プロローグ【傾城】の踊り子
2話連続投稿の2話目です。ご注意ください。
◆
「王子、起きてください」
「うーん……」
相変わらず寝坊助なジェイクが、レイラに起こされそうだったが今日の彼は一味違う。
「レイラも一緒に寝ようそうしよう……」
「は? ちょっ!?」
ジェイクは自分が寝ているのが悪いのではなく、起きているレイラが悪いと言う謎の理論で、彼女の腕を掴むとベッドに引き込んで抱き着いた。
「ずっと一緒にいようね……ぐう……」
「っ……!?」
その寝ぼけたジェイクの言葉に、レイラは悲鳴を上げるのでも飛び起きるのでもなく、彼が起きるまでその白い筈の顔をずっと真っ赤にしているしかなかった。
「遅い思うたらなにしとんねん!」
「はっ!? いやこれは違うんだ!」
「ぐう……」
いや、その前に戻らないレイラを不審に思ってやって来た、エヴリンの叫びで飛び起きることになった。
◆
「なんや隅におけんのう」
「何の話だ!」
朝食が終わりジェイクが居なくなったタイミングで、にやにやと笑いながらエヴリンは未だに顔がほんのり赤いレイラを揶揄った。一応王子であるジェイクには畏まった言葉使いのレイラだが、エヴリンには同年代の女同士ということで、かなり砕けた口調になる。
「何の話って同衾しとったやん。第三王子でもお世継ぎはいるしなあ」
「お、お、お前ちょっと黙れ!」
「きゃー助けてー!」
レイラがにやにや笑う女狐を直接黙らせようとエヴリンに襲い掛かる。それだけなら、気のいい友人に揶揄われ怒っているだけに見えるだろう。
「なんや。じゃあそういう関係やないなら、代わりにウチがぎょうさん赤ちゃん生まんとなあ。10人くらい?」
「じょ!?」
冗談はよせ。そう言おうとしたレイラだが、普段エヴリンの瞳に宿っている悪戯気な光が、ドロリ、もしくはギラリとしたものになっていたのを見逃さなかった。
「ほら、ウチってウチに投資されたやろ? ほんならウチが直接返済せんと」
「ジェイクはそんなつもりじゃない!」
「そんなん分かっとるわ。そういうウチの理屈や理屈」
「な!?」
(ジェ、ジェイクが取られちゃう!)
曲解しているエヴリンを正そうとしたレイラだが、なにを当たり前なことをと肩を竦められて一歩後ずさる。元々レイラは、自分を救ってくれたジェイクと2人だけの空間に紛れ込んだエヴリンに対して、心穏やかな感情を持っていたなかったが、今は完全に気おされていた。
(い、いやだ! 私を見て襲わなかった唯一の男なのに!)
スキル【傾国】は悪魔のスキルである。いや、このスキルを持っているから美貌を授かったのか、それとも逆かは分からない。しかし、下位互換と言える【傾城】の持ち主ですら、その美貌を巡って血生臭い争いが起こるのに、【傾国】ときたら、レイラが女性らしさを感じるまで成長してから今まで、彼女の村ではもちろん、その噂を聞きつけて見に来た者も役人も、果ては利用するために拉致した者達すら狂わせた。そんな争いと破滅を約束するレイラの前に現れて、助け出してくれたジェイクは今までその色香に狂わず、一緒に穏やかに暮らせていたのだ。その彼を奪われるなどレイラは絶対に許容できなかった。
(いじらしいなあ)
そんな目が揺れているレイラを見てエヴリンは苦笑する。ここ数日屋敷で暮らしているが、ジェイクに甲斐甲斐しく接しているレイラが、彼をどう思っているのか明らかだ。しかし、自覚をしてもらわねば自分が返済計画を実施しようとしたときに、レイラが包丁を持ち出すことは明らかだった。それでもエヴリンはエヴリンで譲るつもりはない。
(しゃあない。ウチってなんて男を立てるタイプなんやろ)
しかし、態々不和を撒くことはないと、エヴリンは宣言することにした。
「じゃあ第一夫人よろしゅう。ウチは第二夫人でええよ」
「は、はああああああああああああ!?」
「なに驚いてんねん。王子なら夫人の5人や6人おってもおかしゅうないやろ」
「い、いや、だが……」
言葉に詰まるレイラだが、思わなかったと言えば嘘になる。彼女にとって一番最悪なのは、ジェイクにエヴリンを選ばれて、自分がその外に置かれることだが、枠が複数あるならそこに滑り込むことが出来ると考えていた。
「だ、だ、だが、私は農村の生まれだから王子の第一夫人だなんて……」
(あ、夫人に収まるのは確定ですかそうですか)
