本屋店員(ニポンジン)の日常

朝霧

本屋の私

 異世界召喚されたけど、私だけなにも特殊能力チートがなかったので召喚者である王子の国の下町の本屋で働かせてもらっている。

 よく無能は間引きで追放とかそういう系を見かけるけど、この国は割と善良な人が多いので助かった。

 あと、この国は見た目は完全に西洋風なのに遠い昔に別世界から流れ着いた『ニポンジン』なる者たちが様々な文化や文明を発展させた国であるらしく、使用されている言語が日本語であったのも運がいい。

 ついでに本を手軽に複製する方法も大昔に編み出されているので、自分でそこそこ手軽に本をかけるというのも運がいい。

 この世界では定期的に異世界人を召喚するらしいけど、こういった事情があるためチートのない異世界人の多くは本屋もしくは作家として生計を立てるのだそうだ。

 そして私もその例に漏れず本屋で働かせてもらっている。


 私がこの本屋で働き始めた頃は『あの異世界人が!?』と話題になり多くの人が訪れたものの、一年も経てばおさまった。

 今はただちょっと変わった経歴を持つ店員がいるだけの町の本屋さんだ。

 一年経って色々と落ち着いてきたし、この世界にも慣れてきたので、趣味で短い小説を書いてみた。

 売ればおやつ代くらいになるだろうかと店長に読んでもらったら、店長は全部読みきった後でこんなことを言ってきた。

「なんとなく面白いのはわかるのだけど、言葉の意味がさっぱりわからないのだわ」

「え」

「特にこの『クローン』とか『ボーカロイド』とか。『飛行機』は字と状況から察するに人を乗せて飛ぶナニカだとは思うのだけど」

「あー……」

 しまった、久しぶりだったから書きたいものをそのまま書き散らしてしまった。

 今回書いたのはクローンとその恋人が日常を謳歌するほのぼの系SF小説だったのである。

 そりゃあこの西洋ファンタジー風世界では意味は通じないだろう。

 書き直そうかと思ったけれど、単語単語に説明をつけたり※で注釈をつけるとテンポが悪いし読みづらい。

 どうしたものかと思った私はふとこんなことを思った。

「そうだ、ゆっ○り解説風の解説本をおまけにつけよう」


 それで店長に頼んで意味がわからない単語を教えてもらって、会話形式の解説本を作った。

 解説本なのでなるべくこちらの人に意味が通じる言葉で解説したそれの原本を店長に確認してもらって、店長が分からない単語があったらそれの説明を付け加えたり、逆にはぶいたり別の言葉で置き換えたりした。

 そうして本編よりも時間がかかった解説本付きの短編小説セットを店の隅に五セットほど置かせてもらった。

 店長はもっと刷ればいいのにと言っていたけど、在庫が残るのは嫌だったので。

 置かせてもらった後、一日目に常連のおばちゃんが一冊買っていってくれた。

 二日目にもこれまた常連の黒フードさんが他の本のついでで買っていってくれた。

 同じ日に解説本の表紙に描いたゆるキャラを気に入ってくれたお子様がご両親におねだりして買っていってくれた。

 三日目、隣の国から来た旅人だという女性が異世界人が書いた本という物珍しさから購入してくれた。

 四日目、町の楽器屋のお爺ちゃんが最後の一冊を買っていってくれた。

 全ての在庫が捌けてホッとした私は、本棚の空きスペースを別の本で埋めた。

「続きとか他の作品を書いたりはしないの?」

「元々趣味だったので書いてはいるんですけど、また解説本が必要になりそうなので売るのはもういいかなって思ってます」

「そう、もったいないけど、あなたがそのつもりなら無理はいわないわ」

 というか元々感想怖いマンだったので、売るとか人に評価してもらうとかは向いていないのだ。

 それでも今回売りに出したのは、せっかくだから一回くらいは、というような感じだった。

 あと、多少はおやつ代になるかなって思ってたけど、五冊程度だとそこまでの利益がなかったので、あんまりメリットもなかった。

 

 それから一ヶ月ほどは特に何事もなかった。

 昼間は本屋の店員として働いて、それが終わったら家に帰って家事をしたり小説を書いたりしてのんびり過ごした。

 元の世界で生きているよりもこっちに来た方が安泰だったかもない、なんて思って本屋で自分の本を売らせてもらっていたのを忘れかけていた頃、黒フードさんが本屋にやってきた。

