爆撃機が恋しい彼(平和への祈り)

DITinoue(上楽竜文)

爆撃機が恋しい彼

 毎日、私、梅本うめもとチカは眠ることが怖かった。周りは、ついに電灯が灯り始めたという。でも、私の部屋はなにかが怖くて、電気をつけることができなかった。あの、恐ろしい大戦は終わったのに。


眠ると、いつもアメリカの大きい軍人がやってくる。そして、私に嫌らしい行為をしてくるのだ。そんで、しばらく騒いでいる。やっとのことで逃げると、頭の上に爆弾が降ってきて、手足が吹っ飛んでいくという夢。それを、何度も見てしまう。


そんなことをずっといっていても、やはり睡魔には勝てないのだ。今日も、どうにか電灯を眺めて起きていたが、いつの間にか睡魔・・・・・いや、それは米兵の霊だろうか。その呪いにかかって眠ってしまった。


***

 ハッとして、私は起きる。

「あんた、何やってんの!こんなとこで寝たら爆弾が降ってくるよ!!」

お母さんが私の頬を叩いてきた。お母さんが悪いんじゃない。みんな不安だから。だから、仕方がないんだ。

フィリピンの方の戦いで父親の久雄が戦死したという小さな封筒のことを私は今でも忘れていない。

ウーウーウーウー

ほら、そんな時に空襲警報が鳴るんだ。


 焼夷弾がたくさん落ちてくる夢を見ていた。そうだ、もう戦争は終わっているんだ。目の前には、原子爆弾で傷ついた広島の街がある。どうやら、長崎も受けたらしい。

夜になると、電灯がつくようになった。

これまでは、戦争のために電気をつけることが禁止されていて、夜は真っ暗だった。戦争が終わると、初めて電気の明かりがつくことになったが、私の彼氏は嬉しく思わなかったらしい。


「チッ、何で戦争が終わっちまうんだ。この手で米兵をぶっ殺してやるつもりだったのによぉ」

そういう彼は、両思いの彼氏、田室吉盛たなかよしもり。なぜだ、そんなことはないだろう。戦争の恐怖というのは彼も味わっているはずだ。何より、彼は身内のほとんど、疎開先の仲良くなった友達、そして、がれきの中拾った、子犬のチロが米軍の爆弾に殺されているからだ。

その瞬間、彼は空に浮いていた。戦闘着を着て、爆撃機に乗っている。アメリカ本土へ向かって彼は飛んでいった――

***


 はぁっ・・・・・はぁっ・・・・・

「行っちゃだめ、行っちゃダメ・・・・・死んじゃうよ・・・・・行っちゃだめだよ、戦闘機、墜落しちゃう・・・・・」

私は、嗚呼を叫んでいた。そして、フッと起きた。

「ゆめ、かぁ・・・・・」

いつもとは少し違った。なんで、彼はあんなことになっていたんだろう・・・・・?


ところで、私は家族はみんな戦争で死んだから、今はだ。

「おはよう、悪夢でも見てたのか?」

そう、そこにいたのは、夢に出てきた田室吉盛。彼も家族がいない。私たちは両思いだから、一緒に住んでいるんだ。

「今日の朝、俺作っておいた」

「あ、ありがとう・・・・・・」

茶碗一杯の白飯を手っ取り早く注ぎ終えると、いつも通り彼は、ガラクタ集めに向かった。良いガラクタがあれば、高く売れるからだ。


 それから、しばらくして外に出ると、田室は家の前で何か作っていた。そして、彼の服には、これまでにはなかったものがついている。バッジだ。

そのバッジは、戦闘機のバッジだった。今なら、軍国主義だと言って、GHQに排除されるのだろうが、彼はお構いなしに付けている。

「よっしゃ、出来た」

彼は、汗を垂らしながら言った。出来ていたのは、爆撃機の模型だった。

「ガラクタで作った。カッコいいだろ?」

「え?何言ってんの、これじゃあアメリカに捕まっちゃうよ・・・・・」

「なあ、恋しくないか?」

「何が?」

「俺は、あの大戦が終わってしまったことが悔しいんだ」

「なぜ・・・・・?」


「俺は、憎き米軍を倒す、勇ましき爆撃機が恋しい!!!!」

彼は、瓦礫しかない地平線に向かって叫んだ。


 目の前には、小さな子供を乗せた車が走っていった。戦争孤児を狩る車だ。戦争で、私たちのように親を亡くした子供を戦争孤児という。その戦争孤児を「保護」と称して収容所に閉じ込めるのが「狩りこみ」だ。私たちは、もう青年だから大丈夫だけども、彼らは収容所で死んでいくこともあるという――。


