的のみならず軍事的にも全く期待されていないのは仕方ない。


(はっ!? 物語なら全面敗走から殿軍パターン!?)


『軍を持ってないのに面白いこと言いますわね。橋の前なら1人で頑張れますけど』


(ジェイク様が危ないところに行かずに済んでよかった)


 ジェイクと【無能】が漫才を繰り広げている横で、護衛のイザベラは内心で、愛する人が危険な場所から遠くにいる事にホッとしていた。


 イザベラは。


『今、ジェイク様を観察してた男がいます』


『え?』


『なんですって!?』


 暗殺者達が重宝する特殊なスキル、【念話】によって話しかけられたジェイクとイザベラが驚愕する。


(あれが第三王子か。第一王子に比べたら雑魚すぎるだろ。あれならいつでも消せるな)


 その様子を見ていた男がいた。


 ジュリアンに雇われている冒険者イーライが、後々の障害になるかどうかジェイクを確認しに来ていたが、その隙だらけの姿に気を抜きながら踵を返した。


 だが、彼は知らなかった。表の世界でサンストーン王国最強と呼ばれるイーライすら気付かせない、その柔肌の下に隠されたあまりにも対人に特化しすぎたスキルと、そうあれと生まれてきた存在が秘めた戦闘力を。


『どうしますか?』


 サンストーン王国最強どころではない。対人に限れば世界最強の一角と言える殺人兵器リリーがイーライを捉えていた。

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