プロローグ・スキル
前書き
本当は一番最初に書かないといけないスキルについてですけど、ジェイクが碌な教育を受けていない設定を優先した結果、今更書くことになりました……
◆
「リリー、ちょっといいかな?」
「はいジェイク様!」
(きた!)
雇用契約を結んで早速ジェイクに呼ばれたリリーは、専属の踊り子として呼ばれたと思い、弾むような足取りで付いていく。
「実はちょっと話し相手になってほしい人がいて」
「はい?」
「レイラって名前なんだけど、俺かエヴリンしか話相手がいないからさ」
だがその希望的観測はすぐに打ち砕かれた。ジェイクの目的は、その【傾国】スキルゆえに表に出ることができず、碌な話し相手がいないレイラを気遣ってのものだ。
「分かりました」
(残念……)
その目的とは違う話にリリーは内心でしょんぼりするが、どうもこのジェイクという男、レイラとエヴリンの件もそうだが妙なところで女に対して強かった。
「そういえばエヴリンから聞いたんだけど、お臍のパールを触らせるのって踊り子の専属契約なんだってね。よろしくね」
「は、はい!」
(やった!)
『えーっとスキル【ジゴロ】はなし。【すけこまし】もなし。【女の敵】もなし。そんな馬鹿な。もう一回探さないと……』
完璧なタイミングでの不意打ちだったが、これで名実共にジェイクの専属踊り子だとリリーは心の中で喝采を上げ、【無能】が彼のスキルについて入念に調べていた。
(社交界に出られる立場じゃなかったから、ダンスパートナーなんていなかったんだよな)
『ひょっとして無能じゃなくて脳が無いんですの?』
(うん?)
『いえ、そういえば踊り子と接する立場じゃありませんでしたわね。忘れていましたわ』
しかしである。ジェイクは踊り子という職業がよく分かっていなかった。なにせ王子であるものだから、踊りと言えば社交界での上品なダンスだけだ。その勘違いも仕方ないだろう。尤もその社交界に出ることすらできなかったのが彼の悲しいところだった。
「レイラいる?」
「はい?」
(わあ……)
部屋の掃除をしていたレイラの下へ案内されたリリーだが、その侍女服を着ている【美】に言葉もなかった。
愛する男と隣にいるため最大稼働を続けている【傾国】は、最早世界全ての男を狂わせるほどの魔性と神聖を放ってレイラを人の世界から超越した存在にしながらも、肉を付け始めた彼女はどこまでも女だった。
("人工"の僕とは違う"天然"だ……)
リリーは数々の交配の果てに生み出された人工物の自分とは真逆。そう"あって"生まれた天然の輝きに圧倒されてしまう。
(しかも天然の【傾城】じゃない。僕の【傾城】が委縮してるってことは……【傾国】だ……)
リリーはつい先ほど自分がコントロールすることに成功して、デメリットを封じているスキル【傾城】が完全に委縮していることを感じた。希少スキルの希少スキルにして誘惑系最上位の【傾城】がそんなことになるなど答えは一つ。最上位ではなくまさしく頂点にして完全なる上位互換、つまり【傾国】しかありえなかった。
(でも……)
リリーは首を傾げた。
「誘惑スキルは抑えようとした方がいいですよ。勿論訓練は必要ですけど」
(どうして垂れ流しなんだろう?)
抑えつけるどころか垂れ流しになっている【傾国】の状態に疑問を覚えたのだ。勿論リリー自身も【傾城】の制御に苦労していたが、それでも自分で抑えつけようと思うだけでかなり違うはずなのだ。しかし、【傾国】はそんな甘いスキルではない……。
「え?」
「え?」
『え?』
という訳ではなかった。
上からレイラ、ジェイク、【無能】の声である。そう、別に【傾国】が制御出来ない恐ろしいスキルなのではなく、彼らに全くそんな知識がなかったのだ!