 黒フードさんは若い男の人だ、おそらく私の同世代だと思うけど定かではない。

 フードをいつも目深にかぶっているので目元を見たことは一度もない。

 性格は偉そうな感じ、実際偉いのか偉ぶっているだけなのかは知らない。

 読書好きなのか定期的に本をいっぱい買ってくれる上客さんだ。

 そんな黒フードさんは並んでいる本に目もくれずに本棚整理をしている私にズンズン歩み寄って、一言。

「お前、アレの続きは?」

 言われた直後はなんのことやらさっぱりだった。

 前回何かの続きものを買っていったり、何か予約でもしていたのだろうかと思ったけど、心当たりがなかった。

 店長に視線を送っても、首を横に振られただけだったので私が知らないうちに何かあったというわけでもなさそうだ。

 なので事情を詳しく聞こうとしたら、黒フードさんは深々とため息をついたあと、不機嫌そうな声色でこう言ってきた。

「だから、お前が書いたやつ」

「あ…………あぁ! アレですか。アレはアレでもう完結してるので続きとかそういうのないです」

 趣味でその後の小話とかちょっとした過去編を書いていたりはするけど、それをいうと面倒なことになりそうだったので言い切った。

 アレらを人に読ませようとするとまた解説本を作らなきゃならなくなるので。

「は?」

 ドスの効いた声でそんなふうにメンチを切られてもないものはないのである。

 あるっちゃあるけど、人様に読ませるような出来の良いものはないのである。

「申し訳ありませんが、アレはアレでもうおしまいです。この先続きとか過去編とかそういうのを出すつもりもないので」

「じゃあ、他のは」

「え」

「他になんかないの」

「ないですね」

 他にも一応書いてるけど、解説本必須なのでないことにしておいた。

「ふーん?」

 疑われている、ものすごい疑われてる。

 けどあると答えるわけにはいかないのでこのまま押し通すしかない。

「失礼します!!」

 とかやっているうちに新たな客がやってきた。

 若い女性の客だった、客はカウンターの店長に何やら話しかけている。

「こちらの本の作者様にお話を伺いたいのですが……」

「ああ、それならあちらの」

「あら……ちょうど他のお客様の対応中ですか……では待たせていただいても?」

「ええ……少々お待ちください」

 どうもあっちの客もあの本関連のお客様らしい。

 だけど記憶にない、私の本を買った人達の中にはいなかった。

 どういうことだろうと思いつつ、黒フードさんの対応を終わらせることにした。


 他に何もないのか、書く気はないのかという黒フードさんに「ないです」とゴリ押しして、かろうじて納得してもらった。

「お待たせしました」

「いえ、大丈夫です。こちらの作者様でお間違えないでしょうか?」

 と、見せられたのは表紙にゆるキャラが描かれた薄っぺらい解説本。

「はい……あの、失礼ですがこちらをどこで……?」

「祖父に借りました」

「あ、ひょっとして楽器屋さんの……?」

「はい、そうです……実は、こちらで解説されているクローンを題材にしたお話を書きたいのですが、問題ないでしょうか……?」

「大丈夫ですよ。丸パクリとかされたら困りますが、設定を使うだけなら問題ないです」

 そう答えるとお孫さんは笑ってお礼を言ってきた。

 その後で本の在庫はまだ残っているのかと聞かれたので、ないと答えようとしたら店長が「すぐに複製できる」と言ってくれたので複製したものを売らせてもらった。


 そんなことがあってから3ヶ月ほど経った。

 黒フードさんは来るたびに続きや他のものはないかと聞いてきたけど、毎回「ないです」と答えている。

 そう答えると機嫌が悪くなるけど、人に出せるようなものがないというのは本当のことなので仕方がない。

 そんなある日、私は唐突に城に呼び出された。

 何かをやらかした覚えはないのだけどなんだろうか、と思ったらただの生存確認だった。

 この国の魔法使いと色々やっているらしい私の同郷の人達がたまたま全員城に集まることになった日で、ちょうど良い機会だからと私も呼び出しをくらったらしい。

 それで、せっかく召喚された者達が集まるのだからとご馳走付きの歓談会が開かれた。

 パーティー用の服とか持ってないのでどうしたものかと思ったけど、無礼講だから服装はなんでも良いとのことだったのでありがたく普段着のまま参加させてもらった。

 私と違ってチートを手に入れられた彼らは勇者として各地で戦っているらしいけど、ただの本屋の店員である私にはあまり関係のない話だった。

 ついでに共通の話題もないので、会話がまるで弾まない。

 あと、勇者である彼ら彼女はそういった機会が多いのかフォーマルな服をあらかじめ持っていたらしく、皆結構ちゃんとした服装をしている。

