道中
「ジェイク様のお世話をさせて頂きますコーネリアス・アボットでございます。こちらはファーバー伯爵、ガーン伯爵」
「うむ。頼むぞ皆」
(ファーバー伯爵とガーン伯爵? 確か、ファーバー伯爵はレオ兄上の派閥、ガーン伯爵はジュリアス兄上の派閥じゃなかったか? 牽制とお目付け役か?)
王都郊外に急遽集められた軍と貴族達に合流したジェイクは、そこで代表であるアボット公爵の挨拶を受けて、第三王子の立場で彼らに応えたが、アボット公爵に紹介された貴族達はジェイクの記憶通りで、彼らはお互いを牽制するためそれぞれの派閥からこの先遣隊に派遣されており、他にもその様な貴族が数人いる、なんとも統制が取れていない集団だった。
(背が伸びた。最後に第三王子を見たのはいつだったか)
ジェイクはここ数年、完全に王宮と関りがなかったため、アボットが彼の姿を見たのは久しぶりで、その成長した姿と記憶との違いに少々困惑した。
「王命をお伝えします」
「はっ」
アボット公爵の言葉にジェイクが跪く。例え第三王子の立場が公爵より上でも、王命を伝える者はそれ即ち王の言葉であり、それに対して畏まなければならない。
「『剣を授ける故、これを持って余に逆らう敵を討て』以上になります」
「王命受け賜わりました」
跪いたままのジェイクが両手を掲げて、アボット公爵から剣を受け取る。
「我々も同じ王命を受けておりますので、どうかお使いください」
「分かった」
アーロン王がジェイクに適当な王命を考え付いたとき、宮廷にいた貴族達にも同じよう心得よと言ったため、この場にいるアボット達3人の貴族と、他にも数人の貴族がその王命を受けている状況だったのだが、あくまでアボット公爵はジェイクに対して、自分達も同じだから気楽にやりましょうと言ったつもりだった。
そのせいで少し後にとんでもないことになってしまったが。
◆
(ゴミ箱としてアボット公爵を隔離しろって王命じゃなかったか)
『もしそんなこと言われた日には、私笑い死にしますので知っておいてくださいな』
(っていうか、レオ兄上に進軍を止めて待機しろって王命を届けるだけって聞いてたのに、どうして敵を討てなんて話になってるんだ?)
『ぶっちゃけあの禿げ頭公爵を遠ざけられるなら何でもいいんでしょうよ』
先遣隊が進軍したが、王子として碌な教育を受けていないジェイクは馬に乗れないため馬車で移動しているが、他には誰も乗っていなかった。
(リリーとイザベラを乗せてあげたいのに……身分って超面倒。一体どこに女だけ歩かせて1人馬車に乗る男がいるよ)
『おほほほほほほ! 逆にお聞きしますけど、従卒と一緒に馬車に乗る王族がどこにいまして? 男に変装しているのも、王子が戦場に女を連れて行ったら身分に障るからですのよ』
ジェイクは態々自分を心配して付いて来てくれているリリーとイザベラが歩いて、自分だけ馬車に乗っている状況に罪悪感で心が一杯だが、聖職者として来ているイザベラならともかく、従卒が主君と同じ馬車に乗れる訳がなく、彼女達は馬車の後ろから付いて来ていた。
(どうもおかしい……)
そのリリーだが、顔付きの鋭い青年に化けている彼女は、同じく柔和な男性聖職者に化けているイザベラに気付かれないようにちらりと見て首を傾げる。
(神が残した特殊な遺物の力で変装してるって言ってたけど本当に?)
