第4話ミレニアの目標

 「メルセトナス王国の第一王女……」


 薄々そうじゃないかと疑ってはいたが本当に王女様だとは……。

 確かに王女様なら自分の素性を隠すのも納得だ。

 無警戒に自分の素性を他者に明かすなんてことをしたら最悪、殺されるだろう。


 俺を警戒して素性を隠したのは分かった。

 だとしたらますます分からないことがある。


 「なんでミレニアは検問に引っかかった怪しい俺なんかを助けたんだよ?」


 自分の素性を他者にバレたら身が危ういってことが分かる常識性があるんなら普通警戒して助けるなんてことはしないだろう。


 ミレニアは感情を読み取れない表情で、


 「それはねノイの力が私には必要だと感じたからだよ」


 俺の力?

 どういう意味だ?

 ミレニアには俺が戦ってる姿なんて見せた覚えなんてないんだが?


 「その顔は分かってないときの顔でしょ」


 「そりゃそうだろ。いきなり俺の力がどうとかって……。大体ミレニアはなんで俺の力が分かるんだよ?」


 「あぁそれはねこの私の魔眼の能力のおかげなんだ」


 ……魔眼?

 そんなもの聞いた覚えがないぞ。

 どれだけ自分の記憶を探ってもやはり魔眼という単語は出てこなかった。


 「いや魔眼持ちって言われてもその魔眼っていうのが分からないんだが」


 「あれ?ノイって魔眼知らないの?ノイなら知ってると思ったんだけど魔眼のこと知らないんだね」


 ミレニアはいかにも不思議そうな顔で首をかしげる。

 なんで俺なら知ってると思ったのかは分からないが、それにさっきから思ってたけどなんでミレニアは俺の強さが分かってるような言い方をするんだ?

 それもこれもミレニアが言ってた魔眼ってやつのおかげか?


 「さっきの発言でも気になってたんだが、ミレニアはまるで俺の強さが分かってるような言い方をしてるよな?」


 「うん。大雑把だけどね。だから正確な強さとかは分からないんだ」


 正確な強さは分からないということは、ミレニアやその部下に監視されていたという訳では無い……?


 いや、そう決めつけるのはまだ早いな

 判断材料が少なすぎる。

 もう少し情報が欲しいな。


 「ミレニアは大雑把だけど、どうして俺の強さが分かるんだ?その魔眼ってやつのおかげか?」


 「うんそうだよ。この魔眼のおかげ」


 そう言いながらミレニアは自分の快晴を思わせる綺麗な空色の澄んだ目を指さした。

 パッと見はただの綺麗な目だ。

 魔眼と言われなければ分からないだろう。


 「なるほどな。良ければなんだが、その魔眼の能力を教えてくれたり?」


 「え~、私が一方的に教えてノイは何も教えてくれないなんて不公平だよね?だからノイの得意な魔術を教えてよ。誰にも教えないから、お願い!」


 確かにミレニアが不公平と感じるのも分からなくはない。

 ただ得意魔術となるとな。

 まぁ、ミレニアには助けられてるし魔眼の能力も気になるし。

 だから別に言ってもいい気がしてきた。

 それにミレニアはついさっき知りあったばかっだけど信用できる気がする。


 「はぁ~、いいよ。教えてやるよ。得意魔術」


 「え!?本当?ありがとうノイ。てっきり教えてくれないと思ってた。私に得意魔術を教えてくれるってことは私を信用してくれたんしょう?」


 そのまるでなんの悩みも無いような満面の笑みでそう言ってきた。

 ……そんな顔されたら警戒しているこっちが馬鹿らしくなってくるな。


 「あーはいはい。そういうことにしといてやるよ。それで、情報交換は……俺から行くか」


 ここで嘘を言うって手もあるが恩人に嘘をつきたくないし、第一噓をついたところでどうせ見抜かれるだろうから本当のことを言った方がいいだろう。


 「俺の得意魔術は氷魔法だよ」


 「え?でもそれって汎用魔術だよね。固有魔術じゃないの?」


 俺がまた何か変なことを言ったのかミレニアは疑うような目でこちらを見ながら問い詰めてきた。

 おかしいな。

 別に変なことを言ったつもりは無いぞ?


