第3話 逃亡する少女
そうやって今後について決めたその時、
「おや?」
とラースさんが遥か前方を見る。
それと同時に周りの猫たちも耳をぴくりと動かして、ラースさんと同じ方向を一斉に見た。
「どうしたんです? ラースさん」
「ダン、あれはなんでしょう?」
「あれ?」
ラースさんが指を差した方向を目を細めて見る。
前方には大きな樹木が生える林が左右にある並木道がある。
俺たちが今いる教会は街外れにあり、街に入るには二通りの道がある。
左側の冒険者御用達の魔獣が多くいる森に続く未舗装の道から入るか、前方にある王都に続く並木道から入るか、だ。
その一つである並木道。
何やら土煙が立っているのが見えた。
耳を澄ませてみると何やら地響きなようなものも。
更に目を凝らしてみると、
「騎士に追いかけられている?」
四〜五人くらいの騎士が、外套を着込みフードを被った人を追いかけていた。
「どうやらこっちに来ているようですね」
ラースさんは冷静で穏やかな口調で状況を説明する。
近づいてくるたびに「待ちなさい!」とか「止まりなさい!」とか叫ぶ騎士の声も聞こえてくる。
だが騎士から逃げている者は――当然ながら――速度を緩めることはない。
そして徐々に徐々に俺たちのいる教会へと近づいてくると、
「わ、わ、わ、わ……!」
女の子の声?
何やら慌てているような。
スピードを落としている気配もなく、教会へ――より正確には教会の前で座り込む俺の元へ――まっすぐと走ってきて……!?
「どいて〜〜〜〜!!」
「へ?」
フードを被ったその人は声高くそう叫ぶが、俺は避ける間も無く。
衝撃。
その人は俺にぶつかってきた。
俺は受け止めきれず倒れ、俺に覆い被さるようにその人も転ぶ。
その瞬間に外套の下が捲れ、純白のハイブーツに、その色に合わせた質の良さそうなスカートを確認し、女性であることを辛うじて理解した。
周りにいた猫たちは一目散に逃げた。薄情な奴らだ。まぁそんな文句、言えるわけないんだけど。ぶつかった拍子に目を回していたし。
「は!? ごめんなさい!」
彼女は、俺よりも早く復活して、手短に謝罪をすると、
「あ、ここ、隠れさせて!」
慌てて教会の中へ。
「いってぇ……」
彼女が隠れて、ちょっとしてから俺も頭を摩りながら起き上がる。
そして何が起きたのか、理解する間もなく――、
「――失礼」
騎士が俺の前に立っていた。
さっき彼女を追いかけていた騎士だろう。
「私たちが来る前に誰か人が通らなかったか?」
騎士の一人が俺たちにそう聞く。
頭がまだふらふらとしている俺は、どう答えようか迷っていると、
「えぇ。見ましたよ」
ラースさんが騎士の質問に微笑みながら肯定する。
「フードを被った方が先程、慌てたように走ってきました」
「どこへ行ったかわかるか?」
「えぇ。あちらに」
そう言って指差した方向は街の方だ。
「そうか。お前ら、行くぞ!」
「「ハッ!」」
喋りかけてきた騎士はラースさんの言葉を疑いもせずに相槌を打つと、他の騎士たちに呼びかける。
騎士たちはその呼びかけに返事をすると、ガシャガシャと鎧の音を立てラースさんが指し示した方向へ進んでいった。
しばらく鎧がぶつかり合う音が聞こえてきたが、やがて小さくなり、騎士の影も見えなくなってくると、
「行った?」
教会に隠れていた少女がひょっこりと顔を出す。
「行ったようですよ」
ラースさんの言葉に「そう」と安堵したように息を吐くと、教会の外へ出る。
フードを被り直して、身だしなみを整えるように服をぽんぽんと叩くと、
「匿ってくれてありがとう」
「気にしないで下さい。彼らはあっちへ行きましたよ」
「わかったわ」
ラースさんが笑みを崩さずに騎士の行方を教えると、彼女は一言返事をし、準備を進める。
おそらく何やら事情があるのだろう。
余計な詮索をされたくないのか、最小限の言葉に留めて、自分の準備を整えている。
俺達も騎士に追いかけられるほどの少女と深く関わる気はない。
だから、ラースさんも騎士に対して嘘をついた。
面倒ごとが増えるのが目に見えていたから。
そして、彼女は自分の準備が整ったのか靴をとんとんとさせ、俺たちの方を見ると、
「――――!?」
何かに驚いたように身体を強張らせた。
(いったいどうしたんだ?)
とぼんやりと眺めていると、
「ちょっと一緒に来て」
「え?」
と彼女は急に俺の腕を掴むと、女性とは思えないほどの力で俺を引っ張り上げると、森に向かって俺を引き連れて走る。
「ウィー、行くよ」
「がう!」
更に仲間に呼びかけると、教会から白い何かが叫びながら彼女を追いかける。
(いったい何なんだ?)
俺は抵抗する間もなく、彼女に引っ張られ、魔獣が多く生息する森へと強制的に向かうことになったのだ。
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