プロローグ【傾城】の事情

 前書き

 2話連続投稿の1話目です。ご注意ください。




  リリーという一見少年の様な少女について、スキル【無能】がジェイクに伝えていないことがあった。それは【傾城】という【傾国】の下位スキルや【艶舞】、【柔肌】、【香汗】など男に対して特攻とも言えるような数多くのスキル以外に、【暗殺】、【不意打ち】、【追跡】、【尋問】、【篭絡】、【間諜】に【防諜】など、俗に言う闇スキルと言われるような恐ろしいものを数多く持っていたことだ。


 当然だが男を狂わす魔性と闇スキルをここまで完璧に併せ持った存在が自然に生まれる筈がない。彼女こそがパール王国で"臍出し"の踊り子を隠れ蓑にして活動していた、王国の闇の部門であった『黒真珠』が優秀な者同士を交配させて長い時間の果てに生み出した、男殺しの最高傑作であった。


 黒真珠の役目は内向きの防諜と不穏分子の発見並びに始末だった。男は閨の中で驚くほど口が軽くなるものであり、場合によっては寝室で冷たくなっていることもあった。そしてリリーもまだ客こそ取っていなかったが、その柔らかい肌の下に隠された全身凶器とも言える、殺しのための肉体は既に完成しており、後は女の技術を教え込むだけだった。そのため彼女を連れ去ろうとした衛兵は、危うく死体になる寸前だった。


 その様な組織にいたからこそ、【傾城】のスキルを持っていたことを喜ばれたのだが、誤算だったのは黒真珠が思った以上に、スキル【傾城】と併せ持ったスキルの相乗効果は男の理性を狂わせることだったが、それは訓練を行うことによりあと少しで完全に調整する見込みが立っていた。


 その結果リリーが成長して肉を付けると、この世の全ての男を思いのままに操る魔性の女が誕生するはずだった。


 そう、ぜーんぶ過去形である。


 その心まで完全に制御できていない上に、男の見る目がないリリーが恋に落ちて、踊り子として一人の男と専属契約を結んだからから。は、まだ序の口。


 そもそも……黒真珠という組織自体が過去形なのだ。


 発端は黒真珠が所属していたパール王国と、その隣国であるエメラルド王国との戦争だ。完全に奇襲を受けた形となったパール王国だが、それを察知できなかった諜報機関は大失態をしてしまった。そうなると当然生贄の羊が必要なのだが、そこで選ばれたのが"臍出し"と蔑まれている者達の集団で、しかも女しかいない黒真珠という訳だった。


『エメラルド王国の男と通じていたな!?』


『はあ!?』


 だが黒真珠にしてみれば寝耳に水どころの騒ぎではない。内向けの防諜と粛清組織である黒真珠は国外のことはノータッチなのに、エメラルド王国の男に情が湧いて、諜報を妨害していただろうと訳の分からない言いがかりをつけられたのだ。


『こんなところにいられるか!』


 これは単なる責任転嫁と言えればよかったのだが、そもそもそんな機会は与えられず、このままでは裏切り者として縛り首が間違いないと思った黒真珠は当然逃げた。これが彼女達に責任があるなら大人しく沙汰を待ったかもしれないが、そんなものは微塵もないのだから当たり前である。


 こうして流浪の身となった総勢40人ほどの自称踊り子一座で、実際は凄腕の女暗殺者で諜報員達だが、食っていくためには就職しなければならない。しかし、パール王国と戦争中のエメラルド王国に行くと、ほらやっぱり裏切っていたと言われるのは明白でありそれは癪だ。そこで白羽の矢が立ったのが別の隣国であるサンストーン王国という訳である。


 と言っても彼女達は踊り子ではなく、あくまで裏の人間だと思っていたから、その立場で雇ってもらいたかった。だがまあ……。


『"臍出し"だと? 帰れ帰れ!』


 黒真珠の存在は表になっておらずサンストーン王国に伝手もないため、行く先々の領主の門番から下賤な踊り子がやって来たと門前払いを食らい、なんとか辿り着いた王都で就職できなかったら、本当に踊り子として生計を立てるしかない状況に陥っていた。


『アーロン王は直轄の裏組織を持っているだろうし、それを受け継ぐ第一王子も同じ。なら狙うは、スキル【政神】を持っておる第二王子のジュリアスじゃ。内を引き締める重要性が分かっておるはず。なに、継承権第二位の小僧を王に押し上げるのも一興じゃて』


 しかし黒真珠の首領である酷く年老いた老婆、通称お婆も女諜報員達も悲観していなかった。田舎領主は自分達の価値を理解していなかったが王族は勿論違う。そこで目を付けたのが、まだ成人前にも関わらず、文官としてメキメキと頭角を現している第二王子ジュリアスだ。彼女達がパール王国にいたころから、第一王子レオと第二王子ジュリアスの不仲が有名で、レオはジュリアスを文に耽っている腰抜け、ジュリアスはレオを金のことも分からない愚か者と罵りあい、王は王で【戦神】と【政神】というまさに神スキルを持つ二人のどちらを王に付けるべきかと悩んでいることまで察知していた。しかし順当にいけば第一王子レオが王位に就くのだが、その分正規の組織やポストしか評価されないため、外様の彼女達にはメリットが薄い。


