第9話 竜姫と護衛

「やっと見つけましたよ……姫様」


 突然の声に驚く。

 声がする方を向くと、銀色の鎧を身に纏った騎士たちが立っていた。

 一体なんだ、と驚きはしたが、よくよく見てみると、先日教会で出会った高圧的な雰囲気の騎士たちだ。

 騎士の一人――隊長っぽい人は俺には目もくれず、まっすぐステラの元に向かい腕を掴んだ。


「さぁ、姫様。国へ帰りましょう」


 つまりはステラの護衛。

 研究者ではあるが、それ以前に一国の姫様。

 今まで一人で――とはいえウィーも一緒だったけど――行動していたこと自体、異常だったのだ。

 俺でさえ、ちょっと考えればわかる異常事態。

 逸れたのなら、保護されて当たり前。

 なのだが、当の本人はこの状況にとても面倒くさそうにしていた。


「まだ帰らないよ」

「そうはいきません。ここは親交があるとはいえ、国境を越えています。勝手な行動は慎んでください」

「私は竜を探しているだけだよ。別に国に迷惑かけるつもりもないし。見つけたらすぐ帰るから」

「何かあってからでは遅いのです。せめて私共も一緒に」

「それもダメ。何度も言ってるでしょ? 貴方たちがいると、竜は警戒して出てこないの」

「しかし!」

「それに――!」


 隊長の言い分を打ち切るようにステラは言葉を重ねると、騎士を引っ張り身体を寄せる。

 ここからじゃ何をしているのか、わからない。少しの間があった後に騎士を押し返して、


「護衛ならいるから」

「護衛?」


 ステラがそんな突拍子のないことを言って、俺は疑問符を上げる。

 はて、護衛とは誰のことだ?

 ステラとはずっと一緒に行動しているが、その間護衛らしき者はいなかった。

 もしや俺が気付いていないだけで、隠れ潜んでいるのか? そんな忍びのような人がいるとは驚きだ。

 『隠密』のギフトとか持っている凄い人なのかも。


「ん?」


 とかなんとか考えていたら、何やら視線を感じる。周りを見渡すと、騎士たちが俺をじっと見ていた。

 ステラも俺のことを指差している。俺の顔に何かついているのか? と頬をさすっていると、


「この人が護衛」

「はぁ!?」


 とんでもないことを言い出した。


「ちょっと待て! 俺が護衛ってどういう――」

「貴様が姫様の護衛だと?」


 そのことについてステラに抗議しようとすると、ステラの前に立っていた隊長が訝しげに眉を顰めた。


「貴様、名を何という?」


 高圧的な態度で、隊長は俺に問う。

 有無を言わさぬオーラ。ここで答えなかったら、理不尽な目に合いそうだ。

 俺は隊長の質問に素直に答えることにした。


「ダ、ダン・ストーク」

「冒険者か?」

「あ、まぁ、はい。そうです……一応」

「ギフトは何だ?」

「……『テイム』です」

「『テイム』だと?」


 ギフトの名を口にした途端、騎士たちの警戒度は一気に上がる。

 まぁ『テイム』の副作用を考えると、当然だ。

 隊長は顔を動かさず、俺の周辺を見ると、


「見たところ、パートナーはいないようだが……?」

「あ、はい。まだ、誰もテイムできたことがなくて、今、探しているところで……」

「…………」


 ここで嘘を言っても仕方がないし、正直に答える。

 能力がなく、副作用が危険にも関わらず、何故護衛をやっているのか。

 姫に近づいて目的はなんだ?

 と騎士たちは考えているに違いない。

 俺と話している隊長以外にも周りを囲む騎士たちも俺がちょっと変な行動でもすれば、ひっ捕らえる気まんまんだ。

 こんなところで、隣国の騎士とトラブるなんて御免だ。


「いや、あの……ステラ……さん……様? の護衛っていうのは……えっと、何かの間違いで……」

「ふん、まぁいい」

「……へ?」


 隊長は俺のことを見下すように鼻で笑うと、剣を抜く。まさか、俺を捕まえる気か?


「貴様が本当に姫様の護衛なのかどうか、そんなの剣を交えればわかることだ」

「は? ……いやいやいやいや。俺、剣なんて持ってないし、人と戦ったこともないし、そもそも護衛じゃない――」

「いいから、構えろ!」

 いや、人の話を聞け!


「構えないのならこっちからいくぞ!」

「うおぉ!?」


 弁明する暇も、戦闘準備する暇もなく、隊長は剣を振り切る。

 反射的に横に逃げて、バランスが崩れて俺は尻餅をつく。


「――――!!」


 真横には大剣が地面に叩きつけられていた。


「ちょっと何をしているの!?」


 その行動にさすがのステラも声を上げて、隊長を止めようとするが、


「姫様は黙っていてください」


 それを一蹴。

 隊長は好戦的な笑みを浮かべる。


「偶然かどうか。俺の一振りを避けるとはな」


 完全に偶然です。


「少しは本気を出そう」


 そう言うや否や、隊長の鎧がミシミシという音を立て始める。

 隊長の身体がみるみる成長していき、鎧の隙間から盛り上がった筋肉が見える。


「私のギフトは『筋骨隆々』。身体を大きくし、力を二倍にも三倍にも膨れ上げさせる!!」


 隊長の姿は2メートルは越すほどの巨人になっていて、構えていた大剣はもはや片手剣のように見える。

 そんな姿で切られたら、かすっただけでも一たまりもない。

 どうやって切り抜けようか、と考えている暇もなく、隊長は剣を振り上げると、


「この姿の俺の攻撃! 喰らうが良い!!」


 殺意のこもった攻撃が俺に向かってくる。

 ――が。


「ギャアァァァアア!!」


 悲鳴を上げたの隊長の方だった。

 見ると、隊長の身体は燃える業火に包まれていた。

 唐突な出来事に、俺だけでなく、ステラや他の騎士たちも呆気に取られていて、


「大丈夫ですか!?」


 動けたのは業火を出したであろう張本人。


「ラースさん……?」


 俺の目の前で優しい笑みを浮かべていた。


「何でここに?」

「話せる分だけの元気はあるようですね」


 そう言って微笑むラースさんは俺を立ち上がらせる。


「貴様! 何者だ!」


 燃え上がった身体の鎮火が出来ると、隊長はラースさんを睨みつける。

 ラースさんも眼鏡をクイっとさせ、隊長を見る。


「しがない街の神父ですよ」


 そして、ラースさんは俺にしか聞こえないような小さな声で、


「さ、ステラ様を連れて早く逃げなさい」


と指示する。


「え……でもラースさんは?」

「私はこの方たちに少々用があるので」

「いや、でもラースさん……」

「そう簡単にはやられはしませんよ。ほら、呆気に取られている今がチャンスです。早く行きなさい」

「いや……でも……」

「どうやらステラ様も同じ考えのようですね」

「え?」


 ラースさんを心配して、俺は二の足を踏んでいると、急に腕を掴まれた。

 見ると、ステラが真剣な顔をして、俺の腕を掴んでいる。


「ほら、行くよ!」

「いや、でもラースさんが――!」

「あとは頼みます」


 ステラはいつの間にかウィーと合体していた。

 脚力が格段に上がり、俺が抵抗する間もなく、その場から引き離された。


「待て!」


 そんな騎士たちの声が響くが、そのすぐ後に、焔の壁が一瞬にして出来上がった。

 そして、ラースさんを残し、俺たちは騎士たちの手から逃げることに成功したのであった。

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