本屋のカノジョ
自分が召喚したが何の祝福も得られなかったニポンジンの少女のことを、親友がえらく気にかけていると知ったのは彼等彼女等を召喚して三ヶ月ほど経った頃だった。
仕事の時以外は基本的に引きこもっているくせに最近よくこそこそと町に出かけているなと気になって後をこっそりつけてみたら、あのニポンジンの少女が働いている本屋に入っていった。
それを意外に思った、奴はそんなふうに他人に情や興味を向けるような男ではないので。
その本屋の店員をやっているニポンジンの何が気になったのだろうかと考えてみたけど、本屋の彼女は別に取り立てて美しいわけでも愛らしいわけでもない、こう言っては失礼だけどどこにでもいそうな普通の少女だった。
奴が心優しい男であるのなら、そんな普通の女の子が見知らぬ土地に突然連れ去られてかわいそうに……と同情心を向けたのだと理解しやすいのだけど、奴はそんな情をひとかけらくらいしか持っていない。
だから不気味とすら思ったけど、それを指摘したらきっととてつもなく不機嫌になるだろうことはわかっていたのでなにも言わずにいた。
それでも尾行していたことはきっちりバレていたらしく、後で拳骨を喰らった。
オレ、一応この国の第一王子で次の王様なんだけどな。
オレがニポンジン達を召喚して一年ほどが経過した。
最初は戸惑っていたニポンジンの勇者達も今はこの世界に馴染んでくれている。
おかげで災害の多くが最低限の被害で鎮められている、このままうまいことこの災害を乗り越えられるといいのだが。
そんな頃、親友がえらい上機嫌で城に戻ってきた。
手には例の本屋の袋が。
大量の本が詰まっているであろうそれを携えた奴の顔はいつもと全く変わらなかったが、親友であるオレにはわかる、奴は今ものすごくご機嫌だ。
「よう親友。なんかいいことあったのか」
「……別に」
声はいつもよりも不機嫌そうだが、これはただの照れ隠しなのでガチで機嫌がいいのだと確信する。
きっと余程欲しかった本でも手に入ったのだろう、とその時はあまり気に留めなかった。
それから一ヶ月くらい経った頃から、親友は時折ものすごい不機嫌になることが多くなった。
情緒不安定というか、ちょっとしたことで怒りやすくなることが増えた。
その度に城の人々やオレ以外の魔法使い、勇者達が震え上がるのでやめて欲しかった。
なにが理由なのだろうか、と思って奴の行動を観察してみると、例の本屋から戻ってきた後に奴の機嫌が悪くなるらしいということがわかった。
どういうことだろうか、なにかトラブルでもあったのだろうか。
城の平穏のために軽く調べてみようと思ったが、逆に火に油を注ぐ行為になりかねないのでもうしばらく静観することにした。
ちょうどタイミングよく各地に散らばっている勇者達が全員城に集まるので、せっかくだから例の本屋の店員をやっているニポンジンも招集して歓談会を開こう、という話になった。
発案者はオレではなくオレの父なのに、親友からものすごい形相で睨まれた。
オレじゃなければひっくり返って気絶していたかもしれないその顔を見て「お・れ・じゃ・な・い・!」と必死に口パクしたら通じたらしくてやめてくれた。
急な召集だったので仕事を早退して来てくれた本屋の店員の姿をあらためてよく見てみたけど、異世界人のくせに本当にどこにでもいる町娘さんと変わりなかったので、親友はいったいこの子のそういうところが気になっているのだろうかと思わず首を傾げた。
無礼講の歓談会、とは言っても如何にも町の一般庶民という服装の彼女にドレスを貸そうかと声をかけようとしたら、親友にものすごい顔で睨まれたのでやめておいた。
そして、どうにかした方がいいのだろうかと思っているうちに歓談会が始まってしまった。
無礼講とはいえ城で開催されるパーティーに町の人間がそのまま紛れ込んだような格好の本屋の彼女はあからさまに浮いていた。
それでも最初のうちは同郷の勇者から話しかけられていたのでよかったものの、じきに話題が尽きたのか一人寂しくテーブルの隅で料理を食べ始めた。
……というか、結構食べている、もくもくと目の前の料理にだけ集中している。
あの子結構、というかかなり図太いんだなって思っていたら、そんな彼女に親友が話しかけにいった。
そんな様子をオレだけでなく勇者や他の魔法使い、数名いた貴族達や使用人達が密かに注目する。
全員、あの大賢者が何故異世界人とはいえ何の祝福も得られなかった凡人に声をかけているのだろうか、と。
親友が本屋の彼女になんと声をかけたのかは聞こえなかった。
それでも様子を見守っていると、何度かやりとりをした後、彼女はペコリとお辞儀をして別のテーブルのほうに行ってしまった。
そして何かを言った後、再び料理をもくもくと美味しそうに食べ始める。
「うそだろ……」
思わず呟いていた。
どんな会話をしたのかはわからないけど、オレ以外の誰もが恐れる親友と会話した後で、普通に飯食ってる。
あの子、どれだけ図太いんだろうか?
