サウナ殺人事件
結騎 了
#365日ショートショート 124
警官は固いタオルを抱き息を吐いた。
「カウント開始!」。温泉施設の駐車場にあるパトカーから飛び出すと、脇目もふらずに入口へ駆ける。靴を脱ぎ、靴箱に入れ、券売機へ。ラグビーのように腕でタオルを抱えながら、大人一枚の入浴券を買う。急げ、急げ。冷たさで腕がどうにかなりそうだ。おばちゃん、これ、大人一枚ね。これで入れるよね。「消毒と検温をお願いします」と老婆。慌てて手先を消毒し、検温を済ませ、さあ脱衣所だ。服を脱ぎ、全裸になり、例のタオルを抱えたまま浴場へ。
目指すはサウナ。転ばないよう気をつけながら素早くサウナへ入る。よし、この人形だ。えいっ。タオルを取ると、中には透明な刃物。ずぶずぶずぶ……。刃先が人形に沈んでいく。しかし、上手く表面が裂けない。くそ、厳しいか。そう愚痴を零しながら、刃物をサウナストーブへ投げ入れた。途端、激しい蒸気が部屋を包み込む。どっ、と全身に汗が噴き出た。ここまで、スタートからおよそ7分半。
「やはり難しいか?」
サウナを出ると、待ち受けていた警部が声をかけた。
「はい。現実はそう甘くないです」
「私は良い着眼点だと思ったよ。一見すると馬鹿馬鹿しいが、ハッタリが効いている」
警部は腕を組み、サウナの中をうかがった。
「ここで起きた殺人事件。被害者は刃物で腹を突かれているが、その凶器が見当たらない。犯行現場がサウナなので、君はこう推理したわけだ。氷で作った刃物を持ち込んで、犯行後、サウナストーブに投げ入れて溶かしてしまったのでは、と」
体を拭きながら警官は答えた。
「はい、その通りです。しかし実際は駐車場からサウナに辿り着くまでに割と氷が溶けてしまいます。体温に加え、この浴場やサウナの温度と湿度ですね。氷が溶けるのはもうしょうがないです。形はしっかり残っていますが、刃先が鈍くなります。これでは人間の皮膚は裂けないでしょう」
「うん、そうだな。諦めて他の線を当たりなさい」
そう声をかけ、警部は脱衣所に戻った。受付の老婆に頭を下げ、パトカーに乗り込む。
「やれやれ、理科に疎い部下で助かったよ。入れる塩の量は試行錯誤したがね」
サウナ殺人事件 結騎 了 @slinky_dog_s11
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