王命の重み

「ジェイク様、少々問題が」


「どうした?」

(今の状況が問題みたいなもんだけど)


 ジェイク達が王都を発って数週間。


 ジェイクが野営地を作っている兵達を見ていると、アボット公爵が深刻そうな顔をしながらやって来たが、彼に言わせてみれば今の現状全てが問題だらけで間違いだらけだった。


「レオ様の下へ早馬に乗った使者を送ったのですが追い返されました」


「なに!?」


 普段はぼうっとしているジェイクもその少々の問題に大いに驚いた。道中で死体で発見されたより余程深刻な問題で、王命を携えた使者を追い返すなどあってはならないことだった。


「レオ様はそのようなことありえんと仰ったようで……」


「うーむ……」

(まあそりゃそうだけど……)


「王印の入った正式な命令書自体は私が持っていますから……」


 アボット公爵もジェイクも語尾が弱い。確かにレオの言う通り、当初の予定を完全にぶち壊して王族全員が出陣するなどありえないことで、レオが使者を追い返すのも無理はないことだ。


「ならば急ぐか?」


「はい」


 使者が追い返された以上、正式な命令書を携えているアボット公爵が急ぐ必要があるため、彼らは行軍速度を上げて、国境を超えることとなったのだ。


 ◆


 ◆


 ◆


(よかった見つかった)


 アボット公爵がレオ王子の軍と早期に合流できたのは運がよかった。レオ王子達は一度補給のためにサンストーン王国側の国境に戻ってきており、アボット公爵と派閥の代表的な幾人かの貴族達は大急ぎでレオと面会することになった。


(だが揉めるだろうな……)


 アボット公爵を含め、派閥を越えて貴族全員が穏便な話にはならないだろうと思っていたが、それどころの話ではなかった。


 ◆


「なんだと!? 間違いなく父上がそう言ったのか!? ジュリアスではなく!?」


 王命を聞いたレオ王子の第一声は、当然ながら悲鳴とも怒声とも思えるような大声だった。


「はい。その通りでございます」

(やはりジュリアス王子の策と思われていたか)


「父上は戦場のことは委細このレオに任せると仰ったし、父上達が戦場に来るなどそんな話は一度もなかった! いや、そもそも有り得んことだろう!」


 アボット公爵は、早馬に乗った使者が追い返されたのは、その使者がジュリアス王子の策によるものとレオ王子達が思ったからであろうと考えたがまさにその通り。戦争の計画ではアーロン王が親征する話など全く上がらず、またレオ達の常識からしてみてもありえない話なのだ。だからこそ、使者が軍を止めろなどと言った時、ジュリアスめ、ついに父王の名を騙るとは不届き千万。帰ったら覚悟しておけなどとすら思っていた。


(道理はレオ王子にある)


 そのレオの絶叫に周りの将やアボット公爵、一応ついてきていた文官派の者ですら、内心ではレオが正しいと思っていたが口には出せない。


「ご下命には従えぬ! もうすぐパール王国へ進軍していたエメラルド王国軍が、補給が途絶えた満身創痍で戻ってくるのだ! これを見逃せば最初の戦争計画が破綻する!」


「な、なんと!? 従わぬと仰られた!?」


「そうだアボット公爵!」


 だが、その周りの思いはレオ王子が王の命令を拒絶したことで吹っ飛んだ。


「これを打ち破って初めて我々は勝てるのだ! それを見逃して負ければ誰が責任を取る!」


(しょ、勝利の将星であって王星にあらず……!)


