5 ダメダメダメダメ……
怒れるメイドの殺人ブレーキによって撤兵がたんこぶをこえさえてからニ十分ほど後、ようやく一同は河鹿島村に到着した。その間、ナゲットが撤兵を十五回子馬鹿にし、それに撤兵が十六回いい返し、BBQが三回沸騰した件については割愛する。トリオの息は会って二日目にして早速揃いつつあった。
「さ、もう河鹿島村に入ったよ」しとしと降り始めた雨が本降りになった頃、BBQがいった。
撤兵が窓から辺りを見回すと、薄汚いベニヤ板がガードレールの向こうにある草地に放り投げられているのが見えた。わずかにこびりついたペンキから察するに、『ようこそ河鹿島村へ』と描いてあったのだろうが、今日のような雨に長年晒されたのだろう。もはやしっかり読めるのは『うへ』の二文字だけである。
「うへー。相変わらずしなびた村だね」
悪気もデリカシーもないナゲットのセリフだが誰も注意しない。ちらほら見え出した家屋は今にも朽ち果て土に還りそうなほど古ぼけていて、とてもじゃないが「しなびてなんかないじゃない」とはいえない。しいていうなら、しなびているというよりか根腐れしているといった方が、この泣き虫の山神に守られる村には相応しいかもしれない。それから更に十分ほど車を走らせると、山は開け一応村らしい場所に出た。撤兵はロントガラスに視線を移す。前方に広がるのはいかにも湿っていそうな畑たちで、黄味がかった葉っぱが所狭しと植えられている。撤兵にはそれがなにかは分からなかったが、水はけの悪い土地でも育つ野菜であろうことだけは予測がついた。それから畑の中にはビニールハウスが少々と、畑の持ち主である農家の家が点在していた。
ランドクルーザーが乗っかっているあぜ道は割と広く、車二台がすれ違っても余裕がある。その道がどこに続いていくのか追っていくと、撤兵は数十メートル先から走ってくる人影を認めた。紺地に赤い花のプリントされた派手な柄の傘を差したその人物は、水たまりをものともせずこちらに向かって走ってくる。BBQは車を一旦道の端に停め、三人は走ってくる人影を観察した。畑二個分ほども近づけば人影の正体がはっきりしてきた。
「――大道芸人?」傘を差しているのは、派手な柄のスーツを着た若い男だった。眉をひそめる撤兵にBBQが笑う。「違うけれど、生きざまは間違いなく」「え……。知り合い?」類は友を呼ぶというやつだろうか。
大道芸人は緩んだ土に足を取られ段々失速しながら、なんとかランクルの傍までやって来ると運転席の窓を叩いた。撤兵はそのときになってようやく、傘を差してるのは走って来た男におぶられた別の男であることに気がついた。
「やあやあやあやあやあ! お二人共ご無沙汰してますぅうぅ」
ノックに応えて運転席の窓を開ければ、歌うま芸人として活躍できそうな声量とビブラートの利いた声が隙間から鋭く飛び込んでくる。喋ったのはおぶられている方の男だ。撤兵は助手席と運転席の間から男たちの様子を窺う。おぶられている男の印象は、簡潔にいえば胡散臭い。真ん中からぴっちり分けた黒髪は一瞬清潔感のある営業マンを彷彿とさせるが、後ろで一つ縛りにするほど髪が長いので一般職には就けないであろうことが分かる。顔は絵に描きやすそうで、開いているのか閉じているのか不明な糸目と大きな口が特徴的だった。傘を持つ腕を包むスーツは黒地に太い白のストライプ柄、もちろんパンツも同じだ。全体として老けてはいないが青臭いわけでもない――撤兵は彼の年齢に30代前半と見当をつけた。一方で足役を担っている方の男はまだ20代ではないかと思われた。つむじから色の抜け始めた茶髪と汗を弾く張りのある肌は、撤兵ほどではないが十分若さを感じさせる。とはいえ、学生ではなさそうだ。黒と白の大きな水玉模様のスーツはとてもじゃないが、リクルートスーツには採用されない奇抜なデザイン。大方、ストライプスーツの舎弟かなにかだろう。顔はストライプスーツと同じく糸目だが、水玉スーツの方が目じりの位置が低い。彼がたれ目というより、ストライプスーツの男が釣り目なのだ。
「こんな雨ン中来てもろて、いやあ申し訳ありませんなあ。俺らで解決できれば良かったんですが、いかんせん畑違いやったもんでね。せめてお迎えくらい早くせなと思いまして、靴泥まみれにして走ってきましたわ!」
「兄貴! こん中走って来たん僕やがな」「じゃかあしいッ」「イタァ」
「すみませんねえ」水玉スーツの胸を殴った拳を振りながらストライプスーツはいう。「いつまで経っても口の減らんガキですわ。ところでお二方……後ろの坊ちゃんは誰ですのん?」
突然指名を受けた撤兵は思わず顔を引っ込めたがすんでのところでBBQに顎を掴まれる。「撤兵、挨拶おし」
「こ、子安撤兵っす」
撤兵の名を聞くと、ストライプスーツの男は「ああーっ」と拳で手のひらを打とうとしたが傘で塞がっていたので、水玉スーツの男の手を借りて拳を打った。「君かいな」
「俺はあれや、ほら、電話で話したやろ。泣く子も――」
「ああ!」今度は撤兵が手を打つ番だった。「泣く子も笑うお笑い伝道師!」
「ちゃうわボケっ。黙るや、泣く子も黙る天才霊能者、安納王彦!」
すかさず下の男から「兄貴かっけぇ!」と歓声が上がる。泣く子も笑うお笑い伝道師の方が合っている気がするが、撤兵はとりあえず「そうでしたっけ」と返事を返した。いわれてみれば電話で聞いた男の声と安納の声は一致していた。そうか、あのときの男か。ということは、
「アンタが遺想物を見つけたってナゲットさんに連絡した人?」
撤兵の質問に安納はVサイン。「せや」
「あ、そうだよ王彦君」今の今までスナック菓子を口に詰めていたナゲットが、袋から取り出した一本を安納に向ける。「こんなダメ大学生の自己紹介なんかどうでもいいから、遺想物について教えてよ」
「おーおー。そうですなあ。こんなダメダメ大学生はほっといて、本題入りまひょか」スナックを受け取りながら安納。
「お願いできるかな。雨も本降りだし、車の中にでも入ってさ。こんなダメダメダメ大学生はどうでもいいから」車内を促しながらナゲット。
「分かりました。ナゲットはんの頼みならこのダメダメダメダメ大学生――」
「ダメダメダメダメうるせえぞ、オッサン共ッ!」
どいつもこいつも、俺には容姿ってサイキョーの武器があるんだっつのっ。
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