イザベラは原初のスライムであるため、普段の女性の姿も仮初のものであり、その形を変えるのは自由自在なのだが、流石に自分がスライムであるとジェイク以外に言うつもりはなく、アマラ、ソフィー、リリーには、神が残した特殊な遺物の力で変装してジェイクを守ると言っていた。だがリリーの正体を見破ったソフィーの人相占いすら誤魔化せても、そのリリーはイザベラが存在そのものから変じた様な違和感を感じ取り、果たして神の遺物とはそこまでできるのかと訝しんでいた。
「どうやら思ったようなことにはならないようですね」
「そうですね」
イザベラの男性の声にリリーも頷く。
彼女達にとって最悪なのは、この突拍子もない事態が何かの陰謀で、ジェイクの身に危険が迫ることだが全くそんな気配を感じず、油断はしていなかったが安堵していた。
(ジェイク様のお傍にいたい。ううん。夜は一緒だから我慢しないと)
そうなるとリリーの女の面が出てくる。例え馬車の壁が薄かろうと、ジェイクの隣にいたい彼女にとって、今の行軍するだけの時間は非常に苦痛だった。だが、夜になって野営すると、ジェイクは当然王族だから天幕の中で休むし、その中なら世話をするための従卒がいてもおかしくない上、周りの目を気にする必要がない。それどころか、暗殺者に狙いを絞らせないため、同じ寝具で共寝をすることだって変ではないだろう。そのためリリーとイザベラは、1日交替で1人は寝ずの番として天幕の入り口に。もう1人はジェイクと共に就寝することを決めていた。
(でもどうしよう……僕、自分のことジェイク様に何も言ってない……)
だがリリーには懸念があった。彼女は自分が裏組織の最高傑作と言える殺人兵器であると、ジェイクに未だ告げてなかったのだ。
レイラがスキルを制御するための訓練の際、リリーもある程度体を動かしていたため、それを見ていたジェイクも彼女がなぜか腕利きだなと思っていたが、単に体を動かせるのと、別人に成りすませる技術とスキルを持っていることは全く別問題である。
最初はイザベラに頼んで、自分も神の遺物を使って変装していることにしようとしたが、それなら単なる踊り子を戦場に連れていけないと指摘されることを恐れ、自分は実は戦闘スキルを持っていて、アマラ様達も納得できる強さを持っていると、なんとも怪しさ満点な説明をすることになった。
(いけない。今は集中しないと)
だが、自分が嫌われたらとどうしようなどと考えず、すぐに切り替えて警戒を続ける。この辺りが女であり、暗殺者でもあるということだろう。
とはいえ不安は不安だった。
◆
◆
◆
時刻は深夜。軍は野営をしており、ジェイクもまた天幕の中で横になっていた。
「あの、ジェイク様……僕のこと聞かないんですか?」
その隣にいるリリーは、イザベラが入り口を守っている天幕の中であることと、完全なる闇の中ということもあり、元の女の体になっていたが、自分が感じた不安を口にする。こんな怪しい女が一緒にいていいんですか、と。だが幾ら怪しかろうが、夜でも光るような黄色の瞳、闇から浮かび上がる艶のある褐色の肌と、その体のしなやかでありながら起伏のあるラインを見ると、どのような男であれありとあらゆる言葉を尽くして彼女を引き留めようとするだろう。
だが無能なジェイクは、気障な言い方もロマンス溢れる言い方もできない。
「俺の専属の踊り子、俺の妻、俺の女。あと何かあったっけ? あ、よかったらパール触らせてくれない?」
「ジェイク様ぁ……」
お前は俺の女なのだと、男の高慢極まる言葉だ。
勿論ジェイクも、リリーが変装スキルと戦闘スキルを兼ね揃えているらしいことに首を傾げたが、あえて淡々と自分達の関りを告げると、リリーはポロリと嬉し泣きの涙をこぼして、彼の手を自分の臍のパールへ導き甘えた声を漏らしながら、自分の頭をジェイクの胸にこすりつけた。
(僕は昔に黒真珠のリリーだったたけ。今はジェイク様の女リリーだ)
そしてリリーはジェイクの腕に包まれながら、改めてそう誓うのだった。
(皆事情があるからリリーもそうなんだろうけど……やっぱ兄上達が結婚してないのが悪い。お陰で俺達もちゃんと結婚できてない関係だから不安にさせるんだ。だからとっとと帰ろう)
『普通そこは、リリーの言いたい時に教えてよとかいう場面なのに、お前は俺の女! で終わらせて、しかも喜ばせてるし。認めましょう。貴方はスキルがなくとも【すけこまし】ですわ』
一方ジェイクと【無能】はいつも通りであった。
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