第12話 最後のテイム

「そうか……それじゃあ、これでも喰らえ!」

「ん?」


 俺はポケットの中にあったものを取り出し、その大きな口に投げ入れた。


「? ギャアァァァアア」


 人狼は雄叫びを上げ、口から火を吐いた。

 その隙に俺はステラを抱きかかえた。


「貴様ァァアア! ――?」


 人狼は怒り狂い怒鳴り散らすが、もう遅い。

 俺はもう既に森の中を走っていた。


「やっぱり収穫しておいてよかった!」


 人狼にも効いたのは幸運だった。

 俺が投げ入れたのは、唐辛子の100倍は辛いと言われるとある実。

 この森に生育していて、この実を使って寒さ対策の薬を作ることが出来る。

 冒険者のサポートという立場の癖で俺はよくその辺にある実を回収している。

 何かの役に立つかもしれないと、やっていた習慣がここで功を奏した。


「待てェ!」


 人狼は涙を流しつつ、口を真っ赤にしながら俺たちを追いかけている。

 だけど、まだまだ俺には武器がある。

 ステラを抱えている俺よりも人狼の方が速いのは、百も承知。

 だけどとにかく俺らが逃げきれれば、勝ちだ。

 俺は、またポケットを弄り、取り出したものを目の前にいた人狼に向かって投げつける。


「!! うわっ!? なんだ!? ブワックション!!」


 投げたものは胡椒。

 目の前で破裂したそれによって人狼は盛大にくしゃみをする。

 これでちょっとは時間が稼げるはずだ。

 テイムの副作用で逃げ続けた俺の逃げ術を甘く見るなよ!

 人狼が怯んでいる隙に逃げる。

 これで逃げ切ることはできないが、時間を稼ぐことはできるはずだ。


★★★


 人狼と充分に距離をとって俺はステラを下ろすと、一緒についてきていたウィーを見る。


「ステラを頼んだぞ」

「待って!」


 立ち去ろうとして、ステラに足を掴まれてしまった。

 先ほどの攻撃の余波で苦しそうな表情を見せるステラ。


「どこに行くの?」

「逃げるに決まってる。おそらく人狼は俺のテイムを目印に向かっているんだ。俺とステラが二手に分かれれば、人狼は俺を追いかける。その隙にステラは逃げてくれ」

「それじゃあ……! 」

「あぁ。俺は確実に喰われるだろうな……でも、何も、全員一緒に喰われることはないって」


 そう言って俺はステラに笑う。

 ステラはまだ腑に落ちない顔をしているが、でも、説得する時間もない。

 幸いさっきのダメージでステラの力は弱ってる。

 この手を振り払って俺は逃げることをイメージする。

 そうこうしている間に人狼が来るかもしれない。

 だからステラだけでも――。




「ステラだけでも逃がすつもりだったか? 残念だったな」





「グッ!」


 まさか。こうも早く、追いつくのか!? と考えているのも束の間。

 身体に衝撃。

 人狼の強化された腕をもろに喰らい、俺の身体は吹っ飛ばされる。


「俺が使えるギフトは何も3つじゃあねぇぞ?」


 くそ。考えてすらいなかった。

 確かにあいつは俺がいる場所にいつも音もなく現れていた。

 もしかしたら俺の身体にマーキングがあって、それを目印にテレポートするギフトがあったのかもしれない。


「――あぁ!」


 ステラの首根っこを掴み、宙に持ち上げる。

 ダメージが残っているステラは抵抗する力もない。


「があぁ!」

「邪魔だ!」

「――ッ!」


 ステラを守ろうと飛び掛かったウィーですら、軽くいなしカウンターを浴びせる。

 軽い子竜の身体は地面に叩きつけられる。

 くそ。このままじゃ、ステラが喰われちまう!

 そう焦るが、さっきの攻撃の痛みでまともに思考することもできない。


「フッ……」


 そんな俺を横目で見て、人狼は見下したように、悦に浸るように、口角を歪ませる。


「残念だったな。せっかく頑張って抵抗したのに」


 嘲り笑うように俺を見つつ、人狼は言葉を紡ぐ。


「でも貴様が悪いんだぜ? 何にも力を持っていない貴様が」


 そいつはただ煽りたいだけ。それはわかっているが、俺の心にドスドス刺さる。


「パートナーさえいれば、何か変わったかもしれないのになぁ。今の今まで臆病風に吹かれて、探そうとしなかった」

「くぅ……」


 人狼の言葉を無視して、苦しそうなステラの声を聞き、俺は人狼に突っ込む。

 ステラだけでも助けようと。だが。


「――ガッ‼」


 何も持たない俺は、人狼になす術がない。

 片足で倒され、仰向けになった瞬間に腹を踏まれる。

 体重を掛けられ動くこともできない。

 人狼は、文字通り、俺を見下していた。


「『テイム』!」


 苦し紛れに、人狼の足に触れ、思いっきり叫ぶ。だけれど、不発。


「ハハハハハァ! 残念だったなぁ!」


 顔が不気味に歪み、人狼は高らかに笑う。


「何もできない。何も持たない。強くなる努力すらしなかった無価値の貴様がどう頑張ればいいんだろうなぁ? 精々俺の血肉になってくれよ」

「ふ……ざけるな……」

「あぁ?」


 苦しそうに抵抗する声が真上から聞こえた。ステラだ。


「努力しなかった? ダンはいっぱい努力してる。能力がないと割り切って、それ以外で出来ることをしようとがむしゃらに頑張っていたんだ」

「ふん。何を偉そうに。数日しか関わっていなかっただろうが!」


「数日でもわかるよ。ダンはただ知るチャンスがなかっただけだ、って。

 知った後はちゃんと一生懸命パートナーを見つけようとしている。

 しかも今までの努力もちゃんと糧となってる。人の努力しか喰わないお前に何がわかる?

 チャンスがなかった人間に努力が足りない?

 バカも休み休み言え!」


 ステラは人狼に向かって苦しそうだが、口角を上げる。


「そうか……なら、そのチャンスが来なかったことを恨むんだな!」

「ステラァ!」


 人狼はステラを真上に上げ、大きな口を開ける。

 だけど、喰われそうながらも、ステラは優しい笑みを俺に向かって見せつけた。


「ダン。あなたなら大丈夫だよ!」


 どこが大丈夫なんだ。

 身動きが取れなくて、ステラを護ることもできなくて、ただなす術なく、お前が喰われるのを待っているだけなんだぞ?

 俺のギフトも役に立たない。

 この数日でも全然、パートナーは見つからないし、人狼をテイムできる気もしない。もう俺がテイムできる生き物なんて――。


「まだ試していない子いるんじゃないの?」


(!? そうか)


 ステラの一言で、俺は、人狼に踏まれ身動きが取りづらいながらも、目一杯腕を伸ばす。

 届くか届かないか。

 たぶんギリギリだが、そこに向かってできる限り腕を、手を、指を――。

 何をしてるんだ? とでも言いたげな人狼の眼も無視する。これがラストチャンスだ。肩から伸ばして――。


(触れた!)


 爪先に触れるか触れないかくらいのタイミングで、俺は叫んだ!


「『テイム』!!」

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