 そこで彼女達はジュリアスの傘下に加わることにしたが、王宮にいる彼に直接話すことはできないため、まあリスクを無視して忍んだら出来るが、彼の派閥に属している貴族に、自分達が高度な教育を受けている集団で、それとなーーーーく裏の仕事をしてましたと臭わせるような手紙を送り、徐々に立場を固めようとした。


『"臍出し"の踊り子が何の用だ帰れ!』


『お手紙だけでも』


『帰れと言っている!』


(やっぱり……)


 取り付く島もないとはこのこと。手紙を持ってきた女諜報員は、王都に入ったときから自分の臍に集まっていた奇異の視線にこうなることを予感しており、甘さを痛感していた。自分達が受けている差別はパール王国とサンストーン王国の田舎限定であり、サンストーン王国王都は違う、そう思いたかっただけだと。


『ふん。後々ジュリアス王子はその門番を切り捨てるじゃろう。ならレオ王子の傘下に加わるとしよう』


 その結果を聞いたお婆とその周りは鼻を鳴らしたが、あるいはそれは現実逃避だったかもしれない。


『帰れ!』


 レオ王子傘下の貴族の屋敷でも全く同じだったのだ。


『こ、これはマズいぞ! 全員仕事を探してくるんじゃ!』


 流石にこうなると、黒真珠達も人を見る目が云々と言っていられなくなり、慌てて王都中の貴族に接触しようとするが、これまた完全に門前払い。


(ど、どうする!? リリーを忍ばせて篭絡するか!? 出来れば王族に……)


 お婆の脳裏に、黒真珠の最高傑作とも言えるリリーの存在が浮かび上がる。確かに彼女が貴族の屋敷に忍べば、どんな男でも骨抜きになって言われるがままの傀儡と化すことが出来るが、使うにしてもできればそこらの貴族ではなく王族に使いたかった。しかしそれには、王宮に入り込むための長い準備期間が必要だ。


(いや、そこらの貴族に充てても、どこぞで王族がリリーを見つけたら取り上げるじゃろうからその心配はない……し、しかしそれはまさに【傾城】そのもの。まだ完全に【傾城】をコントロールしきれていないリリーでは、儂らの寄生先を朽ち果てさせる……!)


 尤も、リリーの美しさを知った王族が一目見るだけでその家臣から取り上げるだろうが、それはまさしくお婆の思う通り、亡国の階段を一歩のぼる【傾城】に他ならなかった。


『いやちょっと待て。リリーはどこじゃ? ま、まさか全員仕事を探してこいと言うたが、全員に自分も含まれると思うたんじゃなかろうな!?』


 そこでふとお婆は、王都城壁の外に構えた粗末なテント群とその周りに、リリーの姿がないことに気が付いて驚愕した。確かにお婆は全員と言ったが、切り札であるリリーはそれに含まれていない、つもりだった。


『い、いや、リリーはスキル【隠形】もある。無事じゃろう』


 そう自分を納得させたお婆だが、彼女も含めてこの世界の住人は、ほぼ伝説として語られている【傾城】のことについてかなり無知だ。そのデメリットの中に破滅的な程の運の悪さというものがあり、それは完璧な隠形術で目立っていないはずのリリーを、本当に単なる偶然で衛兵が見つけてしまうほどだ。


 その時である。


「お婆様! 仕事を見つけて来ました!」


「でかし!? いいいいいいいい!?」


 粗末なテントに駆けこんできたのは、その女としての最高傑作であるリリーで、お婆は先程までの心配はどこへやら。流石だと叫びそうになったが、代わりに目をぎょっとさせた。


「初めまして。第三王子のジェイクだ。契約についてはエヴリンが担当する」


(サ、サンストーンの三男……王族を連れてくる奴があるか……)


 確かに王子達に売り込みを掛けたが、リリーが連れてきたのはサンストーン王家の王子そのものだったのだから。





『【傾国】、【傾城】、【奸婦】。権力者の隣にいて最大稼働するスキルを持つ女達。果たして御しきれますかね? まあ頑張って見なさいな。しかし、このスキルを持っている"悪女"だからこそ破滅させるために"王"に惹かれるのか、と思いましたけど違いますわね。単に女でしたわ。ま、このスキルを持つ女が男を見る目がないのは歴史が証明してましたわね。おほほほほほほほ!』




























 ◆


『超頼りになる戦闘民族を援軍に差し向けても、ちゃんと現地に連絡してないと、門前払いからの敵側ルートになりますから気を付けておきましょうね』


「そんなこと起きないって」

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