 レオの言葉にアボット公爵や他の貴族のみならず、周りの将すら腰が引けてしまう。レオが純軍事的にどこまで正しかろうと、王子でありながら王命に従わないなど、それはただ勝利するためだけに存在する将としての振舞いだ。


「兄上は心得違いをされておられる」


「貴様……無能か!? なにがだ無能!」


 そこで黙ってアボット公爵の後ろに控えていたジェイクが一歩前に進み口を開いた。これが数年ぶりの再会であり、ジェイクがレオのことを兄と呼ばねば、レオは誰か気が付かなかっただろう寂しいものだったが。


「そうすることで先のことに勝つ、しなければ負けるの、たらればは関係ないのです。今、王命が下されたのですから」


「ならばそれで負けたら責任は誰が取るというのだ!」


「王命を下された国王陛下の他に誰がおられます。決して兄上の責任ではありますまい」


「ぐっ!?」


(如何にもその通り)


 レオ王子にとって本当のところは負けた責任は関係なく、お前たちが敗戦の責任を取れるのか、取れないのなら黙っていろと押し通すつもりの言葉だったが、ジェイクから真正面から反論されて口を噤む。レオ王子に止まれと命令したのはアーロン国王なのだ。当然それが原因で負けたのなら、責はアーロン国王が負うべきものであり、周りの者達も心の中で頷く。


「ともかく我々は当初の作戦通り動く! それが我々の受けた王命だ!」


 なおも認めないレオに、ジェイクはだからその王命が新しくなったんだと、まどろっこしいことは言わなかった。


「アボット公爵、ファーバー伯爵、ガーン伯爵」


「はっ」


「はっ」


「はっ」


 突然ジェイクに名を呼ばれてアボット公爵達は戸惑う。


「国王陛下が私にこの剣を送るよう言った時、逆らう敵を討てと仰られたこと、そしてその方らにも同じことを仰られたこと、相違ないか」


 ジェイクの言葉にその3人の貴族のみならず、彼らに付いて来ていた幾人かの貴族がぎくりとした。彼らは確かに宮廷でアーロン国王から、ジェイクと共に行くものはそう心得よと言われて、王命を受けている状況なのだ。つまり、逆らう敵第一王子を討て、と。


「さ、左様でございます」


「そ、相違ございません」


「は、はい」


 そして王命を受けているかと問われれば、無視も嘘をつくこともできない。それをすることは即ち、王の命令を偽造した、または無視したことになり、いかに彼らの派閥がそれぞれ違おうと、派閥の主がレオとジュリアンでも、彼らの主君はアーロン王である以上、震える声で事実を話すしかない。


「無能が俺に勝てるつもりか!」


「勝つ勝てないの話ではないのです!」

(兄よ! なぜ道理の話が勝ち負けの話になる!)


 レオの見当外れな恫喝に、ジェイクは鞘に納まっている剣の先で地面を強く叩いた。


「王命を受け賜わったとあっては、それ即ち成し遂げるか死かのどちらかのみ!」


(こ、この圧は一体!?)


(やはり王命を受けたからには、レオ王子と一戦交えねばならんのか!?)


(このままでは反逆者となる!)


(どうすれば!? だが道理は第三王子にある!)


 ジェイクの一喝に周りにいた全ての者が背を仰け反らせ、将達も貴族達も、自分達が置かれている状況の拙さに眩暈がした。貴族達にとってはジェイクがどこまでも正しく、このまま王命に逆らう逆賊を討てと言われたなら、例え敵わないことが分かっていても、サンストーン王国という枠組みで生きている以上、一戦交えなければ後々貴族として生きていけず、将軍達にしてみればこのままでは同じ逆賊だ。


「あいやお待ちあれ! 確かに国王陛下は逆らう敵を討てと仰せになりましたが、レオ様との戦など夢にも思っておられぬでしょう! そのお考えから外れる事は間違いない故、ここは国王陛下の元まで戻り、もう一度お伺いをするのがよろしいかと! 勿論その際お叱りを受けたならばそれは我らの責任! そうであろう皆!」


「い、いかにも!」


「それがよろしいかと存じまする!」


 このままでは戦になるとアボット公爵が慌てて割って入り、共に来ていた貴族達を巻き込んで、この話は自分達の手に余るから先送りと棚上げをしようと提案した。尤もこの場の責任を負う形となったが、それでも戦をするよりずっとましに思えた。


「……確かに国王陛下のお気持ちから外れるのは確かだろう。兄上、我らは一度戻ります」


「そもそも呼んでおらんわ! 父上には俺が勝利を捧げるとだけ言えばいい!」


(これ以上話をややこしくせんでくれ!)