◆
「えっと、構いませんか?」
「はい」
「はい」
「はい」
『はい』
戸惑ったようなリリーの前にいるのは、元からほぼ存在しない者扱いだったため、本当に単なる教養と一般知識しか教えられなかったジェイク王子。その美しさに反して農村生まれで教育すらされていないレイラ。普通の商家に生まれてはいるものの、市民にはスキルのことなど縁がないため、これまた全く無知なエヴリン。そしてジェイク以外には聞こえていなかったが、【無能】が返事をした。そんな面々を今から暗殺者として生み出された少女が教育しようとしていた。
「スキルですけど、神からの授かりものとか、元々持っていた才能が分かりやすくなっただけとか言われていますけど、実のところよく分かっていないみたいです。それに絶対のものじゃなくて、スキル【剣術】を持った人が、持っていなかったけど努力を続けた人に剣で負けた事もあるとか」
「へえー」
「ほうほう」
「村の神父様が神様からの贈り物だと言っていたぞ?」
リリーの言葉に素直に頷くジェイクとエヴリンだが、レイラが自分がまだギリギリ美少女で収まっていた時に、村の小さな教会の神父から聞いた説教を思い出す。そしてこれが、一般的な農村全ての認識だった。
「保守的な王家でもそう思ってるみたいですけど、教会の聖職者に【鑑定】スキルを持つ者が多い、もしくは積極的に探して囲んでいると言うだけで、10歳にスキルを神から授かると言うのも、単にそれくらいからスキルの鑑定がうまくいくって話だけという意見もあるみたいです。現に色々な神様の宗教があってその力に由来したスキルもありますけど、直接会って力を授かったと言う人はここ数百年いないはずです。ただ、囲い込んでいるにしては、聖職者に【鑑定】のスキルを持つものが多いのもまた事実ですから、やはり神に仕えているから、神が授けたスキルを判別できるのだとも言われています」
『おーっほっほっほっほっほ! 特別な力、不思議な力と信仰心が結びつくのは当然ですわね! 誰もがそう思いたいのですもの! ああ自分は神様に選ばれた特別な存在だと! なら宗教勢力が利用しないはずがありませんわ! それは神が授けた力だと宣伝すれば、お布施も権威も上がって一石二鳥! おーっほっほっほっほ! おーほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!』
(頭がキンキンするから静かにしてくれ……)
スキルと宗教勢力の結びつきについて【無能】がゲラゲラと笑っているのだが、それを頭の中で聞かされているジェイクは堪ったものではない。
「勿論魔法を使うことができる【魔法】、スキルの最上位、悪名高い"禁忌"スキルみたいなのは、どう考えても神様の力としか思えませんけど。スキル【粛清】とか、スキル所持者が気に入らないって考えただけで、3000人くらい死んだ伝説がありますし。それで本題なんですけど、なになにの【秀才】、なになにの【天才】とか、単に才能を表す才能スキルとかがありますが、中には使えば使うほど熟達して強力になったり、制御してデメリットを抑えつけられるものがあります。誘惑系スキルは後者ですね」
(ならウチの【奸婦】と【奸商】は才能を表しとるだけか)
リリーの説明にエヴリンは自分のスキルについて納得した。
(なら【無能】は)
『無能ですわ』
(ぐすん……)
一方ジェイクは、【無能】の容赦ない言葉に心の中で涙を流していた。
この世界のスキルというものはリリーが最初に言った通り、あまりにも多種多様で研究が進んでおらず、【画家の天才】といったように単なる才能を表す称号のようなものから、リリーの持つ【闇潜み】という、まるで闇そのものになったかのように暗がりに溶け込める不思議なスキルなどがあるため、本当に全てをひっくるめてスキルと言っていいのかと、定義すら曖昧な状況だった。
「つまり訓練したら男から襲われないんだな!」
リリーの言葉に、危うく故郷の村の男全員が殺しあう寸前だったため喜ぶレイラ。
(つまり訓練したら!)
