こうして無能は戦場へ赴くこととなった

 時はジェイクの下に使者がやってくる暫し前に巻き戻る。


「ジュリアスが初陣をと願っている。1つ違いのレオが戦場に赴いているのに、自分が初陣を飾らぬのは皆から侮りを受けるとな。どう思うか意見を述べよ」


 玉座の間で居並ぶ文武の臣下達に、その至高に座るアーロン王がつい昨日まで大いに頭を痛めていた問題について問う。


「恐れながら申し上げます。ジュリアス様の思いは尤もかと存じますが、戦地に2つの頭が存在するのは敗軍の元となりましょう」


 真っ先に意見を述べたのは、壮年にも関わらず頭が禿げ上がった法大臣コーリアス・アボット公爵だ。彼は語尾こそ濁したが、言外にそれは止めろと意見を述べた。


「恐れながら申し上げます。アボット公爵のご意見至極尤も。軍の指揮は1つだからこそ戦えるのです」


 そのアボット公爵に続いたのは、レオ王子の派閥に属する高位の武官派貴族で、なにかと普段から煩いため嫌っているアボット公爵に対して同調するほど、彼らの意見は軍事的に見て正しいものだった。戦場に複数の指揮権があるだけでも危険なのに、それが潜在的に敵対している2人となれば、勝敗の行方は火を見るより明らかだ。だから武官派貴族の最後の言葉は、文官派貴族に対して、どうしてもというなら俺達に頭を下げて言うことを聞け。まあ無理だろうがなという意味を含んでいた。


「恐れながら申し上げます。ジュリアス様が初陣を飾らねば、他国からも侮りを受けることとなり、ひいてはたっといサンストーン王家が侮られることに繋がりましょう」

(やはり無理筋だぞこれは……)


 それに反論するのは文官派に属する高位貴族だが、ジュリアスになんとか出陣できるようにしろと言われていても、道理は完全に相手にあるので不可能だと思っていた。


「うむ。余もそう思う」


 アーロン王の言葉に、誰も、は? と言わなかったのは奇跡だろう。武官派も中道派も、なんなら文官派の者達すら耳にしたことが信じられずポカンとしていた。


「しかし頭が2つあると、勝てる戦に勝てないのも道理である」


 だが続いてアーロン王がそう言うと、なんだ、ジュリアス王子に配慮をしたという形にしたのかと思ったのだが……。


「故に余がジュリアスを引き連れてレオと合流し、国軍となってエメラルド王国を下す」


 この言葉には、控えている衛兵達すら含めて全ての者が目を剥いた。確かに指揮権の一本化と、第二王子の初陣の両方を無理なく行えて、王子達が争う可能性をなくせるが、国王が直接戦地に赴くことで発生するリスクは全くその比でない。


「恐れながら申し上げます! たっといサンストーン王家の方々全員が戦地に向かわれて、もしものことがあればなんとされます!」


 臣下達の列から転がるように抜け出して跪いたアボット公爵が絶叫する。それを周りの臣下も、陛下の御前ですぞお控えあれと咎めないということは、面と向かって王の意見を否定できないが、無言で反対だと意思表示をしているようなものだ。


「これは哀れにも突如攻め込まれた隣国パール王国を助け、悪逆非道なるエメラルド王国を下すのはサンストーン王家の義務なのだ。サンストーンもエメラルドも古代アンバー王国の末裔。その連枝に繋がりながら世を乱した者達を討つのに、余と王子達が行かずなんとする」


(王としての欲を出されたか!)


 これぽっちもそう思っていないアーロン王の建前を聞いた臣下達は、アーロン王の真意が己の勝利、そしてなにより名誉であることに気が付いた。


(アボット公爵!)

(気張れ!)


 だが、幾ら勝機がある戦であろうが、王が死ねば忽ち国が乱れることが分かっている臣下達は、普段は口煩いから毛嫌いしているアボット公爵へ、なんとか王を思い止まらせろと念を送る。


「恐れながら!」


(なんと煩い! いや待てよ?)

「ああそうだ思い出した。サンストーン王家の戦なのだ。あれも出さねばならんな。第三王子だ。アボット公爵に命じる。あれと共にレオの下へ行き、王軍を迎えるまで待てと伝えるのだ。それ以降は第三王子の傍にいろ。これは王命である」


 まだ言い募ろうとするアボット公爵を心底煩わしいと思ったアーロン王は、そこでふと自分に一応だが三番目の王子がいることを思い出して、それをアボット公爵に押し付けて隔離することにした。


「は、ははあ!」

(だ、第三王子!? 今更!? いや、私を遠ざけるためか……)


 アボット公爵も、第三王子がほぼ廃嫡されて、王と直接会えないことを知っているから、自分をその傍にいろと命じて遠ざけられたことが分かったが、王命とあらば臣下として従うほかない。