 ジェイクがその提案を受け入れたことで全ての者がホッとしたが、ただ一人レオだけがその言い方を気に入らず噛み付き、やって来ていた貴族達は、折角収まる話を台無しにしてくれるなと心の中で絶叫しながら、慌てて天幕を去っていった。


「私が行ったら国王陛下はお気に召さないだろうから報告は任せた」


「はっ。万事このアボットにお任せくだされ」


(どうしてこうなるんだよ……)


『黙って突っ立っておけばいいのにしゃしゃり出るからですわ』


(俺の立場でそれが出来ないって分かっていってるだろ)


『ま、そうですわね。おほほほほ!』


 ジェイクとしては第三王子の立場としてああするしかなかったと思いながら、それでも心底うんざりとして馬車に乗り込んだ。


「アボット公爵……!」

「逆らう者を討てとの王命に逆らうことになりますぞ……」

「ジェイク様が正しいのは間違いござらぬ……」

「しかしレオ様との戦など国王陛下がお望みでないのも間違いなかろう」

「それはそうですが、レオ様は王命に反したのですぞ」


アボット公爵が貴族達の下に戻ると、彼らは口々に現状の拙さを口にする。なんとか場を収めたものの、彼らの立場と価値観からすればジェイクの考えこそ正しいものであり、それに従わなければならなかったのだ。だが、アーロン王はそんなことを考えてもおらず、そして望んでもいないのも間違いなかった。


「我々の権限を完全に超えている。国王陛下にお叱りを受けたなら、改めて先陣で責務を果たすしかない」


アボット公爵の言葉に不安げに頷く貴族達。彼らは大急ぎで道を戻り、アーロン王が率いる王軍に合流するのだった。


 ◆


 ◆


「なぜ戻ってきた?」


「国王陛下、どうかお人払いをお願いいたします」


「構わんから言え。王命だ」

(どうせまた煩く言うに決まっている)


 アーロン王は、なぜか先に送ったはずのアボット公爵や他の貴族達が、進軍している自分の軍のところへやって来たのか訝しんだが、アボット公爵が人払いを望んだので、どうせまた煩く言ってくるのだと思い、面倒がって今すぐ言えと王命を発したが、他の派閥の貴族達も帰って来ていることをもっと真剣に考えるべきだった。


(なんと軽い……)

(レオ王子がああなのもむべなるかな……)


 アボット公爵達は派閥を越えてとてつもない疲労感に襲われた。その軽く発した言葉によって、危うく彼らは死ぬところだったのだ。


 そして、だからこんなことになる。


「レオ様、王命に反し軍を率いて進軍を続けると仰られました……」


「ば、馬鹿な……」


 呆然と呟くアーロン王。


 居並ぶ文武の臣下達に、第一王子が王命に反したと知られることにだ。


「なぜ止めない……」


「ジェイク様が、我らも王命を受け賜わったからには、成し遂げるか死かの覚悟をしていると仰られましたがそれでも……」


「あ、あれが?」


 ◆


 このことは無かったことにされた。第一王子が堂々と王命に反したことによって、アーロン王は自分の王権が傷つくことを恐れ、この少し後にレオがエメラルド王国に戻ってきた大軍を散々に打ち破って圧倒的な武威を示したこともあり、アーロン王がこの件に関して緘口令を命じたからだ。


 しかし、人払いをしなかったせいで多くの者が知るところになり、第一王子レオは将としては天才だが、王としての素質はないのではないかと、深刻な懸念が広まることになった。


 それと同時に、第三王子は本当に【無能】なのか? という考えも。









「我々には武力が少ない。高い金額に見合う武功を上げよ冒険者」


「おうよジュリアス様よお」


(身分もわきまえぬ山猿め)


(いけすかねえ貴族め)


そしてもう一騒動。

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