その場の空気が凍り付いている、それでももう目の前の料理以外には興味のかけらもないらしい彼女は一人で美味しそうに料理を食べ続けている。
置いていかれた親友から恐ろしい気配を感じた、このままだと何か良くないことが起こると慌ててフォローに入ろうと思ったが、奴はその不機嫌を一切隠す素振りを見せず彼女に歩み寄る。
親友がなにをしてもすぐに止められるように身構えていたが、奴は彼女から三歩くらい離れた場所に陣取って、動かなくなった。
それから、親友は彼女がテーブルを移動するたびに音もなく移動して彼女から三歩分離れた距離の場所を陣取り続けた。
恐ろしいことに彼女は一切気付いていなかったようで、ただ美味しそうに料理を食べ続けていた。
一回だけ親友に声をかけようとしたけど、静かに威嚇されたので放置することにした。
オレですら声をかけるのを諦める奴に、当然他の人々が声をかけられるわけがない。
本屋の彼女に声をかけようとしたらその瞬間になにをされてもおかしくないのは全員肌で感じていたらしく、彼女に話しかけるものも誰もいなかった。
貴族や魔法使いの何人かは異世界人だがなんの力も持たない彼女に興味を持っていたので話しかけようとしていたらしいが、それをやったら半殺しどころでは済まされないと悟ったのだろう、おとなしくしていた。
そうしているうちにお開きの時間になった。
流石に、少し疲れた。
その日の夜に女性の勇者達が本屋の彼女と何かあって親友からきついお灸を据えられたらしいと噂で聞いたけど、酷いことにはなっていなさそうだったので親友に「ほどほどにしとけよ」とだけ忠告して終わらせた。
歓談会から一ヶ月半くらい経った頃、親友がものすごい上機嫌で城に戻ってきた。
「よう親友、めちゃくちゃご機嫌だな」
声をかけるといつかと同じく「別に」と返ってくる。
機嫌いいなら機嫌いいでいいのになあ、と思いつつ、奴の手に例の本屋の袋があることを確認する。
「それ、あの子の本屋の?」
「……だから、なに?」
聞いてみたら本気で機嫌悪そうな声を出されたので、これ以上突っ込むのは愚策だと判断する。
「いや、ただ聞いてみただけだ。ところでその中、お前がそこまでご機嫌になるくらい面白いのが入ってるんだろう? 今度貸してくれよ」
そう言ってみると奴は思っていたよりも機嫌が悪くなさそうな、というかむしろ上機嫌な声でこう言ってきた。
「誰がお前なんかに貸すか、バァーカ」
そう言い捨てて去っていってしまった親友の背を見送って、なんだかものすごくあの袋の中身が気になってしまった。
「でもなあ……探ると絶対、ものすごく、めちゃくちゃ、とてつもなく怒るだろうからなあ……」
諦めた方がいいんだろうけど、きっとあれに踏み込めるのは自分以外には不可能なのだろうから、いずれ誰かが我慢できずに馬鹿をやらかす前にそれとなく確認してみようと思った。
本屋店員(ニポンジン)の日常 朝霧 @asagiri
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