第52話 征夷大将軍

052 征夷大将軍


1566年(永禄9年)の末

雪の積もる前に足利義昭は上洛した。


しかし、それが新たな問題を引き起こす。

そもそも、迎えに来いと言われた鈴木九十九軍団であったが、迎えにいっただけである。


山城の支配権を誰がとるのかという問題がすぐに浮上する。

足利将軍家には、主要な戦力がいないのである。


当然、武力がないと支配は及ばない。

すると、鈴木家に武力を要求することになる。

しかし、それは、ただ働きである。


将軍家は当然それを要求する訳である。


名目上、山城の支配権は将軍家にあるが、実質的支配は九十九軍団が行うという状態が発生し、かつ、地元国人衆もいる訳であるから、近いうちに、問題化することは明白であった。


それを一気に解決する方法が将軍宣下という訳である。

将軍に天皇から任命されれば、大名に命令することが可能となる。

しかし、すでに下克上の時代、それが通用するのかという実際の問題はあるのだが、将軍側はそのようなことはあまり考えないようであった。

すでに官僚機構となって久しいので、前例を踏襲することが正しいことと考えているのである。


そもそも、命令するだけの立場にいるから、下々のことなど知る由もない。

というか、感知しないというのが正しいであろう。ゆえに、皆が従わなくなるのである。


鈴木家など、守護職ですらない下々の末端である。


このような、大きな齟齬そごがありながらも時間は進む。


将軍宣下の儀式に関する準備が進められている。


そして、九十九側近には将軍家のやりように猛烈な反発が起こっていた。


そんな時、冬の京都に闖入者が訪れるのであった。


叡山延暦寺の僧兵が神輿を担いで暴れまわるという事態が勃発する。

いわゆる強訴である。



僧兵たちは、京都市内に建設中の本願寺の建立に反発し強訴を行っていた。

それ(本願寺建設)を推し進めたのは、鈴木九十九であった。


その強訴により、宣下の儀式は来年の春へと延長されることとなった。


・・・・・

1567年(永禄10年)の新年の祝賀の宴が金鵄八咫烏城で大々的に行われた。


そのころには、伝説的剣聖の塚原卜伝の一行が、金鵄八咫烏城を訪れていた。

彼らは、卜伝最後の剣術布教(世界を救う剣)の旅の終わりに、甲斐武田を訪れていたところ、もう一人の剣聖上泉武蔵守による招請の結果、到来が実現した。


卜伝は人生最後の数年を故郷で過ごすことになるはずだったが、やはり、美味い酒と料理にはまり、帰れなくなるのだった。


こうして、金鵄城の内部あるいは周辺には、戦国時代の兵法家と名乗る者たちが異常な密度で集中することになった。


彼らの一部は剣術師範として、雇われ、キャンプ淡路などへ送られた。


城内でも一番の大広間に主な家臣と家族たちが、殿を並べて会食している。

あるいは、鍋の回りに集っている。


広間には、今は撤去されているが、狩野派絵師たちが書いた豪華な襖絵の襖が出来上がり、欄間には、精妙な彫り物が刻まれた、豪華な室内となっていた。


「しかし、怪しからん!」そう息まくものがいた、参謀総長の戸次道雪である。

足利将軍家のふるまいが、鈴木家をないがしろにしていることを怒っているのである。


「私に作戦案がございますが」と参謀の竹中半兵衛がいう。


「どのようなものでしょうか」同じく参謀の黒田官兵衛である。


「義昭様が目指すのは征夷大将軍です」

「左様、武家の大将の事だ、ゆえに命令権を持っていることになる。しかし、そんなものはこの下克上の世の中に何の意味がある!」と道雪。


「そうです、征夷大将軍は御かみが任命し、武家の棟梁となる訳ですが、道雪様のおっしゃりたいことは、命令されるのが気にくわないということでよろしいですか?」


「う~ん、それもあるが、九十九様こそ征夷大将軍にふさわしいと儂は考える」と道雪。


「さすがに、重秀様の家来が征夷大将軍になることはできますまい」と官兵衛。


そう、あくまでも九十九軍団は鈴木家の家臣の一部に過ぎないのである。

たとえ、その力が、本家を圧倒するものであったとしてもである。


その噂の当主は、今、越前から来た真柄や戸田の者、明智などと飲んで大声でしゃべっているのが望見できる。


「そこで、相談ですが、命令を受けなくすることはできると私は考えております」と半兵衛が居住まいを正しながらいう。


「どういうことか?」


「征夷大将軍は本来、中華の官職を真似て作られたものです。つまり中華には、夷(えびす)以外にも、敵はいるのです。」


「どういうことか?」


「東夷西戎南蛮北てきという敵が中国には存在します。簡単にいうと征夷は鎮東将軍です。一方向にしか関係がない。つまり我々が鎮西将軍になれば身分的に同じということになるのではと考えます。」


