第4話 竜姫

「イタッ!」


 森に着くと、彼女は木に俺を叩きつけた。背筋に感じる痛みを我慢して、


「何するんだ……よ?」

「ちょっと黙って」


 抗議しようとすると、彼女は冷静にそう一言。

 そして、俺の顔面に顔を近づけてきた。

 端正な顔立ちときめ細かで綺麗な肌に気恥ずかしさを感じつつ、フードから覗く青藍な瞳は真剣そのものだったから、俺は真一文字に口をつぐむ。

 やがて、彼女は俺から離れると、


「大丈夫そうね」


と安心したようにため息を吐いた。


(いったい全体なんだったんだ?)

「あ……ごめんなさい」


 彼女の行動ひとつひとつに疑問があって、猜疑心満々で彼女を見ていた俺の様子に気が付いたのだろう。


「ちょっと気になることがあって。思わず連れてきちゃった」

「あぁ……はぁ……」


 まだ状況の把握が出来ていない。


「無理矢理、連れてきちゃってごめんなさい。じゃあ私、行くから」


とフードを整えつつ、

「ウィー、行くよ」

と仲間を再度、呼んで、去ろうとしている彼女を見て、


 ――ん?


 そこで俺は首を傾げる。


(誰かと一緒だったっけ?)


 思い出してみると、騎士に追いかけられる時も、俺にぶつかってきた時も、彼女はずっと一人だった。

 一体どこに仲間がいたのか――


「がう!!」

「グハァッ!!??」


とか考えていると、急に俺の鳩尾に衝撃が走って思わず声を上げた。


(な、なんだ!? 毛玉?)


 痛みで反射的に鳩尾を抑えようとすると、何かもふもふとした毛玉を捉えた。その柔らかい感触を知ろうと、下を向くと


「がう!!」


 大きな口を開けて、楽しそうに吠えている白い何かがそこにいた。


「な、なんだ?」


 そいつの正体を知ろうと観察してみるが、頭には二本の角のような突起、手足には3つの大きな爪、口や歯はワニやトカゲのような爬虫類を連想させる形状。

 そこで直感した。


「まさか竜!?」


 大きさは中型犬くらいでもふもふとした純白の毛皮を身に纏っているが、竜の特徴があることは間違いない。

 そして、異様に人懐っこい!

 隙あらば、俺の顔を舐めようとしてくる。

 そんな俺たちの様子を飼い主であるはずの彼女は


「まさかウィーが人に近づくなんて…………」


と呆然と立ち尽くしていた。

 フードで隠れていて、どんな表情を見せているがわからないが、おそらくは目を大きくしているところだろう。


「ち、ちょっと見ていないで、助けてくれないか……?」

「あ、ごめんなさい!」


 その生き物と格闘して動けずにいる俺の声を聞いて、我に返った様子で、


「ほら、ウィー。離れて」


とウィーと呼ぶその生き物の身体を持ち、俺から引き剥がした。

 ふぅ、と安堵のため息を吐く。

 ウィーとやらはまだ彼女の腕から抜け出し、俺の元に来ようとしているが。


「ごめんなさい。大丈夫?」


 ダメじゃない、ウィー。とウィーを叱りつつ、謝罪する彼女に、俺は手を上げる。


「あ……あぁ。大丈夫」


 いつものことだから。

 ギフトのせいで、こういうことが起こるのは日常茶飯事。

 大きくなった今はそう何度もないが、子供の頃は、大型犬や大量の猫に追いかけられたこともある。


「まさか、ウィーが人に飛び掛かるとは思わなかったから」

「たぶん俺のギフトのせいだ」

「え……?」

「『テイム』のギフトを持ってるんだ」

「!? 『テイム』?」


 その言葉を聞いて彼女のトーンが少し上がり、そして俺の顔にまた顔を近づける。

 何かを観察しているようにも見えるその瞳に


「……な、なんだ?」


と顔を赤らめていると、やがて少女は「見つけた……」とかなんとかボソッと言ったかと思うと、


「ねぇ、君! 私とパーティー組まない?」


 大きな瞳は爛々と輝き好奇心に満ち溢れていて、思わず目を逸らすが、少女の意図は気になる。


「パ、パーティーって……」

「パーティーはパーティーだよ! 冒険者同士が組んで、一緒に冒険するやつ!」

「いや、それはわかるけど。なんでいきなり?」

「君のギフトが必要なんだ!」

「必要?」

「そう。今、探している生物がいてね。

 その生き物を見つけるためにここまで来たんだけど、人嫌いで有名な子なんだ。

 だから『テイム』を持つ人がいてくれれば心強いんだけど……」

「なるほど」


 つまりは『テイム』の副作用目当てっていうよくあるパターンか。


「お断りするよ」

「え? どうして?」


 まさか断られるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 呆気に取られたような口調に、俺は心の中で自嘲する。


「そろそろ冒険者を辞めようと思っていたんだ」


 それはさっき決めたこと。

 決めた矢先にこうやってパーティーに誘われて、

 しかもついさっきリオンズをクビとなった原因である『ギフト』が必要だ、と言われたのだ。

 タイミングが絶妙すぎて、笑みが零れ落ちそうになる。

 絶対に顔に出さないけど。

 それに彼女はパーティーを組むにあたって重要なことを見落としている。


「そもそも素性もわからないのに、パーティーなんて組めるわけないだろ?」


 それは信頼と信用だ。

 危険が隣り合わせの冒険稼業でパーティーというのは命を預ける仲間だ。

 よくわからない奴と組んで、命を落とすなんてのはごめんこうむりたい。

 そんな俺の思いを知ってか知らずか、少女も


「――それもそうだね」


と俺から離れる。諦めてくれたか、とほっと息をついて顔を前に向ける。

 ――だが、


「――――!?」


 なんと、彼女はここから去ることはせず、その場で被っていたフードを脱いだのだ。

 現れたのは、可憐な顔立ち、肩に少し当たるくらいまで伸ばした金色の髪、艶やかで薄い唇に大きな碧い瞳。

 そんな可愛らしい印象とはかけ離れて、その表情は好奇心に満ち溢れた笑顔だった。


「私の名前はステラ・ドラグニア。よろしくね」

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