言葉では遠慮しているように思えるレイラだが、既に夫人になること自体は確定している物言いに、エヴリンはこの女結構図太いなと思った。
「その王子やけど、ぶっちゃけ王子は王子……うん王子、だよね? って立場やろ。問題あらへん」
「そ、そうかな?」
「王族よりよっぽど別嬪なんやから、農村生まれとか誰も気にせんし思わへん」
「そ、そうか」
(いじらしいとは思うたけどめんど……)
両手の指をつんつんさせてもじもじしているレイラの姿は、彼女が至高の絵画から抜け出したのではなく感情を持っている人間だと思わせるが、それに付き合わされているエヴリンはげんなりしていた。
「まあそう言う訳で、先のことを考えて稼ぐで」
「そ、そうだな!」
(奥のことまで調整するとか、ウチってなんて出来る女なんやろ)
確かに出来る女エヴリンの独白だったが、彼女は彼女でレイラに負けず面倒で重い女でもあった。
◆
一方のジェイクだが、彼は庭をぶらぶらと歩きながら脳内で【無能】と会話していた。
『よく【傾国】持ちに対して襲い掛かりませんわね。私その辺りには何もしていませんのに』
(女の人に襲い掛かるとか無いから。俺って父上じゃないんで。って言うか何かしてんの?)
『【傾国】の美しさって、そんなド級の反面教師がいてもどうにかなるものじゃないのに、我慢してるんじゃなくて素でそう思ってるところが凄いですわね』
(無視かこら。あ、いいこと思いついた。簡単で面白いボードゲーム作ってそれで荒稼ぎしよう)
『例えばどんな?』
(だ、だから簡単に作れて簡単なルールで……)
『む、無能……』
【無能】に突っ込みを入れながら、突如閃いたジェイクは真新しくも簡単なボードゲームを作って売り出す素晴らしいアイデアを思いついたが、具体的なものまでは考え付かなかった。
「捕まえた!」
「きゃああ!?」
『これまた私はなにもしていないのに厄を引き寄せますわね』
「だから何かしてるのかよ」
【無能】に計画の浅さを突っ込まれて沈黙していたジェイクだが、外から聞こえてきた悲鳴の原因を確認するため門へと向かった。
「パール王国の人間だな!?」
「は、離してください!」
(なんか、ぼろ布を着るのって流行ってるのかな?)
『そうかもしれませんわね』
ジェイクが適当そうな【無能】の返事を聞きながら首を傾げる。衛兵が腕を掴んでいる、恐らく少女と思わしき声の持ち主はぼろ布を纏っていたのだが、そこから覗いている手の肌は、名前通り真珠の産地として有名で、海国特有の日に焼けたパール王国の人間に多かった。
そしてサンストーン王国とは元々民族と宗教、文化が違う上に少々時期が悪かった。というのもサンストーン王国の隣国、パール王国とエメラルド王国は戦争状態であり、それに神経を尖らせている衛兵が過剰に反応していたのだ。
「顔を見せろ!」
「あう!?」
剥ぎ取られたぼろ布の下から、短い黒髪と大きな黄色の瞳というパール王国人特有の外見の、一見少年のようにも見える少女が現れた。しかし問題なのは、これまたパール王国の名前の由来である。同地域の人々は額にパールの破片の様なものを持って生まれるが、その少女の額には何もなく、代わりに臍の部分に小さなパールの様な輝きがあった。
「お前、"臍出し"か!」
「うう!?」
剥ぎ取ったぼろ布の下の少女は、臍とそのパールが見えるような服を着ていたが、これはパール王国の法律でそうなっているのだ。というのも、現地では最も重要な器官である脳に直結するような形となる、額にパールがある事が至上とされ、殆どの人間がそうなのだが、時折なぜかへその緒の下に形成されて生まれてくる者がいた。そして頭から遠く、便が動いている内臓の近くにパールがある者は汚れている者であり、その汚れを隠して近づいてはならないと臍を隠すことを禁止されており、そのような人々は"臍出し"と呼ばれて嫌われていた。
「布を被って臍を隠そうとするとはいかんなあ。有名な臍出し踊りを見せてもらおうか」
「い、いや!」
ジワリと涙を浮かべる少女。
そんな腹部を見せることが強制されて忌み嫌われたような者達はまともな職に就けず、女性の多くは比較的差別のない地方を回る踊り子、そしてその夜で生計を立てており、臍出し踊りなどという蔑称も生まれていた。
「はあはあ!」
それを知っている衛兵だからか、少女を掴む手に力が入っているのだが明らかに様子がおかしい。目は血走り口から涎がこぼれ始めていた。
