プロローグ・戦争商人
前書き
本日2話投稿の1話目です。
◆
サンストーン王国内では、ジェイク・サンストーンという王子が、王都の離れにある屋敷にいることは知られていても、彼がほぼ廃嫡されているような、王族から疎まれている存在ということはあまり知られていない。なにせ国王が使用人に手を付けて生ませた子供であるため少々外聞が悪く、しかもジェイク自身が無能であると知られると、王族の恥部となってしまうため、それを態々言い触らす者がいなかったからである。そのため王国内でジェイクは、病気療養かなにかで王宮から外に出ている王子としか思われていなかった。
「おお! 話に聞いたジェイク王子から招待状が!」
そんな一応王族のジェイクであるから、彼の名前で招待状が送られた商人であるギルボアは喜んだ。御用商人とはいかずとも、結構な規模の商会の主である彼が欲していたのは、王族との付き合いがあるという箔であった。
「内容は……ああなるほど。どうして外れの屋敷に住んでいるかと思えば、国王陛下から、末っ子だから好きに生きてみろと言われたのか。そして商取引の真似事をしたいから、屋敷の美術品を買い取ってくれ。こちらのメリットは、いつになるか分からないが国王陛下と会った時にその話をする、か。随分明け透けだな。まあ嫌いじゃないが」
その手紙の内容にギルボアは納得する。既に第一王子と第二王子がいるため、第三王子というスペアのスペアだから気楽に生きており、王宮ではなく屋敷に住んでいるのはそのためで、遊びに付き合ってくれれば国王と会った時に、ギルボアのことを話すと言う分かりやすい内容で、百戦錬磨の商人達と日々鎬を削っている彼からすれば、思わず苦笑してしまうほどだった。しかし裏を読もうとしても特にデメリットはなく、メリットの方もいつになるか分からないが、王子と遊びとはいえ商談したとなればギルボアの箔になるため、彼は喜んで招待に応じると返信をした。
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◆
「よく来てくれた」
「本日はご招待いただき誠にありがとうございます」
返信をして数日後、ギルボアは数人のお共と一緒にジェイクの屋敷に招かれていた。
(護衛の姿がない……これはかなり厳重だぞ……)
しかしこの屋敷の警備は恐ろしい。なにせジェイク以外は誰もおらず、あくま今日のことは彼の遊びだからと使用人達もいないのだろうが、護衛の姿がないとなると、ギルボア達に全く気配を感じさせない腕利き達がいるのだろう。
「買い取ってほしいのはこの壺とかだ」
「おお、こちらですか……!」
「おお……」
早速ギルボア達が通された応接室の机には幾つかの壺が置かれていたが、ギルボアや連れてきた審美眼の確かな者も思わず唸る程見事なものばかりだった。なにせ一応は王宮が管理している屋敷であるため、置かれているのも相応しいものばかりなのだ。
「おおよそこの程度の金額ですな」
その美術品をギルボア達は相談しながら鑑定して、買取の金額をジェイクに提示した。勿論その金額は、いつになるか分からないが、王によしなに伝えてほしいと言う心付けの分も含まれていた。
「ならもう少し抑えた金額で買い取ってもらおう。心付けの分だが、遊びとはいえ一度王宮から出ると、そう簡単にまた入れんからな。どこまで期待に添えられるか分からん」
「こ、これは恐れ入ります……」
しかしそれは苦笑するジェイクに止められてしまい、ギルボア達が恐縮する羽目になる。
「代わりにと言ってはあれだが、この金で買える分の小麦を売ってほしい。勿論適正価格でだ」
「け、結構な量になりますが」
その心付けを差し引いた適正な買取価格でもかなりの金額であり、その金で小麦を買うとなるととんでもない量になるためギルボアは驚いた。
「隣国同士だが妙にきな臭い。ひょっとしたら一戦あるかもしれんのだ」
「はあ」
ジェイクにそう言われたギルボアだが、サンストーン王国の隣国は至って平穏であり、ジェイクの言うようにきな臭いなどと思ったことはなく、市場も安定したものとなっていた。
「それは……」
「いや、王宮の伝手での情報ではないし、そう思ってもいないはずだ。それなら私を介さずもっと大きく動く。しかし、私はそう思っていてな。一儲けしてみたいのだが、こんな末っ子が隣国で争いが起きるから小麦を買い占めましょうと言っても、外れたらそれ見ろと言われるし、当たったら当たったらで出しゃばるなと誰もいい顔をしないだろう。だからな、単なる私個人の遊びで道楽だ。ああ、私のところに先に小麦を売ってしまって、儲ける機会をなくしたと思われたくないな。それなら、多少値が上がってもいいから、余所の複数の商会から買い取った小麦を渡してくれ」
「さ、左様で……」
(こ、これは道楽者なのか大物なのかさっぱり分からん……!)
