第5話完 had a great fall 

 騒動の翌朝、一向は早々に荷物をまとめていた。駐車場には撤兵たちと同じように遺想屋が集まっており、皆荷物をトランクに詰めて帰宅の準備をしていた。終わった者から周囲の人間へ挨拶をして車に乗り込んでいる。多くは昨晩、ナゲットの命よりも睡眠を選んだ人々で、撤兵も「昨日は大変だったようで」とお義理程度のねぎらいを受けたので、軽く会釈を返した。その中には海老原の姿もあり、彼の場合はナゲットから『人道とは』『友人とは』と説教されている。二人のやり取りをしり目にリュックサックを後部座席に放り込むと、縁田が声をかけてきた。

「おはようございます。お腹の調子はどうですか」

「おはようございます。おかげさまで、アザになりましたよ」

 撤兵の返事に縁田は「でしょうね」と薄く笑った。それから話題は昨晩の出来事に移る。

「久しぶりに肛門以外を診ましたよ。昨日も説明しましたが、後になにがあっても責任は取れませんから、ナゲットさんにももう一度伝えておいてくださいね」

「分かりました」

「それじゃ、私は帰ります。また春の報告会で会いましょう」

「ナゲットさんは呼ばなくていいんすか?」撤兵が尋ねると、縁田は未だ続く海老原への説教を一瞥し、「お忙しいようですから」

 もう一度会釈し、縁田は去っていく。その背を目で追うと彼は駐車場の隅に停めたベンツに乗り込んだ。若干丸みを帯びたフォルムからしてBクラスだろう。肛門科医がいくら稼げるのか知らないが、やはり医者というだけあって儲かっているようだ。高級感のあるグレーの車体に目を奪われていると、今度はコテージの方角から守智がやって来る。

「おーい君たち」

 片手を振る守智に対して、隣の道須柄少年は若干眠そうだ。

「朱咲の報告に来たよー」

 その言葉にいち早く反応したのはナゲットだった。迎えるように二人の方へ歩き出し、その隙に海老原がそそくさと去っていく。丁度車の鼻先あたりで合流した三人の元に撤兵やBBQたちも集まった。

「おはようございます阿部先生。さっそく聞かせてください」

 ウキウキした表情でナゲットは促す。一つ頷いてから阿部は朱咲の真相について語りだした。

「あー、結論からいうと、あれが1000年前の遺想物というのは、やはり彼の勘違いだったようだ。君は物本体だけは1000年前のものだったとしても――といっていたけど、実際はもっと陳腐なものだったよ。物が作られたのは二年前で、エピソードは中国の漫画家志望の学生が作った物語だったんだよ。昨日あの騒動の後に道須柄君が連絡を取って、今朝返信が返って来たそうだ。まったく優秀な子だよ」眠気と誇らしさの混ざった複雑な顔で胸を張る道須柄少年。徹夜の功は報われたらしい。「朱咲を作ったのは20才の男の子だそうだよ。漫画だけでなくマルチに活動できる子みたいで、儀刀は骨董屋で買ったものをリメイクしたものだとさ。そして彼はSNSの運用を、自分が作った世界観の住人に成りすます形で行っていて……要は学者の体を装ってオリジナルの世界を語っていたんだ。設定を詰めるのはうまかったんだけど、いかんせんストーリーが面白くなかったみたいだね。商業作家を目指していたんだが人気が出ず、自棄になって儀刀をポイ捨てしたところ、巡り巡って皆川の手に渡ったようだよ」

「はあ~?なんだその話。じゃあ遺想物ってのも嘘?」

 あまりに間抜けな話に、撤兵は思わず声を上げる。「いや、それは本当だよ」

「まあこもっていたのは作家の遺想だから、せいぜい1~2年モノだろうけど」

「あはははは。奇しくもその学生は、皆川という一人の男の人生に影響を及ぼすほどの作品を作ったわけだ。あははは。皆川さんらしい空虚なオチだね」

 ケラケラ笑うナゲットは、まるでこの結果を予想していたようだ。BBQとマスタードも「あの人ならさもありなん」とばかりに苦笑している。

「理事長としてその点についてはコメントを控えるが、学者として対象物の調査をまともに行っていなかったのだから落第点どころじゃないね。子安君のレポートじゃあるまいし」

「え?」

 一瞬時が止まる。しかしどうやら止まったのは撤兵の時間だけのようで、報告は更に続く。

「それと本人にも伝えたが、皆川の除籍処分は確定だ。それと我々に個人の行動を制限する権限はないが、誓約書くらいは書かせるつもりだよ」

「あの、守智ちゃん先生?」

「そうかい。妥当な判断だね」

「ちょっと、ねえ俺のレポートそんな酷かった?」

「あともう1つ。あの秘書が手伝いを申し出ていてね。会社を辞めるので時間もできるし、お詫びに手伝いをさせてほしいんだと」

「どこぞのダメ学生と違って随分殊勝な性格をしているし、皆川さんには勿体ない。今後は彼女経由で、学会関係の連絡が行くこともあるから、了解しておいてくれ。それじゃああたしはそろそろ母屋に戻るよ。オーナーへの謝罪も含めて、今回の事後処理をしておかなくてはいけないから」

「ちょっと――?」

 撤兵の声は届くことなく、阿部と道須柄少年は母屋の方へ戻っていってしまう。

「俺……落第?」

 ぽつりと呟けば見かねたBBQが肩を叩いてくれた。

剽窃ひょうせつしてないなら大丈夫よ、きっと」

「そっか……。ヒョウセツってなに?」

「…………」

 BBQとマスタードは何もいわずにこちらに背を向けた。そのまま彼を置き去りに車に乗り込んでいく。

「え、なあ。教えてくれよ、剽窃ってなに!? あ、パクリ? ならしてないよ。なあ、合ってる? おーい」

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