No.1321 縁呼ばい

縁呼えにしよばい≫

※本件は呪いと関係があるとされているが、真偽は定かではない。可能性として完全に排除はできないが、遺想学会として呪いの存在を肯定するものではない。


1.媒体と効果

 遺想物の本体は白地に黒糸と赤糸で刺繍が施されたお守りである。身隠しの際に流された少年の持ち物であると考えられるが、特定は不可能であった。所持した人間の精神を蝕む効果を持つが、詳細は分かっていない。

 また稲呑村は先日の水害により呑まれてしまったために現物の回収はできず、現在は行方不明となている。探索は多分なリスクが考えられるため固く禁ずる。


2.稲呑村の歴史

 稲呑村には御洗い様と呼ばれる龍神と、それを守る赤赤坊(天狗)がいるとされている。気性の荒い神々が収めるその山に入るときは、「御免」と謝意を唱えなければならず、いつしか山は御免山と呼ばれるようになった。また御免山の川は流れが急なわりに川幅が狭いためよく氾濫し、過去に近隣の村が一つ飲まれた記録がある。現在では田食良川ダムの建造を始めとした治水工事が行われたことで、被害が大きくなるケースは減少傾向にある。

 稲呑川の近隣に位置する稲呑村には、『花送り』と『身隠し』と呼ばれる、御洗い様の怒りを鎮めるための因習があったことが確認されている。

 『花送り』とは御洗い様に嫁を捧げることで荒ぶる神を鎮めようとするならわしで、未開通の若い少女が選ばれた。『花送り』に選ばれた少女は、村の最北にある閨で一カ月過ごし、この間外との関りは断絶される。古くは嫁は殺され、閨に遺体を置くことで『花送り』とされていたが、時代の変遷と共に廃れた。花送りの期間は歴史上様々な時間が設定されたが、長期に渡って閨に隔離した嫁が次々に精神を病み、村から女性が減ったことで共同体の存続が難しくなったために、1カ月という期間が設定された。最新の記録では、『花送り』が行われる期間は、12月1日から1月1日までの32日間である。

 一方『身隠し』は16才になった少年に荒れる川を渡らせるならわしだ。このならわしは世界各地で見られる度胸試しの意味を含んだ成人の儀と、もう一つ、村の中から御洗い様を守る天狗を生み出すという2つの目的がある。正確には1月1日から12月31日までの間に16才になる少年は、前年のはじめから山を守るための修行を行い、翌年の6月、雨によって氾濫した稲呑川の川渡りに挑むのである。御洗い様に認められた者は川に呑まれて赤赤坊となり、生き残った者は村を守る者として役目を果たすことを求められる。つまりこのならわしは、本質的には川を渡ることが目的ではなく、川に呑まれる者を生み出すことが目的となっていたと推測される。

 赤赤坊は元々、山中で行方不明になった者が御洗い様の御遣いとして召し上げられたものという考えがあり、また赤赤坊には山も守ることで神の怒りを鎮める役割があるとされていた。余談だが、『身隠し』という言葉は日本の一部で「葬礼の際に死んだ人間を隠す」意味で使われていたが、ならわしとしての『身隠し』と関連があるかは不明である。

 また、報告によれば『花送り』と『身隠し』に参加する者の親は、自分の子らを思い手作りのお守りを渡していたという。


3.報告

 以上を踏まえ、蒐集家・桧垣慧日と自称霊能者・灯籠蜜愛丸は以下の仮説を学会に報告した。

 霊能者としての観点からいえば、そも御洗い様が悪神である可能性を否定するものはなく、御免山で数多く起こっていた神隠しや水害を鑑みると悪神であった可能性が高い。また御洗い様が祀られている社に入ることは何人にも許されていないため、祀られているモノが代ろうとも気づけるものではない(灯籠蜜)。

 遺想に携わる者としての観点からいえば、『身隠し』は極めて非人道的な因習であり、参加した少年らの遺想がお守りに依った可能性が高い。また呪いや霊の存在を仮定した場合、凄惨な死を遂げた『身隠し』の魂が死して尚現世に残り続けた可能性もある。独自の調べによれば『花送り』がまだ少女を殺害していた時代には、殺害後少女を裸にして残った者は焚き上げていた。お守りが遺想物であることを加味すると、遺想は同時期に既に行われていた『身隠し』の少年らと共に流されたお守りであると考えられる。最後に桧垣と共に稲呑村にいた青年が、『身隠し』の被害者と思しき少年から「御洗い様などとっくにいない」という趣旨の話を聞いている(桧垣)。

 上記から桧垣・灯籠蜜の2人は本件の全貌をこう予想する。本件は『身隠し』によって無念の死を遂げた少年たちの怨霊と、彼らの遺想が宿った遺想物によって起こった。怨霊は赤赤坊として御洗い様を守るどころか、深い憎悪を抱いた怨霊として御洗い様を殺し、祀られるモノに成り代わった。村人はその事実を知らないために、祀っているモノが御洗い様だと信じて『花送り』を続けていた。また『花送り』の少女らが気を違ってしまうのは、怨霊はその激情を鎮めるために一人の少年として姿を現して、少女らと積極的に関りを持とうとしていたからと予測される。想像の範囲を出ないが、お守りは怨霊が少女に貸し与えていた物で、少女の気が触れたのは遺想にあたったからではないだろうか(※この点について灯籠蜜は否定しており、怨霊の瘴気にてられたせいだと主張した)。

 最後に、氾濫と土砂崩れによって稲呑村が呑まれたことについても2人から仮説を報告されたが、混乱を防ぐため情報は伏せ、本ページを閲覧した方々にも軽率な発信は控えてもらいたい。我々遺想学会は因習によって命を奪われた少年少女の安寧を心から祈っている。

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