「そんなことは可能なのか?」


「それはわかりませんが、今までの朝廷への貢献及びこれからの貢献を歌えば、何らかの譲歩を引き出されるのではないかと考えているのですが」


「つまりは?」


「はい、重秀様を征戎大将軍に九十九様を征戎将軍に任じていただくように、工作するのです。丁度良いことに、斡旋窓口がそこにいます。」


顔を向けた方向には、公家の山科言継が鍋をつついていたのである。


「半兵衛、見事な計略じゃ!よし、全力をつくして殿を征戎将軍にするのだ!」

「は!」参謀本部は全会一致をみたのである。


こうして、主人も知らないうちに巻き返し工作が開始されたのであった。


1567年春


「しかし、何で儂が、参殿せねばならんのじゃ?しかもかなりの正装」と問題の男。

「そうじゃ、九十九よなんで、わいが京に呼ばれるんや?」と不信な顔の孫一重秀もいる。


二条城内の一室である。

九十九が仕方なく戸次道雪の要請で姫路城を建築中の重秀を呼び出したのである。

「今日は、足利将軍の将軍宣下の日やろう。わいらには何の関係も無いやろう」

重秀の意見も最もなものである。


所詮紀伊の田舎者扱いなので、命令されるだけの関係、つまり近くにいると馬鹿を見るので、できるだけかかわりを持ちたくないのである。


「まあ、大殿、御所見物にでも来たと思われて、ごゆるりとなさっておれば、万事我らがこなしますゆえ」と道雪が曖昧な返事をする。


二条城から行列を連ねて、御所へと向かう。

彼らの正装の行列は巨大な馬が眼を引く。


彼らの後ろには、荷物(贈答品と目される)が大量に並ぶ。


「道雪、後ろの荷物は何じゃ?」

「殿、御所に向かわれるのに、お礼の品が無くてはいけないでしょう」

「しかし、前からかなり金子を贈っているであろう?」


「殿、その辺は、我ら参謀にお任せあれ」と半兵衛が引き取る。

「そうか、ほな御所見物と洒落こもうか、なあ、兄やん」と隣の重秀に声をかける。

「そやな、つかれるけどな」と重秀。


清涼殿の大広間には、なんと足利将軍(予定)がいた。

「何じゃ、そなたらは!」明らかに機嫌を損ねる義昭。

「嫌、某らは、呼ばれただけでして、まさか義昭様が此処におられるとは露知らず」


「これでよいのじゃ、お静かに」と近衛何某が争いを収めにかかる。


「しかし、本来宣下は使いが来るものです、本日は何故、昇殿する必要がござったのであろうか」と不信感もあらわな義昭。


「麿からいうことはない。本日そなたは、征夷大将軍に任じられる」

「そうですか、しかし、何故に下賤げせんやからがこの場にいるものやら」

あからさまに、嫌味をいう義昭であった。


さすがにこの時、九十九の眼に怒りの炎が立ち昇る。

貴様を興福寺で亡き者にすることも容易かったものを見逃してっやたのに、恩知らずめが!と心のうちで怒鳴っていたのである。


この時から、鈴木九十九は足利義昭を敵と認識することなる。


宣下の使者が室内に入ってくる。


それは、山科言継(ときつぐ)であった。

宣下は天皇の使いが、やってきて告げるというスタイルを通常はとるのだ。

清涼殿では行わないらしいが。


「源朝臣義昭は征夷大将軍と為すべし」

「ははあ」足利義昭が平伏する。


「穂積朝臣重秀は征戎大将軍と為すべし」

一瞬の間をおいて、自分のことと判断した重秀は「ははあ」と平伏する。


「穂積朝臣重當は征戎将軍と為すべし」

「ははあ」誰よりも反射神経の鋭い男が反応した。


「皆のもの、精励すべし」


こうして、前代未聞の征戎大将軍が任じられたのである。


そして、この事態は、足利将軍家と鈴木家に埋めがたい溝を作ることになってしまったのである。


・・・畿内覇者編 完結・・・


同著者の作品群


『万年鉄級冒険者と永年虐げられてきた俺が、迷宮の暗闇で笑う時』~カードの王 カード世界の始まり編~


提督の野望 風雲立志伝 ~太平洋ノ波高シ~


提督の野望Ⅱ ~死戦編~  


もありますのでどうぞご一読よろしくお願いします。

その際には、☆で応援をお願いします。


7月1日より

悪夢のABIS(アビス)~奈落の底~九十九伝完結編

連載開始します。九十九伝完結編となります。

応援よろしくお願いします。


8月6日より

『八咫烏血風戦記Ⅱ』 続九十九後伝 〇〇編

連載開始、応援宜しくお願します。




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九十九後伝 八咫烏血風戦記 畿内覇者編 九十九@月光の提督・連載中 @tsukumotakano

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