王の本能

 第一王子レオが率いる軍は完全な奇襲でエメラルド王国に襲い掛かった。事前に定められた小目標は、パール王国に攻め込んでいるエメラルド王国軍の補給線を完全に断つこと。そして大目標として、土地を切り取るのは後回しにしてでも、半月ほど補給が断たれた状態で戻ってきた、満身創痍のエメラルド王国軍を完全に粉砕することで、敵戦力そのものを消滅させることが定められた。


 懸念は想定した以上にエメラルド王国内の戦力が残っていることだったが、彼らはパール王国という弱った肉に我慢出来ず、かなりの戦力が送り込まれていたため、侵攻してきたレオ王子達に差し向ける戦力を再捻出することが出来なかった。


 そのためエメラルド王国の国境と防衛戦は完全に破綻したのであった。


 ◆


 今回の戦争だがレオ王子達は奇襲を成功させるため、アーロン王の命令の下でぎりぎりまで情報を統制していたため、市民どころか下級貴族でも寝耳に水だった者が多かったのだが、中には知っていないはずなのに知っている者達がいた。


(在庫はぜーんぶ売れた。しかもリスクなしで現金一括)


 新進気鋭の商人であるエヴリンもその1人だ。初期に手に入れた大金に物を言わせて刀鍛冶や鎧職人と専属契約を無理矢理結んでいた彼女だが、今までその剣や鎧を売ったことがなく貯めこんでいた。これを知った同じ新鋭の商人達は、戦争をしている隣国に持っていけば高く売れるのにいったい何を考えているんだと訝しんだが、エヴリンにしてみれば、ちょっと待つだけで輸送するコストと奪われる危険性が丸々なく、そして同じくらいの高値でこれから戦争するサンストーン王国が買い取ってくれるのだ。単に貯めていたら、後は全部持って行ってくれる状況に笑いが止まらない。


 リスクも金次第というなら、彼女は完璧な節約を果たしたのだ。


(さあて、次はなにを仕込もうか)


 ただ商会の椅子に座っているだけで富を生み出した奸商が笑う。


 ◆


「あ、前に言ってらした大変なお仕事終わったんですね! ご苦労様です!」


「そうなんだよリリーちゃん! いやあ、前は俺もよく分かってないまま荷馬車に色々運んだけど、どうも兵站を準備する仕事だったらしくてさあ! 本当に俺疲れちゃったよ!」


 酔っ払い顔を真っ赤にしている泥酔客と話している、褐色の肌を持つ美女と言うべきか美少女と言うべきか非常に悩む、相反する妖しさを持つ女、リリーも事前に知っていた。


 ここは元黒真珠のメンバー達が、エヴリンの資金援助で始めた酒場で一部だが個室が設けられており、運が良ければだがそこで従業員の女性と話しながら酒を飲むことが出来る上、魅力的な女性が多いことから、この酔っぱらっている男を含めて王城で務めている下っ端もやってくるが、彼らの一番のお目当ては、本当に極稀に店にいるリリーであった。


 そして彼らは、リリーがお願いすればなんでも話した。本当は言ってはいけないことを含めてである。そして1人1人の情報は程度が知れていても、それを集めて精査すればおのずと見えてくるものがあるが、今回の侵攻もその1つで、リリーは末端の者達の多忙さと仕事内容で、ある程度の内容と準備を掴んでいたのだ。


「ね、それよりさ。今晩」


「あ、私用事がー」


「ああごめん! 嘘嘘なんでもない!」


「あはは。さあどうぞもう一杯」


「ありがとううう!」


 リリーの体に触れようとした男だが、彼女が態とらしい声を出しながらさっと立ち上がると、大慌てで謝りながら、彼女がグラスに注いだ酒を飲みほした。


「それで今も兵站のお仕事を?」


「そうそう!」


【傾城】の声に抗える男など存在しない。軍事行動に関わっていながら、彼らは何も考えずただリリーに聞かれた事を答えていった。


「あ、そうだ! 昔、無能王子って言われてたやつの屋敷の門番してたんだよ俺! 王家の恥って言われてるから、本当は外で言っちゃだめなんだけど、リリーちゃんにだけは特別ね! いや本当に無能でさあ」


「さあもう一杯」


「ありがとう!」


 スキル【服毒術】で酒に盛られた薬に気が付かず飲み干す男。


「それでさあ。ふわあ……」


 そして急な眠気を覚えて机に倒れ伏すが、この男が表通りの地面で目覚めて、記憶がなくなるまでリリーちゃんと飲みすぎたと思えたのは行幸だった。眠った男を見下ろすリリーは、能面のような無表情だったのだから。


 ◆


「戦場のレオ王子ですが圧倒しているようです」


「ふむ」


「そう」


 ジェイクの屋敷で開催されている女子会の姉さん女房3人、アマラ、ソフィーにとっても今回の侵攻は予測されていたもので、特にイザベラに至っては、世界中に散らばっている高位スライムと繋がっているため、リアルタイムで何が起こっている事を知っているほどだ。