 とはいっても一部は冒険服のままだったので私一人が仲間外れにされたような感じもない。

 とはいっても話すようなこともないので、ご馳走を食べることに集中することにした。

 自腹では絶対に食べられないご馳走に一人で舌鼓を打っていたら、誰かに話しかけられた。

「…………はい?」

 口の中のものをしっかりのみこんでから振り返ると、黒フードさんがそこにいた。

 なんで黒フードさんがこんなところに、と思ったけれどそういうこともあるだろうと勝手に納得することにした。

 普段から偉そうだけど、本当に偉いのかもしれないし。

「そんな格好で一人寂しく飯食ってて惨めじゃねえの?」

「いえ、別に…………ご馳走、美味しいですし」

 接客業なんてやってるものの、人と話すのは得意ではないのだ。

 ほっといてくれるのなら一人で黙々と食べさせてもらえている今の状況の方が気楽だったりする。

「……強がってるってわけじゃなさそうだな」

「ええまあ。ご飯食べる時は一人で集中して食べた方が美味しいですからねぇ……共通の話題もありませんし、ほっといてもらった方がむしろありがたいのです……では、私は今からあちらのテーブルを攻めるのでこの辺で」

 今いるテーブルはこの国の料理が中心なのだけど、あっちのテーブルは隣の国の伝統料理であるらしい。

 最終的に全てのテーブルを制覇する予定なのでそろそろ次に向かわなければならない。

 チートなしの勇者でもなんでもない一般人が調子に乗りやがってとか思われそうだけど、こちとら元の世界から唐突に連れ去られた誘拐の被害者なのできっと大目に見てもらえるだろう。

「……随分、食い意地はってんな」

「庶民ですので。では、失礼します」

 一礼してからそそくさと次のテーブルに向かった。


 どのテーブルの料理もとても美味しかった。

 歓談会がお開きになったのは夜遅くだった、今から帰るのは少し怖いなと思っていたら「もう遅いから」と客室に案内されたので少しホッとした。

 明日の仕事に間に合うだろうかとか今日早退することになってしまって申し訳なかったなあ、とか思いながら用意されていたベッドに寝転んだ。

 そのまま寝てしまおうと思ったら、部屋のドアがノックされた。

「はい……」

 ドアを開けたら、何者かに腕を掴まれ引っ張り出された。


 そしてそのまま暗くていかにもな場所に私を引っ張っていったのは、私の同郷である勇者達だった。

 私を含めて十三人召喚されたうちの六人で、全員女。

 あの時召喚されたのは男六人に女七人、つまりあの時召喚された女全員がこの場にいることになる。

「ええと、どういったご用件で?」

 ひょっとして一人でばくばくご馳走を食べていたのが気に食わなかったのだろうか、日本の品性が疑われてみっともないとかそういう話だろうか。

 なるべくみっともないようにマナーには気をつけたつもりだったけど、元々普通の庶民だったから足りていないことは当然あっただろうし。

 と、ある程度の覚悟をしつつ相手の言葉を待つ。

「あんた、あのお方の何なのよ?」

 多分リーダー格なのであろう少女にそうすごまれた。

「はい?」

 あのお方、ってなんのことだろうか。

 心当たりがない。

 と首を傾げていたらそれが釈に触ったらしくギロリと睨まれた。

「すっとぼけるんじゃないわよ!! チートもないあんたがなんであのお方と……!!」

「ええと、あのすみません、あのお方って?」

「この……まだとぼけるつもり!!?」

「とぼけるもなにも、こころあたりが」

 私の言動はリーダー格の少女にとっては火に油を注ぐ行為だったらしいけど、何人かは私が本当に理解していないことを察してくれたようで、間に入ってくれた。

「あの、黒いフードの」

「あなたに話しかけていた、あの人」

 それでやっと納得がいったので、ポンと手を叩いてから口を開く。

「ああ、あの人ですか。あの人は」

「おい、なにしてる」

 言っている途中で冷え切った声に遮られた。

 聞こえてきた方向は私からすると正面、勇者達からすると背後。

 勇者達はびくりと軽く飛び上がりながら振り向いた。

 誰かが何かを呟いたけど、声が小さすぎてなんといったのかは聞き取れなかった。

「勇者共が揃いも揃ってなんの力も持たない庶民相手になにをしている?」

 随分と冷え切った声だった。

 勇者達はすっかり震え上がって、ブルブルと震えている。

 そして唐突に一人が「もっ、申し訳ございませんでした!!」と叫んでどこかに走り去ったのを機に、勇者全員が蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。

