6 幕間
「なーんかこじらせてそうな二人っすね」
都と兜のやり取りを思い出しながら、撤兵は天井を仰いだ。
「ここに来るのはこじらせたやつばっかりだよ」海老原は苦笑した。「でもお前をこき使ってる男よりはマシだろ」
「あれはこじらせてるっていうか、性悪でしょ」
ここ一カ月ほどの出来事を思い出した途端に撤兵の目が遠くなる。オブジェのように一点を見つめて動かなくなった撤兵を放っておき、海老原はマスタードに先ほど撮った写真について尋ねた。
「あの写真はもう送ったのか?」
「ええ。すぐもしないうちに反応が来るはずよ」
「仕事が早いな。俺は学会と馴染みのサルベージを当たってみるよ。事件を引き寄せるコインについて、なにか知ってるやつがいるかもしれん」
「え? もう調べてあるんじゃないのかい?」
きょとんした表情でマスタードは聞き返した。
「……なんでそう思うんだ?」
海老原は撤兵をどけて机の下から煙草を取り出すと火をつける。どこか気まずそうな海老原に、マスタードは続けてこう聞く。
「だってさっき、ヤノさんは兜さんの名前を聞かなかったじゃない」
「……それだけか? お前はちょくちょく言葉が少ないんだよ」
「だって伝わるでしょ」
「坊主に伝わらねえ。なあ?」
急に回ってきたお鉢。伝わってこないのは事実なので、撤兵は黙ったまま頷く。
「大層なお話じゃないわ。客商売をしている人間が、お客に名前を聞かない理由は一つ。覚えてるからよ。それに兜さんは『コインは回収しなくていい』っていったわ」
「なんか変なの?」
「ここは古銭屋よ。売買をする場所で『回収』なんて言葉が出て来るのは変よ。あの人は明らかに、都ちゃんのコインが何で、ここがどんな場所化を知っていた」
「はあ……お前、探偵の才能あるんじゃねえか。上行って弟子入りしてこいよ」海老原は紫煙混じりの息を吐く。
「嫌よ。今の仕事気に入ってるもの」
そういってマスタードは海老原の答えを仰ぐように彼を見つめた。彼女もまたBBQと同じく、見る者を不安にさせる瞳をしているので、海老原は居心地悪げにそっぽを向いたが、すぐに誤魔化しても意味がないと悟ったのか口を開いた。
「そうだよ、あの男――奈多は半年くらい前に一度こっちに来てる。そのときは現物じゃなくて、写真を持って来てたがな。そのときに牛酪さんの話も聞いてる。いや、名前と姿を見たのは今日が初めてだぞ。奈多は探偵だっていってたろ。仕事の都合で色んな場所に行くもんで、呪いやらド田舎の風習やらと度々関わるそうだ。遺想物に関してもそうやって知ったらしい」
「なんで隠してたんすか?」
「別にお前らに隠してたつもりはねえよ」
「ならもうコインについても分かっていて、その上でなにか、都ちゃん本人にとって都合の悪いことがあるのね」
「いや、それが分かっていない。恐らく遺想物を知ってる人間の手を渡ってないから、まだ情報が洗われていないんだろう。んで、物が物だろ? 野放しにしちゃおけんと思って遺想学会にも報告はしてあるんだが、なにせ人がいない上にどこにでもあるコインなもんで結果が芳しくない。学会経由でサルベージにも掛け合ってみたんだが、あそこは金にならない仕事は受けねえって連中が多くてダメだ。で、そのときは結局、俺が最初にしたみたいな説明を奈多さんにして、コインを預かる提案をするくらいしかできなかった。まあ直るか分からねえならいいつって、そのまま帰っていったよ。それに、」
そこまでいうと、海老原は不意にマスタードから視線を外した。なにかと思い彼女が視線の行方を追うと、再び店に来客があったのが分かった。玄関マットに立つ恰幅のいい男性に向かって海老原は親しい態度で片手を上げる。
「よお、おやっさん。久しぶりだな。連絡もなく珍しいじゃねえか」
次いで二人に小声で、「――悪ぃな二人共。また後で話す」
「分かったわ。あたしは裏のお部屋借ります」
「おう。空調ついてねえからいじれよ。坊主、お前はどうする」
「えーっと。なにしたらいいすか?」
「そうさなあ。じゃあさっきの二人の様子見に行ってくれ。二階は仕切り壁があるだけのワンフロアだから、バレないように気をつけろよ」
「分かりました」
仕切り壁のワンフロア、というのは撤兵にはあまり想像がつかなかったが、行けば分かるだろう。客の対応を始めた海老原の声を背に、撤兵は昔の日本城にあるような階段を四つ足でのそのそ上った。
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