 「あのな、なんでミレニアは俺が固有魔術を持っていると思ってるんだよ。大体固有魔術ってのはお前ら貴族の特権で、貴族にしか発現しないって聞いてるぞ。そんなの一平民の俺が持ってる訳無いだろ」


 師匠の話だと、固有魔術ってのは汎用魔術と違って個人しか使えない特異な魔術らしい。

 ただ固有魔術は貴族にしか発現せず、貴族以外には決して発現しないそうだ。

 俺の記憶が間違っていなければ、両親は貴族じゃなかったはず……。

 それに、住んでいた場所も王都じゃなくて地方の片田舎だしな。


 「だってノイの魔力量が明らかに平民の魔力量じゃないからてっきり駆け落ちした貴族の子供じゃないかなって思ってたんだけど……」


 「確かにその可能性も無くはないけど、でもやっぱり俺の両親は貴族じゃないと思う。二人共貴族ぽっさなんて欠片も無かったしな」


 今でもハッキリと覚えている、幸福だったあの時の思い出。

 父さんは大雑把で大胆で厳しかったけどそれ以上に優しかった。

 母さんは天然でどこか抜けてて時々何を言ってるのか分からないときもあったけど、芯はしっかりしていて強い人だった。

 そんな二人をあの男は……殺したッ!!


