第4話 2066年12月18日 12:36

 急な呼び出しにより昼食を食べ損なった茉莉亜は、不機嫌な態度を隠すこともせず、会社組織社長室司令室に備え付けられた立派なソファーにだらしなく座り、呼び出した張本人を前に悪態をついていた。


「今日の私は、本当に……ほんっとーに久し振りのオフだった訳ですが、一体どんなご用件で呼び出されたんでしょうか?」


 丁寧(?)な口調ではあるが敬意も何も感じられない茉莉亜の態度に、マホガニー製の書斎机でこめかみに青筋を浮かべる二十代後半の男。なんとか威厳と冷静さを保とうとするが、若さゆえの経験不足が否めず、苛立ちを隠しきれていなかった。


「……お前は、この会社組織の備品でしかない。社長司令である俺の命令に従っていればいいんだ」


 刺々しい口調でナチュラルに人権侵害をかましてくる神経質そうな眼鏡の男を一瞥した茉莉亜は、本当にこんな男が組織の長を勤められるのかとジト目のまま深いため息をひとつ。


「俺が組織のトップになったからには、以前のように甘やかすことはないからな」


 指令は茉莉亜を脅すように高圧的な態度を取るが、言われている方はそんなものどこ吹く風。百戦錬磨の茉莉亜はそんな指令の態度をただの虚勢だと既に見抜いている。


「先代が亡くなってまだ半年とは言え、そんな心構えではこの組織も先は長くなさそうですね。たまたまタイミング良く受け継いだだけの貴方個人には、何の権力も能力も無いことを是非自覚してください」 


 呆れたように答える茉莉亜だが、実際、組織での経歴は茉莉亜の方が長く、十歳を迎える頃には既に他の社員構成員と共に訓練をこなしていた。不慮の事故で亡くなった先代の後釜として引き継いだだけの実戦経験もない若造では歯牙にも掛からない。


 とは言え、茉莉亜が組織の備品であることは概ね間違いではなく、ナノマシンや専用のタクティカルスーツ等の維持整備には高度な技術と莫大な費用が必要であり、茉莉亜個人の収入では到底賄うことは出来ない。


「先代がどこからか拾ってきた孤児のクセに偉そうにしやがって!俺を見下すのも大概にしろよ!」


 茉莉亜の煽りにとうとう立ち上がってキレ散らかす指令。凡そ組織のトップとは思えない振る舞いに、茉莉亜も「えー……」とドン引きである。


「以前あなたのお誘いを断ったのをまだ根に持ってるんですか?ケツの穴の小さい男ですね」


 幼い頃から荒事専門の男達に囲まれて育ってきたため、少々言葉遣いが悪い茉莉亜。どちらかというとこれが素に近いのだが、普段の学園生活などでは良家の令嬢と言うていで極力敬語で話す様にしている……のだが、努力の甲斐もなく茉莉亜の預かり知らぬ所でクラスメイト達にはそういうキャラ作りロールプレイだと思われてしまっているという。


 それはさておき、茉莉亜に煽られた指令は怒りでプルプル震えだし、顔はまるで猩々しょうじょうのごとく真っ赤になっている。この男、未成年に言い寄った挙げ句、けんもほろろに袖にされた事を逆恨みしており、どこまでも稚拙で高すぎるプライドによって自らの過ちを省みる事が出来ずにいた。


「で、結局本題は何なんです?まさか小言を言うためだけに呼んだ訳じゃないんでしょう?」


 いい加減空腹が限界に近づいて来た茉莉亜は、司令をおちょくるのを止め、さっさと帰りたいオーラを全身にまとわせて話を進めようとする。

 仕事の話となれば流石に指令も少しは冷静になったのか、青筋を立てたまま大きめの舌打ちをした後、椅子に腰掛け直し、手元にあった書類の束を茉莉亜の前のテーブルに投げ捨てるように寄越す。


 指令の態度に思うところはあるものの話が進まなくなるので華麗にスルーし、スクラップされたファイルに目を通していく。遺伝子工学を専門とする一人の男の情報が羅列されていたが、ありきたりな内容で特筆すべき事柄は読み取れなかった。