「あの、ジェイクは呼ばなくていいんですか?」


 そんな女子会の中に、アマラに汚い話にも慣れておけと参加させられたレイラも混じっていた。


「一応とはいえ、ジェイクの父と兄2人の生き死にの話をする」


「え!?」


 ソフィーが変わらぬ表情でさらりと言ったが、単なる村娘であるレイラには手に負えない内容だ。


「で、でも、王と第二王子は王都にいるんですよね? 死ぬってことは無いのでは?」


「戦場へ出たがってる」


「ええ!?」


「ふっ。村娘の方が常識を持ってるぞ」


「もう。不敬ですよアマラさん」


 残った王族の2人までも戦場に出たがっていると聞かされたレイラは驚きの声を上げた。


「レオ王子が鮮やかに勝ちすぎた。ジュリアス王子は焦って、自分も初陣をしなければ皆から侮りを受けるとアーロン王に直訴した。勿論アーロン王も仲違いしている兄弟が戦場にいたら、勝てる戦にも勝てないと思っただろうが、第二王子派の圧力がかなり強かったらしい。そこで発想を変えて、それならジュリアス王子だけでなく、自分も一緒に行って王軍としたらコントロール出来るのではないかと考えて、周りにいる臣下に意見を聞いたようだ」


「そこまで仲が悪いんですか!?」


 アマラが説明するが、レイラは幾ら兄弟仲が悪いとはいえ、王が直接戦場に行かなければならない程なのかと驚愕する。


「アーロン王が自分で考えた都合のいい理屈だ」


「はい?」


 だが真実はもっと酷いものだった。


「王とその王位継承者の全員が戦場へ行って、もしものことがあったらどうするんだと諫言した者もいたが退けられたらしい。領土はレオ王子が切り取るはずなのに自分から出たがっているなら、真に欲しいのは名さ」


「名?」


「幾ら主導しているのがレオ王子でも、一応の看板はアーロン王だ。これで親征すればパール王国を救った開放“王”。エメラルド王国を征服した征服“王”になる。名誉、領土、勝利。王が欲しいもの全部が並んでいるんだ。笑えるだろうが、世界中の王が同じ状況に置かれたら、殆ど全てが同じ選択をするだろう。だからそんな馬鹿なと思うんじゃない。寧ろアーロン王は王として当然のことをしている。それが王の本能なのだ」


 国を武で攻め落とし勝利する。


 領土を広げる。


 そして歴史に己の名前を刻み込む。


 その全てがまさに王として本能。


 アーロン王が無茶苦茶な理屈で自分を納得させたのも、結局はその本能に従った結果であり、そこに合理的な考えは必要ないのだ。


「で、でもジェイクは行かないですよね!?」


「多分……その筈。こうまで馬鹿をされると分からない」


「多分!?」


 だがそれと愛するジェイクは関係ないはずだと思うレイラだが、ソフィーの答えは曖昧だった。


「まず大丈夫です。アーロン王もジュリアス王子も、ジェイク様を全く必要とされていませんし、なによりジェイク様は兵を持っていませんので」


「そ、そうですか」


 イザベラの安心させるような言葉に安堵するレイラだが、愛している男の扱いについては物申したくなる。だが事実としてジェイクは戦場で必要とされてないし、寧ろ邪魔に思われるだろう。


「だが万が一が起こっても引き止めるようなことはするなよ。王子に王命に逆らって一緒にいてくれなどと言って困らせるな。それをするとジェイクは命があろうと男として生きられんのだ」


「そんな!?」


アマラの表情は厳しく、レイラは万が一でもジェイクが戦場へ行く可能性に顔を青ざめさせる。アマラとてそうなったら泣いて縋りたいが、古代から様々な王家を見てきて、そして彼女自身も太古の王族の生き残りであるため、王命を受けた王子を止めるなと忠告する。


「大丈夫です。そうなったら手を打ちますし、本当にまずありえない話ですから。ですが……」


「が?」


「ジェイク様に対して、なにかしらのよく分からない思い付きはするかもしれません。人という種自体が信じられない程に愚かですから」


 神話の終わりから人に化け、ずっと観察し続けた原初のスライムの言葉通りだった


 ◆


「私に出陣しろと?」


 ジェイクが使者に聞き返す。


「はい。率いる兵はアボット公爵が受け持つと」


 その公爵の名こそ、アーロン王に戦場に出るのは止めろと諫言した臣下であり、ジェイクも王宮にいたころから、度々父に諫言する者の名前として記憶していた。


 つまり。


(俺のことゴミ箱として思い出しやがった! 多分、第三王子の面倒を見ろとか言って俺ごと遠ざけるつもりなんだろうけど、それなら最初から王都に置いてけよ!)


「なおですが、王軍より一足先にアボット公爵と共にレオ様の下に向かい、王の命令を届けるようにとのことです」


(あっふーん。王城から戦場へ行くまでの間でも我慢出来ないくらい煩いんだな)


 こうしてジェイクは煩いゴミを隔離するための、ゴミ箱として戦場に赴くことになったのである。










『おほほほほほほほほ! おほほほほほほほほほ! 信じられませんわ! 信じられませんわ! 無能であれではなく愚かであれと定められたに違いありませんわ! そんなに“名”が欲しいのなら私が名付けて差し上げますのに! 無思慮王とかどうでしょう! おーーーーほっほっほっほっほっほっほ!』

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