ギルボアは隣国同士がきな臭いなどと感じず、ジェイクの言葉は間違っていると思うのだが、あまりにもジェイクが自信満々なものだから、自分の物差しでは測れないと戦慄していた。
「まあ、外れたら笑ってくれていい。しかし当たったら……」
「当たったら?」
「茶でも飲みに来てくれ」
「……必ずお伺いいたします」
ほほ笑むジェイクに、商店の会長として百戦錬磨の筈のギルボアは、震えそうな声を必死に押させて、なんとかそう返すのであった。
◆
「……どういたしますか?」
ギルボアがジェイクの屋敷を去り、その道中で部下が彼に恐る恐る質問した。問いの意味は勿論、ジェイクに頼まれた小麦をどうするかということだ。
「……半分はうちの小麦、もう半分は余所から買ったものを送る」
「分かりました」
ジェイクの言葉が本当なら、手元にある小麦の値は隣国で天井知らずに跳ね上がるだろう。それを考えると、全てを今の値段でジェイクに送ると損になるが、かといって今大口で売れるなら売っておきたい。そのためギルボアが出した結論は、自分の商会と余所の商会で買った半分半分で、それなら値もそれほど高くならず、ジェイク王子の不興を買わないだろうというものであった。
◆
答えは一月後、ギルボアの商会がジェイクに全ての小麦を納品してそれほど経たず出た。
「商会長! 隣国のパール王国とエメラルド王国で大規模な衝突が!」
(サンストーン王国も、周りの商会もそれに備えた動きはなかった……本物だったか……)
商会に慌ててやって来た者の報告に、ギルボアは天を仰いだ。あれから彼は、細心の注意を払ってサンストーン王国や周りの商会に注意を払っていたが、戦争に備えるような動きは全く見えず、やはりジェイク王子の道楽だったかと思い始めた途端にこれだ。
「どういたしますか!?」
街道の治安が一気に不安定化することを考えなければ、莫大な消費を生む戦争は商人達にとって稼ぎ時に他ならない。そのためギルボアは、他の商会に遅れることなく行動を起こさなければならなかった。
「ジェイク王子の屋敷にお茶をご馳走になりに行く」
「は、はい!?」
しかし、ギルボアは招待されていたため、それを放っておいて行かなければならない。
「この屋敷どころか、そちらの商会から借りた貸し倉庫まで一杯の小麦なんだが、幾らで買ってくれるかな?」
「御見それ致しました」
そして屋敷の外で顔を合わせた途端、ジェイクにそう言われたギルボアは深く頭を下げることしかできなかった。
◆
時はこの一件より前。
「って言ったらいいんだよな?」
「せや。後は万事ウチに任せとき。あそこは一見平穏やけどエメラルド側が仕掛ける」
‐一流の戦争商人は戦乱を聞き取る耳がいい。超一流は流れる血を嗅ぎ取るため鼻が利く。時代を代表する商人はどこであろうと戦乱を肌で感じる。商星の生まれは未来を見る‐
「これはいい味しとるわ」
‐それ以上なら絶対に近づくな‐≪宰相商人ブレガス≫
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