それを見てから、私はさらに田室に疑念を持った。

(戦争のせいで、彼らはこんなひどい目にあわされるのに、あんなこと言ったらどうなることやら――)

それでも、彼は嬉しそうに、模型の飛行機を飛ばしていた。

「俺は、いつか再び大戦が起こったら、爆撃機に乗って、米艦をぶっ潰すんだ。ロマンがあるだろ?当然、俺は死なない」

そんな頼もしいこと言われても・・・・・まず、この新しくなった日本で、そんなことあり得ないのに。


 今日の夜に、思い切って私は田室を責めた。

「ねえ、今日狩りこみされた子見た?」

「見たぜ。かわいそうだよな」

「そう思うなら、そんな妄想辞めて。戦争で家族が死んだからあんな目に合うんだよ?」

「いや、違う」

彼は断言した。

「米軍が勝手に爆弾撃ってきやがるからだ。そして、日本が弱すぎる。もっと強いはずなのに。だから、俺みたいなやつが入って、アメリカをぶっ飛ばす」

「はぁ・・・・・」


私は、早めにご飯を食べ終えて、布団に入った。そして、紙にあることを書いたんだ。

『彼は何もわかってない。私たちは日本の政府に操られてたんだよ。ほら、お母さんやチロ、友達の最期をたくさん見たでしょう?あれは、みんな日本が戦争するぞって言って戦争したからなんだよ?爆撃機の操縦をしたら、アメリカとか様々な国の人が、吉盛と同じく、大切なものを失わなきゃいけなくなるんだよ?だから、考え直して。私からの、お願い』

そして、それを田室が寝ている布団の横に添えた。

私は何の夢も見なかった。


 夜、静かに寝ていたところに、田室が入ってきた。そのせいで、私は起きてしまった。

「分かってるんだよ・・・・・俺と同じ目に合う人はいてほしくない」

田室は弱々しい声でそう言った。

「でもさ・・・・・俺たちはさ、ずっと学校では兵隊の授業を受けてきたわけだろ。あれから何年も経ったわけだけど、焼け野原の中の無職。海軍に入るっていう夢がマッカーサーのせいでぶっちぎれたわけだ」

分からなくもない。みんな、そんなもんだから。


「それじゃあさ、私と一緒に東京に行かない?」

「行ってどうするのさ?」

「あなたの元々の夢をかなえに行きましょ」

我ながら名案だと思う。

「医者だよ」

「もう、俺は諦めた」

それでも、このまえ勉強してたじゃん。まだまだ知識とかも覚えてるじゃん。

「お願い、私は編集者になるから。あなた、言ってた。俺が世界中の困っている子供たちを助けるって。夢があるじゃん。私たちみたいな困ってる子は世界中にいるのよ。戦争はおかしいってことも、伝えなきゃだめだし。戦争で傷ついた人たちを治してやる、それがあなたの今できることじゃないの?医師免許はすぐに取れるわ」

必死なって私は呼び掛けた。

「・・・・・分かったよ、東京の空襲とかでヤバい人を助けるんだろ?まあ、それぐらいなら俺もできるさ。あ、爆撃機に乗りたいって言ってたのは誰にも言うな」

あまり乗らないように見えるが、彼の心の中は開いている。

「うん、わかった。約束ね」


 そういうわけで、数年たって私たちは上京した。彼は医者、私は雑誌の編集者となって、昭和の荒れ野原を元気づけている。そして、同居してから長い年月が経ち、心が打ち解けてきたようなところで、結婚した。それはそれは、平和な結婚式だった。


 ――あれから、数十年が経った。令和という、涼しい世の中で、田室の命は尽きようとしていた。

「お父さん、ダメだ、まだ死ぬときじゃない」

息子の和盛は必死になって呼び掛けていた。

「わしはもうダメかもしれん。だが、わしの功績は確実にあっただろうな。あの、地平線に叫んだ日を思い出す」

そして、彼は最期に、天に向かって手を伸ばした。

「俺は、戦争が嫌いだ!今もどこかで戦争が起きている!平和な世の中を俺が愛しい!!!!」

田室吉盛の、最期の言葉は最高に勇ましいものだった。

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