「そこまで」
「は?」
「え?」
悪い意味で衛兵と少女の二人の世界に、ジェイクが割って入った。
『うっわなんですの? 【傾城】、【艶舞】、【柔肌】、【香汗】他にも色々。幾ら【傾城】が【傾国】の下位互換とはいえ、組み合わせが酷すぎてとんでもないことになってますわよ。男のことを狂わせるために生まれてきたようなもんですわね。これには流石の私もぶったまげましたわ』
「何も悪いことしてないみたいなのに、連れて行く必要ないよね」
『なのに平気なあなたにもですが』
ジェイクは頭の中で何やら煩い【無能】を無視して、衛兵に少女を離すように言った。
「で、ですがこいつは臍出しなのにぼろ布で隠してたんですよ!? どういった理由で止めるんですかい!? 邪魔しないでくだせえ!」
『ああやだやだですわ。民族、宗教、文化、人種も違うのに、それを助けてどうしようって言うんですの? 良心で助けてお涙頂戴はお止めなさいな。美談はいいですけど、それを聞いてやってくるかもしれない異文化との摩擦を考えまして? それをどう解決するつもりなんですの?』
一応ジェイクが王子であると知っているらしい衛兵だが、血走った顔でそのまま少女を連れ去ろうとして、【無能】もまた呆れたような声を出した。
【法だ。厳格な法】
「あえ?」
「あ」
衛兵がジェイクの横を通り過ぎようとしたときに、上から轟いたような声を聞いた瞬間へなへなと崩れ落ち、少女もまたぺたんと尻餅をついた。
「サンストーン王国内に臍を出さなければいけない法は存在しない。そして民は法の下で平等であり、違いや摩擦があろうが罪は罪として裁く。厳格な法と罰を用いるのだ」
『考え方が早すぎて時代に合わないことを言ってるなら、それは無能と同じなんですけど、私は優しいので目を瞑りましょうか』
「行け。衛兵であるなら法を順守せよ」
「は、はいいいいい!」
思考が麻痺した衛兵には、ジェイクがかなりの危険思想を言っていても何を言っているかさっぱり理解できなかったが、その命令だけはしっかりと聞き取り、這う這うの体で駆けだした。
「我が国の衛兵がすまなかった。また起こらないよう私が送り届けよう」
「あ、あの!」
衛兵が去ったのを見届けたジェイクは、尻餅をついている少女に手を伸ばしたが、少女はその手を握らずジェイクを真っすぐ見つめている。
「ぼ、僕、お臍の出てない服を着ていいんですか!?」
「我が国にそれを禁じている法律は存在しない。だから構わない。というかそんな法律、完全に意味不明。悪法は法じゃないからとっとと変えた方がいい。うちでそんな法が通ったら抗議するね」
「ぐしゅ……」
「ちょ!?」
その問いに対して当然のことを言っているつもりのジェイクだが、少女にとってはそうでなかったようで、黄色い瞳が潤み始めてジェイクは焦る。
「あ、そうだ! 人手に心当たりない? 商店を始めるのに人手が欲しくてさ」
それをなんとか切り抜けようとしたジェイクは、エヴリンが近々商店として活動するのに必要な、少女である自分の指示を聞いてくれる人手を探していたことを思い出す。
「ぐしゅ。王都には踊り子一座と来てるんですけど、皆で仕事を探してて……」
「契約しようそうしよう!」
その言葉に飛び上がるほど喜んだジェイクは、少女の手をぎゅっと握りしめた。
「あの、僕まだお客さん取ったことがなくて……」
「あれ? どうしたの?」
「ん……」
少女は握られたジェイクの手をそっと自分の臍にあるパールまで誘導して、恥ずかしそうに触れ合わせた。ジェイクが知る由もなかったが、踊り子が夜にではなく昼に臍のパールを触れさせるのは特別な意味がある。
「えへへ」
「うん?」
はにかむ少女にジェイクは首を傾げる。後年知ることになったが、意味することは踊り子としての専属契約である。
これが後に、全ての男からその踊りを熱望されながら、結局ジェイク一人にしか見せなかった【傾城艶舞】リリーとの出会いだった。
◆
「私にも教えてくれ。な」
「せや」
「レイラさんもエヴリンさんも怖い!」
尤も女性には結構見せることになったが。
◆
逃げ出した衛兵だが運がよかった。ジェイクが割って入らねば、もう少しで骸になるところだった。その柔らかい肌の下に隠された恐るべき殺戮能力によって。
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