 「大丈夫ノイ?今すごく辛そうな顔をしてたけど」


 あの憎い男について考えているとミレニアが俺の顔を覗き込んできた。

 間近で。


 「うおぉ!!い、いや大丈夫だ。何も問題ない」


 「そう?辛い時は辛いってちゃんと言ってね。それはそうと固有魔術のことなんだけどノイは本当に固有魔術を持ってないんだよね?」


 「あ、あぁ本当に持ってない。だからこれ以上問い詰められても何も答えることはできない」


 そう俺が言うとミレニアは俺の顔を探るような目で見てきた。

 全然信用して無いなこいつ。


 「うーん、見た感じ嘘はついてないっぽいし、よろしい信じてあげます」


 「なんで急にそんな上から目線なんだよ……」


 「だって私王族だもの」


 「そういえばそうだった!」


 自分を偉く見せようとしてるのか知らないが、ミレニアは自分の腰に両手を当ててその豊満な胸を張り、どや顔をしていた。

 端から見ると実に滑稽である。


 ミレニア自身全然王族感が無いからつい失念していた。

 今取っているポーズだって全然偉そうじゃないし、むしろ間抜けに見える。


 「じゃぁ次は私の番だね。ノイが気になってる魔眼の能力は人や魔物といった魔力を持っている生き物の魔力量を可視化することだよ」


 「可視化っていうことはつまりその魔眼で相手を見ただけでそいつの魔力量ってのが分かるんだよな?だけどそれだけじゃ強さは分からないじゃないか?」


 そう言うとミレニアは驚いたような顔をして、


 「もしかしてノイって魔術基礎を知らないの?」


 「あぁ、師匠が言うには俺は魔術基礎を教えるより実戦で魔獣と戦っていた方が強くられるって言って教えてくれなかったんだよ」


 まぁ師匠は俺がある程度強くなったら教えてくれるって言ってたけど俺が早くあの男を殺したいがために魔術基礎を教えてもらう前にこっそり抜け出して旅に出ちまったからな。

 この旅が終わったらちゃんと謝らないと。


 だけど多分、いや絶対に怒ってる。

 だから顔を合わせたとたん殺されかねない。

 そう考えるだけであのトラウマの日々が蘇ってくる。


 思い出す師匠が俺を実戦慣れさせるために半年間ぶち込まれた竜骸霊峰の麓、地竜の森。

 四六時中魔獣と戦い、夜は魔獣を警戒してろくに眠れず生きるのに必死で仇の男を殺すことだけを気力に何とか耐えきった半年間だった。

 思い出すだけで寒気がする。


 魔術を習いたての子供を魔獣がうようよいる森に半年間放置するとか思考がドラゴンすぎるだろ。


 「そういうことなら魔眼の能力が分かる範囲で魔術基礎を教えてあげる。元々ね人の魔力量って産まれたときにはみんな一緒なんだよ」


 「魔眼は魔力量を見れるんだよな?それなら人の魔力量がみんな同じなら力の優劣なんて分からないんじゃないか?」


 ミレニアの言うことが正しければ人の魔力量は全員均一で、魔眼はその人の魔力量が分かるらしい。

 だが全員の魔力量が同じなら俺が強いか弱いかなんて分からないはずだ。

 それとも、まだミレニアが言ってないだけで魔力量以外の物差しがあるのか?


 ミレニアは俺の言葉を確認した後、顔を少し頷き、


 「確かに生まれたばかりの赤ん坊だと力の優劣はつけられない。だけど別に一生魔力量が増えないわけじゃないの」


 「ていうことは何かしらすると増える……?」


 「うん。具体的には頻繁に魔術を使ったり魔獣を倒したりすると上がるって言われてるわ。諸説ありだけど」


 なるほどだから師匠は俺一人であんな危険な森に放り込んだのか。

 ん?だけど魔獣を殺すだけでいいなら別に師匠が一緒にいてもいいのでは……?


 いや今はそんなこと考えている時じゃないな。


 「じゃぁミレニアは俺の魔力量が高くて魔獣を沢山殺したと思ってるから俺が強いと思ったのか」


 「うん、そうだね。付け加えると魔力量は際限なく増え続けるんじゃなくて限界があるの。それで限界値は人ぞれぞれなんだけどノイの魔力量は近衛騎士団に匹敵するほど高いのよ」


 「それって言うと、あの団長みたいに高いのか?」


 「流石に師匠ほどは高くないけど近衛騎士団の上位に入るぐらいには高いよ」


 つまり纏めるとミレニアは魔力量が分かる魔眼で俺の多いらしい魔力量を見て(魔力量は多ければ多いほど強いらしい)俺の力量を知った。


 「なるほどな。魔眼の能力は分かった。大きく脱線したが話を最初に戻そう」


 「脱線させたのはノイじゃん」


 「わかって言ってるのかは知らないがその一言でまた脱線しかけたぞ」


 これ以上話が脱線したらややこしくなるからとっとと本題に戻ろう……。


 「それで、ミレニアに俺の力が必要とかどうとかって言ってたけどそれってどういう意味だよ」


 「その質問に答えるにはまず私の目標について話さないとね」


 強い決意を感じ取れる気迫の籠った表情で俺を見つめた後ミレニアは意を決して口を開いた。


 「私はこの国メルセトナス王国の……国王になりたいの」


 ミレニアの目標を聞いた瞬間俺は一瞬硬直してしまった。

 国王……国王か。

 凄い真面目腐った顔でどんな目標かと思ったら思ったよりも大きい目標が出てきたな。

 そりゃそんな大きな目標なら真面目な顔にでもなるか。


 「そりゃまた大きな目標だな。でもミレニアはこの国の王女だろ?俺なんかの力を借りなくても国王になれるんじゃないのか?」


 大体国王になるために俺の力なんて必要無いだろ。

 俺はただの何の変哲の無い一般人だぞ。

 確かに普通の人より強いかもしれないがそれ以外は特に変わったことも無いし。


 「あのねぇ、そんな簡単に言ってくれるけど王位継承権三位じゃなりたいからといってなれるわけじゃないんだよ」


 そんな呆れたような顔をされても……。

 しょうがないだろ、王侯貴族の事情なんて知ろうともしてなかったんだから。


 「じゃあますます分からねぇよ。確かに普通の人よりかは強いことは認めるけど他は何も変わったことも無いし、そんなに役に立たないと思うぞ?」


 「でも戦う力だけが力の全てじゃないでしょ?」


 そういえば師匠も戦うための力が全てでは無い、もっと広い視野で物事を見ろってミレニアと同じようなこと言ってたな。

 そんなことを考えていると突然ミレニアの顔が悪戯をする子供のような顔に変わった。

 んー嫌な予感。


 「ね、戦場荒しの荒ぶる悪魔raging devilさん?」


 「うげ……」


 その通り名を聞いた瞬間俺は思はず「うげ」という声を漏らしてしまった。

 だってその通り名は俺が冒険者稼業続けていくうちにつけられた不名誉な通り名だからだ。

 というか、何でミレニアは俺の不名誉な通り名を知ってるんだ?

