第3話 首絞刑では血が流れない
この間、年末の大掃除に合わせて押入れを整理してみたところ作品は既に三十枚を超えていました。長年かけて描き溜めたものなので、記憶が定かではありませんが、全てが人を殺めて描いたものではないはずです。描きたいなと思いはじめたばかりの頃は代わりに猫の血をつかってみたり、中には何とか血の色に近づけようと試行錯誤して絵の具で描いてみたものもありました。ただ結局それらはまがいものでしかなく、だんだんと誤魔化しがきかなくなっていくのが自分でわかりました。
ちゃんとした人の血でなくては満足ゆくものは描けないのだとわかった時、ああ私はまた人を殺さなくてはならないのかと思い悩んだ時期もありました。そこまで頭で解っていても、私は結局その欲を忘れ去ることはできませんでした。街を歩けば周りにはたくさんの血で満たされた入れ物が歩いているみたいに見えるようになっていきました。その気にさえなれば、いくらでも血なんて手に入るのだと気づいたその時から、たがが外れてしまったのかもしれません。
そして今に到り、私は不定期ではありますが人を殺めています。絵を描くには勿論たくさんの血が必要になるので、殺害時には用意しておいた密閉瓶に血をあつめて持ち帰り、冷凍庫に保管して必要になったら解凍して使います。絵を描くことは衝動的でもあり、ある種では継続的な欲求でしたので、一つの作品を描き終えても、それは消えて無くなる訳ではありませんでした。
それは耳垢みたいに私の知らないところで一粒ずつ貯まっていき大きな塊になっていて、ある日突然、目玉焼きを焼いている時とか、アイロンがけをしている最中とか、掃除が終わってほっと一息ついたときとか、本当にふとした瞬間に、私はもうそろそろ頃合いだと気づき、絵を描きたくなり、つまりまた人を殺したくなってしまうのでした。
今はしばらく期間があいていますがきっとこの先も殺すのでしょう。警察は血眼になって私のことを探しているし、これだけ殺せばそのうち足が付いて、私も捕まる日がくるのもわかっているつもりですが、きっと捕まるまでやめることはできないと思います。
捕まってしまえば、まず間違いなく死刑に処されるでしょうし、それはしようがないのですが、ただ首絞刑となり私が死刑台から空中に投げ出されても、血は流れないこと、それだけが気がかりです。私の血は焼却されたあとどこにいくのでしょうか。
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