「この男がどうかしたんですか?経歴を見る限り、特に問題のある人物には思えませんが」


 書類の束を手の甲でぱしぱしとはたきながら茉莉亜が尋ねる。問われた指令は、怪しく光る眼鏡を意味もなく指先でクイッと持ち上げる。


「昨日の任務中に政府高官に消された男の元同僚だ。とあるプロジェクトのリーダーをやっていたらしい」

「昨夜の二人が話してた例のプロジェクトですか」

「そうだ。自衛軍肝いりのプロジェクトだったらしいが、その研究成果は自衛軍にも渡っていないらしい」

「消された男の話では、自衛軍が接収していったはずでは?」

「いや、自衛軍の記録には残っていない上に、隠蔽された形跡もない」

「では、第三者が掠め取ったと?」

「その可能性が高いだろう。だが現状ではその研究成果についての情報が足りん。遺伝子操作された生物兵器らしいと言う事くらいしか解っていない」

「なんとも物騒な話ですね」


 何となくぬえやキマイラの様な合成生物を想像した茉莉亜だが、すぐに自分の想像力の乏しさになんとも言えない微妙な表情を浮かべる。


「ともかく、その研究成果が行方不明になった時期からプロジェクトリーダーの男も同じく消息を絶っていたが、茉莉亜が持ち帰った情報により潜伏先が判明した」

「昨日の今日で見つけるなんて、うちの情報部は優秀ですねぇ」


 茉莉亜が茶化すように答えると、嫌味と捉えた指令は舌打ちと共に茉莉亜に刺すような視線を向ける。それも適当に受け流した茉莉亜は、ぱたぱたと手を扇いで先を促す。


「ふん……。国家安全保障局上層部としては、その男と研究成果を野放しには出来ないとの考えだ。国家の管理下に無い兵器などいつ暴発するとも限らん危険因子に過ぎん。見つけ出して管理下に置くにせよ破壊するにせよ、早々に手を打たねばならん」


 そう言いつつ指令が手元にある端末のコンソールを操作すると、茉莉亜の携帯端末から着信メロディーが鳴り響き、作戦概要や情報が送られて来たことを示す。

 茉莉亜は携帯端末を操作して概要を確認するが、整った顔立ちが崩れるほどのしかめっ面になる。


「ちょっと指令、この作戦本気ですか?私まだ明日からも学校あるんですけど!?」

「どうせあと数日で冬季休暇だろう?少しくらい出席日数が減ったところで影響なんぞないだろう」

「そう言う問題じゃないんですよ。私の尊厳をないがしろにするのは止めていただけますか?」

「先代の教育方針とやらか。幼い頃から組織の訓練や任務をこなして来たお前が、いまさら普通の人間の振りをしたところで染み付いた血と硝煙の匂いは消せんぞ」


 睨み付けるような視線で茉莉亜を見下す指令に対し、こいつマジで何もわかってねーな……と嘆息する茉莉亜。

 社会性を失った人間の末路を幾度となく目の当たりにしてきた茉莉亜にとっては他人事ではなく、学園での生活は自らの人間性を保つ為に必要不可欠な要素であった。指令の配慮に欠ける等閑なおざりな発言を受けて、茉莉亜はもうこれ以上は無駄だと指令を見放していた。こういう手合いはいくら注意しても自分が信じたいことを信じるのみで、他人からの諫言かんげんなどに耳を傾けることはない。先代からの恩義に報いるために厳しい訓練や命を懸けた任務をこなしてきた茉莉亜だが、ここまで屑な人間の下で働く気にはなれなかった。


「はぁ……もういいです。さっさと終わらせてそのまま休暇いただきますから」


そう言いつつ、茉莉亜は組織を辞める方法について思考を巡らせながら、昼食のメニューへと現実逃避を始める。今は目前に立ちはだかる面倒な作戦について少しでも後回しにしたかった。

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X-DAY 永原伊吹(八咫鴉) @carrioncrow

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