 俺がそんな風に呼ばれてたのは南の辺境、ジーネルンだけだぞ?


 「何であんたがその名を……」


 「私の身分忘れた?王族の情報網甘く見ないでよね」


 あーなるほど、その王族の情報網とやらで知ったのか。

 こんなしょうもない冒険者の通り名を収集しているあたりその情報網は無能なのか優秀なのか……。


 ふと、自分がどういう風に伝わっているのか気になったのでミレニアに聞いてみることにした。


 「ちなみになんだが、どんな風に伝わっているんだ?」


 「えっとね……、曰く冒険者登録をしてから一ヶ月でAランクになった天才ルーキー冒険者とか、曰く味方すら巻き込みかねない苛烈な攻撃で戦場を荒らす氷の悪魔とか、曰くはぐれ火竜が人里に下りてきた際にほぼ一人で火竜を討伐した英雄とか、曰くその功績でジーネルン辺境伯が食客として招いたとか」


 ミレニアは淡々とした感じで俺の今までのやらかしを答えていく。

 致し方なかったとはいえあれは自分でもさすがにやりすぎたと思っている。

 俺はあんまり目立ちたくないってのに……。


 それにしても本当に、王族の情報網は優秀なんだなほとんど間違えてないぞ。

 だが、今ミレニアが言ったことはほとんど武力に関したことだ。

 これじゃさっき言ったことと意味が変わってないぞ。


 「あーはいはいわかったからもう言わなくていい。それより俺の考え違いじゃなかったら、さっきと言っていることが変わってない気がするんだが?」


 「確かに今言ったことはほとんど武力のことだけどでも最後のは違うでしょ?」


 「ジーネルン辺境伯のことか?」


 「そう、元々ジーネルン辺境伯領は昔から魔石採掘量が多くて三大公爵家に匹敵するほどに影響力が大きいの」


 「へー、あそこって結構な名家なんだな」


 言われてみれば屋敷は大きくて豪華だったし、屋敷に訪れる人も連日ひっきりなしだったな。

 ただ辺境伯の現当主は結構豪快な人で大貴族って風に見えなかったけど。


 「それでね、ジーネルン辺境伯は現状中立の立場で誰の後ろ盾にもなってないんだ。だからジーネルン辺境伯を味方に引き込めば拮抗とはいかないまでもそれなりにやれると思うんだ」


 「なるほどな、それで俺を助けたついでに恩を売ったと」


 「そういうこと。幸いノイの容姿は分かりやすかったからすぐわかったよ」


 どうりで、俺の通り名を言うときに迷いが無いなと思ったよ。


 「事情は分かった。だけどミレニアがやりたいことはすぐに終るわけじゃないだろ?ミレニアには恩を感じてるし出来れば返したいとも思ってる。だけど俺は目的があって王都に来たんだ。そんなに長くはいられないんだよ」


 恐らくこれからミレニアがやろうとしていることは王位争いだろうな。

 そんなものにかかわってしまえば面倒ごとに巻き込まれる。

 あいつがいつどこに現れるか俺は一か長く留まるつもりはない。


 「それじゃあノイの目的は何?」


 俺の回答が不快なのか少しとがった声でミレニアは俺の目的についてたずねた。

 まぁ不機嫌になるようなことをしている自覚はあるので当然の反応といえば当然の反応だ。

 せめて目的に関しては正直に答えよう。

 別に隠すことでもないからな。

 俺の目的なんてそんなの決まってる。


 「俺の故郷と両親を殺した男を……殺すことだ」

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黒白のヴェンジェンス ロウボ @rowbo0811

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