『努力は結果を伴いますし伴いませんわ』
(たまにいいこと言うよな)
『それをいいことと言えて、きちんと現実が見えてるなら教育した甲斐がありますわね。おほほほ!』
ジェイクも【無能】を抑えつける努力をすれば自分も一端の人間になれるのではと意気込み、その【無能】の非情な声援に感心していた。
「その、誘惑系スキルの強制力はコントロールできても、レイラさんは素で綺麗ですから、垂れ流しよりはずっとマシにはなりますけど……」
他人のスキルについて無遠慮に聞くのはマナー違反を通り越して無礼なため、リリーは敢えて誘惑系スキルと称した。
「一回鏡見た方がいいで」
「な、なに?」
リリーとエブリンの言葉に戸惑うレイラ。
自分に降りかかる災難は全て【傾国】の強制力のせいだと思っていたレイラだが、その【傾国】のせいもあるが既に至高の美に達しているため、スキルを完全にコントロールできても、災難がなくなることはないだろう。
「そうなのか……いや、マシになるならそれでいいか」
「その、あれだ。レイラはレイラだよ」
『全く脈絡のない慰めですけど話聞いてました?』
しょんぼりしたレイラにジェイクが慰めの言葉を掛けたが、そのあまりの脈絡のなさに【無能】が心底呆れていた。
「ジェイク……」
(ちょっろ。田舎から出てきた純朴娘かいな。ってそうやったわ)
その言葉がレイラの琴線に触れたのか、彼女がジェイクとの距離を若干詰めたことに、エヴリンもまた呆れながら心の中でため息をついた。
「エヴリンもエヴリンだし、リリーもリリーだしね」
「ジェイク……」
「ジェイク様……」
『天丼ネタとかいいですから。いやどうして【ジゴロ】とかのスキルがないんですの? 【女難】は絶対あるはずなのに……やっぱりない』
女の顔になっていたレイラを呆れて見ていたエヴリンだが、舌の根の乾かぬ内に自分もリリーと一緒に同じ顔になっていた。
「それでレイラのスキルの制御だけど、どうしたらいいのかな?」
「え? あ! そうですね!」
ぽっと褐色の頬を染めて女になっていたリリーが、ジェイクの言葉で正気に戻った。
「精神を落ち着けて自己のスキルを見つめたりするんですけど……ちょっとだけ別のことしていいですか?」
「あ、ああ」
かなり深刻そうな顔になったリリーに、同じく女の顔から真面目な表情に戻ったレイラが頷いた。
「何をすればいいんだ?」
「棒を振り回してほしいです」
「は?」
棒を振り回してほしいなどと言われて訳の分からいレイラだが……。
◆
「ん? こうしたらいいか?」
(やっぱり……)
それからレイラはおよそ30分程、リリーに言われた通り棒を突いたり振ったりしていた。それで完成した殺人兵器であるリリーには充分分かった。レイラの美しさに気を取られたが、その美しさは立ち方、歩き方からも感じられた。そう、体のあり方すら完成していたからひょっとしてと思ったのだ。
「今の感じ良かったな」
自分で自分の動きに満足したレイラが更にキレよく棒を突く。そしてそれは、どんどんと最適化されていった。
(【傾国】は男を惑わすだけじゃない……)
たった30分であっという間に一端の
それこそが一般的には最上位と思われるスキル、神の如き才能を約束されたジェイクの兄達の持つ【戦神】や【政神】など、俗に神スキルと言われるものすら凌駕して、かつて3000人をただの意思一つで【粛清】したスキルと同じ分類。
美でもいい。知でもいい。そして武でもいい。
(【国を傾けれる】ならなんでもいいんだ……)
そう、なんだっていいのだ。
国を傾ける全ての才を、そして力を約束するまさに神から授けられた力。
それが最早伝説に語られるだけだったはずの"禁忌"スキル【傾国】の正体であった。
◆
「頼む鍛えてくれ! 俺は冒険王子を諦めない!」
(ま、まるで才能がないんだけど……)
一方でジェイクは、表向き踊り子一座の強面役をやっていた鍛え抜かれた女性に、自分を強くしてくれと頼みこんでいたのだが、王宮で味噌っかす扱いだったため剣技なんか習ったことがないし、なにより一目見て才能がないと分かるほどの駄目さで、その女性を慄かせていた。
◆
(踊り子ってすごい博識なんだな)
『む、無能……』
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