 私はただ、一人で呆然。

「おい」

 いつの間にか目の前にいた黒フードさんに顔を覗き込まれた。

「あ、どうも……」

「……なにをされた?」

 低い声で問われたので、素直に黒フードさんとどういう関係なのかと聞かれただけだと答えた。

「結局、答える間もなく行っちゃいましたけど……うちの本屋のお得意様ってだけなのに、いったいどんな邪推をしたというのやら」

 話していた時間だって短いし、結局あの後も特になにもなかったのに。

 というかあの後、黒フードさんどころか誰とも話していないんだよね、参加者の人達は異世界人とはいえただの本屋の店員である私には大して興味がなかったみたいで。

 その方がこちらとしても都合が良かったから別にいいけど。

「まあ、いいです……助けていただき、ありがとうございました」

 別に割り込まれなくても大したことは起こらなかっただろうし、逆に答えられなかったことで変に話が拗れた可能性もあるけど、庇ってもらえたのは本当のことなので頭を下げた。

 脳内店長が「今後もご贔屓に、って言って」と囁いてきたけど、助けてもらっておいて店の宣伝するのもなあ、と思ったのでそれは黙っておいた。

「では、失礼します」

 足早に立ち去ろうとしたら腕を掴まれた。

「一人で戻れるのか?」

「道は覚えてるので大丈夫です」

 引っ張られた時も普通に徒歩だったのでルートは覚えている、道を覚えるのは実は結構得意なのだ。

 すると黒フードさんは何故か舌打ちをしてからぶっきら棒に「送ってく」と。

「いえあの」

「迷われてうろちょろされる方が面倒だから」

「……よろしくお願いします」

 そう言われてしまうと無理に断るのは逆に怪しまれると判断して、素直に送ってもらうことにした。

 しばらくは無言で歩き続け、その沈黙に耐えきれなくなった私は一つ質問をしてみることにした。

「あの、ついでにつかぬことをお聞きしますが」

「なに?」

「ひょっとして、ものすごく偉い人だったりします……?」

「……別に」

「そ、そうですか……」

 なんとなく嘘なんだろうなとは思った、そうでなければ勇者達のあの反応の説明ができない。

 それでも違うというのであれば別にそれで構わない。

 沈黙に耐えかねて聞いてみただけの話だし、私と彼の関係なんて最初から最後まで本屋の店員と客でしかないのだから。

 部屋の前まで送ってもらって、ありがとうございましたと頭を下げたら、礼の品を要求された。

 助けてもらったのは事実だったので、数週間から数ヶ月ほど待ってもらうことを条件に仕方なくその要求を飲むことにした。


 そして、それから一ヶ月と二週間後。

 店にやってきた店員さんに約束の品を手渡した。

「こちら、完成したのでお納めを。続編でも過去編でも別のでもなんでもいいとの話だったので、過去編にしました」

 謝礼として要求されたのは私の新しい本、だった。

 なんでもいいから書いてくれ、と言われたので元から九割くらい書いて放置してた前作の過去編を書き上げ、店長に誤字と不明な単語の確認を依頼。

 前回のは短編だったけど、今回のは文庫本が1.5冊分くらいの分量があったので結構大変だった。

 不明な単語を教えてもらった後はひたすら解説本の作成、作成後また店長に確認してもらって、という作業を繰り返した。

 結構、というかかなり大変だった。

 それでも謝礼として要求されたものなのでできるだけ頑張った。

 途中で何度か心が折れかけたけど、それでもなんとかなった。

 手渡すと「いくら?」と聞かれたので、謝礼の品なのでお金は不要ですと答えたら、重ねて「いくら?」と聞かれてしまった。

「俺は書けと言っただけ。だから金は払う、というか払わせろ」

 機嫌悪そうな声で言われたので、複製代その他を含めた金額を受け取った。

 お買い上げありがとうございました、と頭を下げたら「何冊刷ったんだ?」と聞かれたので指折り数えて数えた。

 まず自分用、店長の分、偶然話を聞いて欲しがった楽器屋のお孫さんの分、そして黒フードさんの分。

「四冊ですね」

「……それだけか?」

「ええ」

「前回のより少ないな」

「今回はあなたのと自分用と、ほかにほしいって言ってくれた人の分しか作ってないんですよ」

「店には出さないのか」

「はい」

「ふーん」

 普通の小説や短編ならともかく、普通の文庫本よりも厚くてかつ解説本を読まないと内容がよく理解できないようなものを普通のお客様が欲しがるとは思っていない。

 ひょっとしたら異世界マニアの人とかは欲しがるかもしれないけど、うちの店の客層にそういう人はあんまりいなそうだ。

「まあいいや、また書いたら次もよろしく」

 と言って黒フードさんは去っていった。

 次って言われてもなあ、どうしたものか、と思いつつ私はいつも通りの業務に勤しむことにした。

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