休題 聖なるか
「あたしが加工したってことは、お前って職人だったの?」
「そうよ。いってなかったかしら」
撤兵は妙に納得した。下町モドキの言葉遣いも、散見される喧嘩っ早さも、職人気質といわれれば合点がいく。作業費を着ている姿を想像してもしっくり来た。
「ナゲットさんがコレクターって名乗ってたから、勝手にお前とマスタードもそうなのかと思ってたけど、コレクターって感じではないよなあー。そっか。職人か」
「そんなに納得されるとは思わなかったけどね」苦笑しながらBBQは続ける。「元々マスタードとあたしはコンビだったのよ。マスタードがレッカーであたしが職人で、コレクター相手に商売してたんだ」
「へえー」
撤兵は意外そうに声を上げる。彼らと出会ってから密度の濃い毎日を送っているせいで、長年の知己と錯覚してしまうことも多いが、撤兵はナゲットたちと付き合うようになってからまだ一か月ほどしか経っていないことを思い出した。道理で知らないことが沢山あるわけだ。
「じゃあコンビにナゲットさんが入ってトリオになった感じなんだ」
「いや。正確にいうなら、あたしたちがだぁさまの参加に下ったって感じかしらね」
人差し指を顎に当ててBBQが訂正すると、ナゲットが心外そうに更なる修正を入れてくる。
「傘下なんて人聞きが悪いなあ。助けてあげたんじゃないか」
「ええもちろん。そこに関しては感謝しておりますとも。だからこうして、あたくしたち二人は家事手伝いから用心棒までこなしているわけです」
「今でこそ君はそつなく家事をこなすけど、昔は酷かったよね。丸焦げのハンバーグを出されたときはさすがの僕も困ったよ」
「胃の腑に落ちりゃ同じですことよ」
小気味よいテンポで進む会話に撤兵は若干の疎外感を覚えた。この二人が知己――というえるかはさておき、長い付き合いなのは事実なようで、おそらくその1/10にも満たない時間しか過ごせていない撤兵としては、なんだかあばらの裏がスカスカする気持ちになる。そんな気持ちを知ってか知らずか、ナゲットは早々に会話を切り上げると撤兵に小包みを差し出した。一瞬わけが分からなかったが、先ほど彼も自分にプレゼントがあるといっていたことを思い出すと、撤兵は疑心半分、期待半分でそれを受け取る。ラッピングされているのは縦に長い箱で、ネックレスか腕時計でも入っていそうな雰囲気だ。BBQの件があるのでそうっと開けて中を覗くと、入っていたのは赤いハートの宝石がついた女性もののネックレスだった。即座に嫌がらせだと判断し、撤兵はナゲットを半眼で睨む。
「嬉しいかい?」無邪気を装う邪気の塊に、撤兵はネックレスを突きつける。
「ナゲットさんには俺が可愛い女の子にでも見えてんすかねぇえ」
「女の子? 君のことは若さと顔にかまけて世間をなめているダメ学生に見えているよ。それよりも、いいだろうそれ。中々レアな遺想物なんだけど、特別に君にあげるよ」
「遺想物!? ギャ――ッ」
撤兵は反射的に掴んだそれを天井めがけて投げるが、物理の法則に従ってすぐに落下してきたネックレスを浴び、再び悲鳴を上げる。「ギャ――ッ」BBQとナゲットはその様子が面白くて仕方ないと腹を抱えた。
「な、なんてもの寄こすんだ!」
半分パニックなりながらも床にネックレスを叩きつけた撤兵は頬を青くして怒鳴るが、ナゲットは全く意に介さない様子で、
「それは遠吠えっていうんだよ。女性が身につければ原因不明の呼吸困難に襲われ、容姿が整った男性が身に着けると自分の顔に対して激しい劣等感を持ち、衝動的な自傷行為を誘発する」
なんてものを寄こすんだ、本当に。撤兵は絶句した。
「あ、エピソードも気になるかな? それはねー、長野県にフリーターをしているAという男が作ったものなんだよ。Aというのはもちろん仮名だよ。そう、彼はまだ生きているんだ。Aは当時二十代後半で、定職に就いたことも女性経験もない、冴えない男だった。君とは正反対だね。哀れなことだ。Aと同じバイト先にBという女子高生が働いていて、Aは愛想がよくて可愛らしい彼女に横恋慕していたそうだ。そしてその年のクリスマスイブ、Bのアルバイトが終わるのを待ち伏せてAは彼女に告白した。しかしBが告白に応えることはなく、Aはフラれてしまう。それからAはBをはじめとして女性すべてを敵視するようになり、その憎悪が宿ったのが、告白が成功したらBにプレゼントしようと用意していたそのネックレスだ! この出来事の後に、AはBや他の女性アルバイトに対する粗野な言動が原因となってクビを切られ、Bは進学に伴ってアルバイトを辞めた。ネックレスはBが退職する日に、既に解雇されていたAが無理やり渡したが、この時警察沙汰になったせいでBはAに返却できず、その日のうちに売却し世に放たれ、巡り巡って僕の手元に来たというわけさ。どうだい、欲しくなっただろ?」
「全然」
もげそうな速度で首を振る撤兵にナゲットはダメ押しで情報を追加する。
「ちなみにAは現在引きこもっており、『女性から酷い扱いを受けて人間不信になったせいで、社会に出ることができなくなった』とネット掲示板で書き込んでいるようだよ。僕としてはもう一回遺想物を本人に返してみたいんだけど、学会から止められてるからできないのが残念で仕方ないんだ。どうだい、素敵なプレゼントだろ?」
「全然」
BBQのプレゼントの方が、遺想がこもっていない分まだ可愛げがある。こんな人に期待した自分がバカだった。撤兵は遺想物を服の裾で持って箱に収め、ナゲットに突き返す。
「要らないっす」
「えー」
「えーじゃないっす」
数年ぶりにウキウキする聖夜が送れると思ったのに、とんだ期待外れだ。撤兵は飯までふて寝してやろうと二人に背を向ける。
「ご飯できたら起こして」
「あいよ」
さすがにからかいすぎたと思ったのか、BBQはなにもいわずに返事した。だがしなびた背中を前にすると、もう少しだけからかってみたくなる。そのまま出て行こうとした撤兵に、
「今日は七面鳥の丸焼きを作るからね」
と声をかける。彼の肩がわずかに上がった。
「昼から仕込んだビーフシチューもある」
続けていえば彼の足が止まる。
「あとケーキも作ったし、クッキーやらフィナンシェやらの菓子類も沢山あるよ。ローストビーフとか好きだろう? 料理を手伝ったら、あんたにちょっとだけ融通してやるけれど、寝るなら仕方ないわね」
「やる」
短く応え、撤兵は喜色に満ちた表情で振り返った。
「俺、前からこの家の役に立ちたいと思ってたんだ」
「そうかい。なら頼むよ。台所にはマスタードがいるはずだから」
「分かった」
先刻とは打って変わって軽やかな足取りで撤兵は台所に消えていく。食べ盛りの青年のなんと単純なことか。BBQはその背を見送ると、自分はソファに腰を下ろす。
「大学生ってみんな、彼みたいに頭が緩いのかな」
「可愛げがあって良いじゃありませんか」
ホットミルクをすする主人に、BBQは片方の口角を上げてみせた。出窓から見える鹿のイルミネーションが雪を落とす空を見上げていた。明日には腰の高さまで積もるだろう。御馳走に恵まれほくほく顔の学生が雪かきを命じられる朝まで、そう時間はない。
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