6 ことの顛末
後ろの席に乗り込んだ安納と舎弟は、シートベルトを締めるとすぐに遺想物について話し出した。
「今回の遺想物は結構でかいんですわ。小物やなくて蔵でね――バベちゃん、そこ右な――この辺の地主で
途中途中でナビゲーションが入るので、いまいち内容が入ってこなかったが、なんとなくあらましは理解した。撤兵ははじめオカルト番組でも見ているかのような気分で話を聞いていたが、自分がこれからその現場に行くことを思い出し、なんともいえない寒さを覚えた。大抵の場合、体調不良を伴う心霊現象の正体は、硫黄ガスを代表とした自然の力によるものといわれるが、撤兵にそれらを解明する知識はない。ダウンジャケットで包んだ腕をさすると、隣で舎弟の男が笑った。
「なんや自分、怖いんか?」
「いや別に」
「強がらんでもええって。な、怖いんやろ? な?」顔をぐいぐい近づけ茶化す舎弟。兄貴分と同じ糸目の彼は、どんなに近づいても瞳が見えない。目を開けているのだろうか。
「うるさっ。ていうかお兄さん誰なんすか。名前聞いてないんですけど」
顔を背けながら聞くと、舎弟はよくぞ聞いてくれたといわんばかりに胸を逸らして答える。
「僕は
「……二番がいるんですか?」
「…………」
いないらしい。微妙な空気が流れたところで、すかさず安納が白石の横っ面を引っ叩く。「こんボケェ!」「アイタァ!」暴力が日々居場所をなくすこのご時世によくやるものだ。
安納は気を取り直して、「呼ばれた現場には即急行っちゅうんが俺のモットーですさかい、連絡を受けた俺は急いでサウナを出て水風呂で整えてコーヒー牛乳で一杯やってからこの河鹿島村に向かいましたわ。俺たちが行ったときは宝はんが倒れてはって、嫁はんに話聞いてもうこりゃあ俺らがどうにかしてやるしかない! そう思いましてん」
「嫁はん、どえらい美人やったからなあ!」「じゃかあしいッ」「イタァ!」
「夫婦には嫁はんそっくりのお嬢ちゃんがおるんですが、怯え切ってもう可哀想で可哀想で。数珠やらお札やらぎょーさん抱えて蔵に突入したら、いやー参った。白石と一緒にバタンキューですわ。それで俺たちありゃ悪霊ちゃう、遺想物やって気づきましてん。だってね、だってね、もしあれが悪霊の仕業だったら、この天才霊能者安納王彦が気絶なんかするはずないんです! なぜなら俺は天才霊能者、安納王彦やから!」
名乗りと同時にどこからか出した扇子を開く安納。予想通り白石からは「兄貴かっけぇ!」の歓声が飛ぶ。
「まあそういうわけで、あの蔵は遺想物やと気づいた俺はナゲット先生のお宅に電話することにしたんですわ。ナゲットはんはレッカー界でいうたら俺と同じくらい優秀な方ですから。まあ実際に電話に出たんはダメ大学生の坊ちゃんやったけど」
「なるほど、そういう経緯だったのか」
ナゲットは顎をなで二、三度頷いた。それから後部座席を振り返りちょいちょいと指で安納を招く。つられて身を乗り出す安納の胸倉を引き寄せ、
「前からいってるけどねッ。私はッ、
「すんまへん、うっかり、うっかりーっ」
物凄い剣幕で怒鳴り散らすナゲット。初めて見る雇い主の凶暴な一面に撤兵は口端を引きつらせる。レッカーという言葉の意味は分からないが、とりあえずナゲット相手には使わない方がよさそうだ。ぐったりする安納とそれを介抱する白石をしり目に、撤兵は席の端によってできるだけナゲットから隠れるように座りなおした。
「ちょいと白石。兄貴が使い物にならないんなら、あんたが案内おしよ。こっからどう行けばいいのさ」
BBQに命じられた白石は前方に目を遣り、「そこの角を左ですわ、姐さん。そしたら塀に囲まれたでかい家が見えますさかい。話はつけてあるんで、敷地ん中に乗り入れてええです」
「あいよ」
指示通り数メートル先の角を左に曲がると、白石のいう通り一軒家が二軒連なった奥に土塀が伸びているのが認められた。一同は乗車したまま深い茶色の立派な数寄屋門をくぐる。左手にはカーポートがあったが、既に軽トラが一台とファミリーカーが一台停まっていて、停められそうなスペースはなかった。とはいえ玄関のすぐ正面に停車させるのも失礼に当たる。迷った末、ランクルはカーポート寄りの位置に軽トラと対峙するような向きで停められた。
「あ、着きましたのん?」舎弟の膝枕を借りていた安納は、すっかり調子を戻した様子で我先にと外に飛び出していく。無論兄貴分が続けば舎弟も続く。「やぁやぁやぁやぁ、皆さまお疲れさまでしたっ」
「調子のいい人ねぇ」
まるで我が家でも紹介するかのような勢いの安納に苦笑しつつ、残る三人も車を降りて外に出る。一時間と少しぶりの地面だ。雨脚は一時的に弱まり、よほど神経質な人間でもない限り傘を差すほどではない。撤兵は大きく伸びをすると、改めて敷地内を一周見渡した。正面に構える純和風の平屋は、平屋と呼ぶのが申し訳なくなるくらい立派な造りの邸宅だ。車庫側には縁側があり、天気が良ければ日向ぼっこでも楽しみながら将棋を打てるだろう。松や盆栽があってもおかしくない雰囲気だったが、河鹿島村の気候を考えると植物を育てるのは難しいのかもしれない。
「問題の蔵はあれだね?」
ナゲットはそういって車庫とは反対方向の庭を指さした。つられて振り返れば、そこにはいかにも不思議なことが起こりそうな古びた土蔵が建っていた。湿気にやられカビと苔に侵されたそれは、わざとらしいまでに不気味だった。
「いやあ、一体どんな危険が待ってるんだろうか。どこぞの大学生がいっぺん死んじゃうくらいだったら面白いんだけど」
質の悪いナゲットのひとりごとに、どこぞの大学生は耳を塞いだ。暗雲をバックに鎮座する土蔵。ゴロゴロと唸る雷鳴が蔵で聞こえるという男の声を彷彿とさせた。
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