「ああそうだ。あれにも言っておけ。サンストーン王家の者として余に逆らう敵を討てとな。なにせ無能だからそう言っておかねば味方を攻撃するかもしれん。そうだ適当な剣を送れ。それで足ではなく敵を切れとな。勿論、あれと共に行く者達もそう心得るように」


 ジェイクに対しては何もできない無能と嘲りながら、臣下達に向けては、特に自分に反抗するアボット公爵に対して、言外に黙って従えと釘を刺した。


 もう少し自分が何を言ったか考えるべきだったが……とにかくこうしてアーロン王は口煩い臣下を真っ先に戦場へ送り、落ち着いて準備をすることが出来たのであった。


 ◆


 時は現在に戻りジェイク邸。


「ジェイク!」


「そんなアホな!」


「むごごごごご!?」


 宮廷で修羅場が起こったなら、ジェイクの屋敷でもそうだった。


 ジェイクから戦地へ赴くことを告げられたレイラとエヴリンは、顔を真っ青にしながら2人で彼に抱き着いたため、ジェイクは肉に溺れて窒息していた。


 そして奸商であるエヴリンも流石にこの事態は予想外なのだが、彼女もアマラに王命を受けた王子を引き留めるなと事前に釘を刺されていたため、私のために行かないでくれと言わなかったが、それならば絶対に離さないとジェイクを抱きしめる。


「ちっ」


「多分大丈夫。死相はない」


 イライラと組んだ腕を指で叩いているアマラと、水晶玉を必死に覗いているソフィーにとっても、一応可能性は考えていたが、本当にジェイクが戦地に向かう事態になることは予想外で、小娘達と一緒に彼を肉の牢に閉じ込めておきたかった。しかも王命が下った後となっては、どんな伝手を使おうが撤回されることは無いだろう。


「戦場へは……行けんか」


「私達が軍にいると他国の王家を刺激するし、介入するとジェイクは排除しなければいけない存在になる」


 そしてアマラもソフィーも出来ればジェイクと共に戦場に行きたかったが、古代アンバー王国の血筋がジェイクの立場になにかしらの介入をしようとすると、彼は王や王子達にとって放っておいていい存在から、一気に危険な存在となるため、それは避けなければならなかった。


「や、やっぱり……!?」


「ウチらと……!?」


 王子の妻ではなく、女の願いを口にしようとしたレイラとエヴリンの口を、彼女達から抜け出したジェイクが手で塞ぐ。


「俺も一応第三王子だからさ。なあに。戦争が終われば兄上達も結婚して落ち着くだろうから、その後ちゃんと結婚しよう」


「ジェイクぅ……」


「アホぉ……」


『これは間違いなく死にますわね。ええ間違いなく』


 一段落付いたらちゃんと結婚しようと笑顔を向けてくるジェイクに、レイラとエヴリンは涙を流しながら抱き着いた。


「わ」


「勿論アマラとソフィーも」


「……馬鹿め」


「ふっ」


 その様子を羨ましがったアマラが口を開いた瞬間、自分の女に様付けするなと彼女達に言われているジェイクが先手を打つと、普段は不遜なアマラは赤面して、ソフィーは自分を嫁にするのは当然だとニヤリと笑うのであった。


「ところでリリーとイザベラは?」


 だが、ジェイクが言葉を掛けるべき女は後2人いるのだがこの場にいない。


「準備だ」


「はい?」


 アマラが端的に答えた。










 ◆


「ジェイク様、お迎えに上がりました。そちらの方は?」


「従卒と個人的に親しくさせてもらっているエレノア教の司祭殿だ」


 ジェイクを迎えに来た騎士の視線の先には、凛々しい顔付の青年と、柔和に微笑んでいる中年男性の司祭がいた。


「左様ですか」


 それに騎士は疑念を抱かない。王子の身分で従卒がいるのは当たり前だし、エレノア教の司祭とどうやって親しくなったか分からないが、冒険者と呼ばれる者達のパーティーに聖職者がいる事は多く、彼らが戦場に参加するときは、一旦宗派から離れて個人で来ているとの建前でごり押ししているため、戦場に聖職者がいる事自体は珍しくなかった。尤もその建前、色々な所から突っ込まれているのだが……。


 とにかくまあ、ジェイクに従卒と聖職者がくっ付いてくること自体はおかしくない。


(ジェイク様には!)

(怪我1つさせませんとも!)


 おかしいのはその青年の正体が、ソフィーの人相占いでどういった素性の者かバレてしまい、ジェイクの警護を頼まれてスキルで変装している、完成した殺人兵器リリーであったことと、柔和な聖職者の正体が、弱りに弱っていて運がよかったとはいえ、神を弑した原初のスライムことイザベラであったことだった。






 ◆


『おほ!おほほほほほほ! 笑い死ぬとはこういう感じなのですね! 成敗権とでも言えるような物を下さるだなんて! ああ本当に誰か私に手を付けて下さらないかしら! それはもう拍手して歴史に名を刻みましたわねと言うのに! おーっほっほっほっほっほっほっほっほ!』

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