プロローグ【奸婦】の事情

エヴリンの人生はケチが付きっぱなしだった。それなりの商人の家に生まれたはいいが、母親は産後の肥立ちが悪かったため、彼女が生まれてそれほど経たず死去して、それをエヴリンのせいだと思った父親から疎まれてしまい、商店の使用人が憐れに思って育てられたほどだ。


 しかし、成長した彼女にはその父親すら唸る程の商才があった。小麦が上がると言えば上がり、戦争の気配が微塵もない国なのに争いが起こるから武器が売れると言えばまさにその通りになった。だが父親も観念して娘を認めればいいのに、彼女が稼げば稼ぐほど更に疎ましく思い、よせばいいのに娘に商才があるはずないと証明してもらいたくて、聖職者にスキルの鑑定を頼み込んだ。


「その、娘さんのスキルですが、【奸婦奸商】でした」


「そうですか!」


 しかし、結果は父親の期待の遥か上をいっていた。気の毒そうに言う聖職者だが、寧ろ父親はお喜びだ。スキル【奸婦】、つまり悪知恵に富んだ女と神から認定された女など嫁入りは不可能だし、その上不当な金を稼ぐことが得意な【奸商】となると、信用第一の商売の世界では爪弾きにされる存在だ。そんなスキル、もしくは称号ともいえるような2つがくっ付いているエヴリンは、父親にとって完全に不要な者となった。


「スキル【奸商】がこの商会にいるなど、それだけで取引が出来なくなる! お前は追放だ!」


「はあ!? 何言うとんねん!」


 まだ少女ながら商人であるため様々な国家を渡り歩いたエヴリンは、かなり色々な訛り方が混ざっているが、そこがまた愛嬌として商店の使用人から思われいても実の父親には全く通じなかった。


「お前に商才があるならこれでも生きていけるだろうよ!」


 そう言って父親は、態々ぼろ袋に入った野菜をエヴリンに投げつけ、行商に来ていたサンストーン王国から去って行った。


「そんなアホな……」


 父親から嫌われている自覚はあったが、まさか行商先で捨てられるとは思っていなかったエヴリンは暫く呆然としていたが、なんとか事態を打破しないといけない。


(あかん、どこも門前払いや……)


 しかし、サンストーン王国王都に伝手がないエヴリンは、どこへ行っても取り合ってもらえず、ここ数日飲まず食わずで、しかも時折人攫いではないかと思われるような連中が近寄ってきたため、ぼろ布を纏っているような状況だった。


(はは。ウチっていらん子やったんやなあ。うん? 金の匂いがする……)


 そんな極限状態で彷徨っていたエヴリンだが、殆ど無意識に香しい匂いを感じてふらふらと歩きだし、ある馬車を追い始めた。


(あそこからや……)


 覚束ない足取りであったため馬車から距離が離れたが、それでもエヴリンはその匂いの出所を間違わず、来た道を戻って来た馬車を無視して、王都内の外れにある屋敷にたどり着いた。


 カランカランカラン!


(このままじゃ、ウチを買って下さいって言う羽目になるなあ……)


 呼び鈴を鳴らすエヴリンは飲まず食わずの不眠不休だったため、霞が掛かった頭で最悪の想像をするが、このままでは本当にそうなる可能性が高かった。


「何か用かな?」


「ああお坊ちゃま、この野菜を買って頂けませんか?」

(貴族の坊ちゃまかあ。なんとか言い包めて野菜を買ってもらわんと……)


 そもそも貴族の坊ちゃまが、呼び鈴が鳴ったからと屋敷から出て来ること自体おかしいのだが、今のエヴリンはそれに気が付くことなく、とにかく萎びた野菜を買って貰って金を手に入れることしか頭になかった。


「買う!」


「え?」


 しかしまさかの即決である。


「ほ、本当に買ってくれるんですね!?」


「う、うん」


「あ!?」


 自分でも無理だと思っていたのに、野菜を買って貰えることになりエヴリンは鬼気迫る表情で貴族の坊ちゃまに迫るが、その拍子に被っていたぼろ布が落ちてしまう。とはいっても、これは人攫いを避けるためであり、見られたからと言ってエヴリンの持つ忌まわしいスキルが分かるはずもなかった。


「【奸婦奸商】?」


「ひっ!?」


 その筈だったのに、エヴリンの心の傷となっているスキルを言い当てられて、思わず彼女は悲鳴を上げて逃げ出そうとした。


「待った!」


「止めて離して!」

(衛兵に詐欺師って突き出される!)


 手を掴まれたエヴリンが、自分はこのまま衛兵の詰め所まで連れていかれると思い、それが被害妄想で決してない程、スキル【奸婦】や、【奸商】を持っている者は信用されないのだ。


「つまり商売の才能があるんだよな! うちの美術品、どうにかして売ろうと思ってたんだよ! それを元手にして商売してくれ! 俺の名前を使ったら商人が来るとは思うんだけど、そこから先がさっぱりなんだ!」


「は、はい?」


 しかし、殆ど詐欺師の別名の様なスキルを持つエヴリンに貴族の坊ちゃまは熱く語り始め、彼女は困惑するしかない。


「出来ないなら出来る人間に任す! それが上に立つ者のやり方だ! という訳で、君の全部に投資する!」


「ウ、ウチに投……資……?」


 しまいには投資するとまで言うではないか。実の親に捨てられ、神から悪女そのものと言われたに等しいエヴリンに向かって。


「……【奸婦奸商】の意味知っとる?」


「スキルにじゃなくて君に言ってる!」


「ああ……そう……」


「ちょっ!?」


(こりゃ返済頑張らんとなあ……)


 馬鹿げた話だが、ついさっき会ったばかりのお坊ちゃまに【奸婦奸商】のエヴリンではなく、エヴリンとして投資された彼女は安堵のあまり崩れ落ちた。


(どぎつう返済したるから待っとりや……)


 こうして後年、レイラから金にはケチなのに、貴族の坊ちゃまことジェイクに貢ぐのを止められない女と言われるエヴリンは意識を手放したのであった。









 ◆


「そういや無能王子の監視は誰かしてるのか?」


『発動』


「誰かしてるだろ」


「それもそうか」


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