時計の針

 朝ジェイクを起こす当番、【奸婦】エヴリンの場合。


「ジェイク朝やでー」


「あと10年……エヴリンも一緒に寝よう……」


「ああなんてことや。王子には逆らえんわー」


「ぐう……」


 無能王子ジェイクが、国を滅ぼす女達に愛の告白をして以降、レイラが独占していた彼を起こす仕事は当番制になっていた。それもそのはず。ジェイクは自分を起こそうとする不届き者をベッドに引き込んでそのまま寝ようとする習性があり、それをかつてはレイラが堪能していたのだが、まだ結婚をした訳でもなく身内の中での決まりとはいえ、第一夫人となったからにはもう不安もないだろうから、その役得を分けろとエヴリンに迫られ、最終的に当番制となったのだ。


 そんなエヴリンは、殆ど寝ているジェイクに腕を軽く引っ張られると、身分階級には逆らえないと言いながら、口の形はにやにやと笑みの形で、抵抗するどころかそのままベッドに横になった。


 尤も、ジェイクを起こしに来たという建前は維持しているだけましだ。


 ◆


【傾城】リリーの場合。


「ジェイク様ー、朝ですよー」


 これがリリーなら、扉をそっと開けて小声で囁くだけになる。


「失礼しますー」


 闇の組織の最高傑作なだけあり、音も気配もなくそっと部屋に入る【傾城】のリリーは、自分上位と言える【傾国】のレイラとよく一緒にいて影響を受けているせいか、元気のいい少年のような明るさと瞳の大きさを残しつつ、背がすらりと伸びて女としての肉を付け始め、その絶妙なアンバランスさで恐ろし色香を放ち始めていた。


 しかし相変わらず、その柔らかな褐色の肌の下に隠された殺傷力は健在、どころかジェイクに降りかかるであろう火の粉を人知れず消し去るために磨きが掛かっており、“元”黒真珠の“元”棟梁であるお婆などは、紛れもない最高傑作だったのに、どうして男が絡んだら更に腕を上げるんだ……と、ぶつくさ言っていた。


 そしてエヴリンの仕事を手伝っているリリーと元黒真珠は、全員忌まわしい法から逃れて臍が隠れる普通の服を着ていたが、ジェイクの屋敷にいる時だけリリーは臍を出していた。


「えへへ。ジェイク様の専属踊り子ですよー」


 その理由は当然、専属の踊り子として臍に付いているパールをジェイクに触ってもらうためだ。彼女は熟睡しているジェイクの隣へ忍び寄ると、彼の手をそっと握って自分のパールへ触れさせるのであった。


 ◆


【悪婦】イザベラの場合。


「ジェイク様、起きてらっしゃいますか?」


 イザベラも似たようなものだ。後々何があってもいいようにと、最低限度ではなく普通に女教皇として活動している彼女は結構忙しいのだが、それでも人間に化けている技術を使い容姿を変えてしょっちゅうジェイクの屋敷に忍び込んで来る。余談だが、最初に忍び込もうとしたときはリリーの感知網に引っ掛かり、すっ飛んできたリリーに慌てて誤解だと釈明することになった。だが、それでも間一髪で容姿を戻して正体が露呈していないあたり、神話の終わりから人間に擬態しているだけはあった。


「失礼しますねー」


 まだ寝入っているジェイクの隣で横になるのはリリーと似ているが、このイザベラという女はもっと直接的だ。


「ぐう……」


「ふひ」


 イザベラは横向きに寝ているジェイクを抱きしめ、彼が反射的に抱きしめ返してきたことに、辛抱堪らんと気色悪い笑い声を漏らした。これが数千年間愛し愛されたいと、女でありたいと願った者の末路なのだろう。


 ◆


【毒婦】アマラと【妖婦】ソフィーの場合。


「ぐう……」


「大の字とはまあ。寝相は王だな」


 そこらの王より余程威厳があるアマラが、王の中の王に許された大の字で寝ているジェイクを見て、言葉では聞くがまさか実在していたとはなと呆れる。


「……」


 一方、妹の麗人であるソフィーは、姉の呟きを無視して、無言のまましなやかな女豹のようにベッドへ侵入する。


 この双子姉妹は1000年以上もの長い間共にいる中で、呪いを解いてくれた者を愛すると誓ったが、その時抜け駆けは無しとも約束していたため、こういった時も2人一緒だった。両者とも個人的な男性との関係がなかったため、1人では怯んでしまいそうだという初心さの表れかもしれないが。


 とにかくソフィーは、横に広げているジェイクの腕に頭をそっと乗せて、寄り添うように横になる。


「両腕に妾達を侍らすとは恐れ入った」


 アマラがそんなことを言いながら、ソフィーと同じように反対の腕に頭を乗せるが、その様相はまさに女を侍らしているとしか表現できない物であった。


「ぐう……う……うん? うんんん!? ぐゅびゅ!?」


「そら、最高の目覚めだろう。先に行っているぞ。ふはははは」


「おはようジェイク。また後で。ふふ」


 しかも古代王国の血を引く双子姉妹なのだから、これにはさすがのジェイクも目が覚めるとぶったまげたが、次の瞬間左右にいた彼女達の体に挟まれて潰され、笑いながら颯爽と去っていく姉さん女房2人を、呆然と見送るしかなかった。


 尤もそのアマラとソフィーだが、部屋を出た後にとんでもなく恥ずかしいことをしたと赤面していた。


 ◆


【傾国】レイラの場合。


 レイラはある意味でかなり人間らしい。


「あと10年は一緒に寝よう……ぐう……」


「お、起き……いや、どうしてもというなら……だ、だが」


 ジェイクを起こしに来た以上はなんとか起こそうと決心しても、寝ぼけた彼に腕を引っ張られると、誘惑に負けて一緒に寝るか、いやいや、やはり起こさなければと決意を固くして無理矢理起こすかのどちらかになる。


「ま、まあ、そんなに求められたらやぶさかではない」


 今日は誘惑に負ける日だったようだ。ジェイクは殆ど寝ているため、レイラを引っ張る力は微々たるものなのに、彼女の中では強く求められていると変換されていた。


「こ、こら、そんなに抱き着くな。いいか、ちょっとだけだぞ」


 こうしてベッドへ横になるレイラだが、彼女を含めて女達全員が、これ以上は完全に寝すぎだと判断したら容赦なくジェイクを起こすので、彼の生活自体はかなり規則正しかったため、体内時計も時間間隔も狂っていなかった。


 ◆


 ◆


 ◆














 ◆


 狂っていたのは時代の時計だ。


 サンストーン王国レオ王子、エメラルド王国へ出陣。


 単に“混沌”と呼ばれる時代の幕開けについて諸説ある。愚かなエメラルド王国の王が、パール王国へ奇襲した時もその1つだ。その後、サンストーン王国がエメラルド王国に攻め入った時も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る