第2話 『テイム』の副作用

「ハァァァァァァ〜〜〜〜」


 体内に溜まった嫌なものを吐き出すように自然と大きなため息が漏れる。


 実力派パーティー『リオンズ』。

 それがさっきクビ宣告を受けたパーティーの名前だ。

 半年前はちょっとだけ名の知れたパーティーだった。

 リーダーの人柄もあってか、パーティーメンバーの仲も良好。

 実績や実力を伸ばすという目的で半年前に新規のメンバーを募集していて、俺もダメ元で応募したら、運良く入れてもらえた。


 記念すべき百組目のパーティー。

 今度こそうまくやると誓って、半年間、頑張ってきたのだが……。

 最終的にこのザマだ。

 皆良いやつで、新規参入の俺に対してもすごく優しくしてもらったし、皆と冒険に出られたことが何より楽しかった。

 だからこそ辛い。楽しかった思い出がたくさんあるから。


「おや、また解雇ですか?」


 そうやって気が沈んでいると紳士的な声で話しかけてくる男がいた。


「ラースさん……」


 ラース・グラトニー。

 この街の教会の神父だ。

 短髪で眼鏡をかけ、いつも微笑みを絶やさない。

 背が高いこともあってか、黒のスータンがよく似合っている。


「どうしてわかったんです?」

「ダンは落ち込んでいる時、たいてい教会の前で座り込んでいますから。そして君がリオンズに所属して半年は経った。もうそろそろだと思いましてね」


 柔らかい笑みで胸に突き刺さる言葉を言う。


「それでも半年はダンにしては頑張った方ですよ」


 今までは一ヶ月が限度だったからね、とラースさんは俺を励ましてくれる。

 だが、俺はそんなラースさんを沈んだ眼差しで見ると、


「なぁラースさん……」

「なんでしょう?」

「本当に俺のギフト、間違ってないんですか?」


 ギフト。

 それは神が与えし恩恵のことだ。

 一人に一つ与えられて、火を吹いたり体を浮かしたり、普通じゃ考えられない魔法のような能力を行使できる。

 五歳の時にギフトは発現し、何のギフトかは教会で診断できる。

 俺も例に漏れず、五歳の時に教会で診断しラースさんから教えてもらった。


 そんなラースさんは相も変わらずの微笑みで頷くと、


「えぇ。間違いないですよ。ダンのギフトは『テイム』。

 動物や魔獣など命宿る物を使役できるギフトです。その証拠にほら」


と俺を――正確には俺を取り囲む猫たちを指差す。


「座っているだけなのにこんなにも動物たちに囲まれるのは『テイム』のギフトを持つ人のみですから」


 気持ちよさそうに俺の周りで寝ている猫たちを見て、ため息がまた漏れる。

 俺のギフトの副作用はこの現状にある。

 『テイム』のギフトを持つ者は大概が魔獣や動物に好かれやすい。

 いや、好かれやすい、というのは語弊があるか。

 とにかく生き物が周りに寄ってきやすいのだ。


 だが、それは『テイム』の能力の一側面に過ぎない。

 見方に寄ったら利点とも捉えられる。

 動物たちが自然と寄ってくるからこそ、テイムができる。

 しかもその副作用目当てで、パーティーにも誘われたりもする。

 強い魔獣や珍しい精霊をも寄せ付ける副作用だ。

 わざわざ必死に探さなくても、その生き物がいる場所に赴けばそっちからやってきてくれるのだ。

 更に実績や実力をつけたいというパーティーにとったらこの副作用はかなり美味しいと見えるらしい。

 リオンズが半年で実力を上げた理由も、この副作用のせいで寄ってきた魔獣を倒しまくり、倒した魔獣の素材を売りまくったおかげだ。

 もっとも、お目当ての魔獣以外も寄せ付けてしまう、という不便さもある。

 そんな魔獣が昼夜問わず襲ってくるから、おちおち眠ることもできない。


 でも、そんなことは俺にとったら――問題は問題だが――大した問題ではないのだ。

 それを上回るほどの欠点が俺のギフトにはある。

 俺は周りを取り囲む一体の頭を撫でる。

 気持ちよさそうな顔をしてゴロゴロという猫の愛くるしさを感じながら、俺は、


「『テイム』」


と一言発する。


 撫でている手のひらから光が溢れて、その光が猫を取り囲む。

 やがてその光は徐々に小さくなってくると、光に包まれた猫の顔が見えてきて――――。

 きょとん、とした顔で俺を見つめると、逃げるようにその場から立ち去ってしまった。

 その様子に俺の身体はわなわなと自然と震える。


「どうして、俺は『テイム』ができないんだ!?」


 悔しさのあまり不満が爆発した。


 それこそが俺の欠点。

 『テイム』というギフトを神から授かったはずなのに、俺のギフトは一向に動物や魔獣、ましてや精霊を使役できた試しがない。

 その欠点もあり、パーティーでは常に役立たず。

 テイムの副作用も相まって、何もできないくせに魔獣を誘き寄せる疫病神。

 それに気付かれるのがだいたい一ヶ月。

 いくら俺が荷物持ちやその他雑用を率先してやっても、挽回できない程のマイナス要素があるのだ。

 すぐにクビになってしまうのは当たり前。

 あの気の良いリオンズでさえ、半年で根を上げた。


「どうしてでしょう?」


 ラースさんも困ったように首を捻る。


「私が見てきた中で『テイム』というギフトを与えられた人たちは誰もが自分のギフトを知ってすぐに生き物を使役できました。

 ダンがこうやっていつまでもテイムできないのが不思議なくらいですよ」


 その話を聞き、俺はわかりやすく肩を落とす。

 周りの猫たちはそんな俺の心情を知ってか知らずか、周りで気持ちよさそうに寝ている。


「まぁ『テイム』のギフトを与えられた人自体、この街では少ない。

 もしかしたら何か特殊な条件があるのかもしれないですが」

「その話は何度も聞きましたよ……」


 ラースさんの励ましは昔からよく聞いた。

 子供の頃はラースさんの言葉を信じて、色々試行錯誤してみたが、結果が出なかった。

 それが原因で怪我させてしまった人もいる。


「俺……冒険者やめようかなぁ……」


 漏れ出た言葉は実際、ずっと考えていたこと。

 俺はテイムができないテイマー。

 いくら頑張ってもパーティーに満足に貢献できない。

 俺が役に立つのは魔獣を誘き寄せることくらい。

 自分ではなにも役に立たない無能冒険者だ。

 そんな俺がパーティーを組めたのも運が良かっただけだ。


 ちょうどいい。

 百組目のパーティーをクビになったところだ。

 この辺が潮時なのかもしれない。


(冒険者は今日限りだ……)

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