七つの大旗

@harukimi

第1話 プロローグ

 情報。形のない、最高の武器。その価値は時代とともに向上し、我々人類は、情報を次第に重視するようになっていった。そして現代。あの戦争で、情報が持つ価値は誰の目にも明らかになった。それ以来、国々は情報を手に入れようと躍起になり、それは我が国も例外ではなかった。


 あの日、上官に言われた言葉は今になっても私の意識に深く根を張っている。「知る者には責任が伴う。お前にはその責任が負えるのか。その覚悟はあるのか」


 知る者には責任が伴う。これ以上に、この瞬間の私を表すにふさわしい言葉があるだろうか。



 早く伝えなければ― 思わず、右足に力が入る。低いエンジンの音。パイブリー社の車の加速にはいつも驚かされる。風を切るとは、まさにこのことだ。来月は湖水地方にでも旅行に行こうと思っていたが、残念ながらそれもかないそうにない。せめて愛車で1日だけ、ドライブでもしたいものだ。



 エンジンの音に耳を澄ます。父は今日も車を修理しているのだろうか。母は元気でやっているだろうか。家族にも、もう半年は会えていない。



 その時、私の耳が高い音をとらえた。エンジンだろうか。パイブリー社のエンジンからは聞いたことがない音。どこか異常があるのか。いや、四日前にトムに整備させたばかりだ。あの彼が見落とすはずがない。


 疲れているのかな。やはり働きすぎなのかもしれない。



 だが、異音はいつまでたっても無くならない。それどころか大きく、そして......


 近づいてくる。高いエンジン音はこの車のエンジンの音ではない。バックミラーをのぞき込む。スピードを出した黒い車が近づいてくる。外車だ。だがナンバーは現地のもの。こんな時間に、こんなところで何をしている。まさか麻薬の密輸か?


 情報部には麻薬関係の報告が毎日のように入る。もし、自分が売人側だったら。そう考えると背筋が凍る。


 1から10まで筒抜けな「密売」をして、知らず知らずのうちに証拠をまるまる情報部にプレゼントしている。そんなことは彼らに知る由もない。


 そしてその証拠によって、家族もろとも牢屋行き。まあ、この件に関しては違憲だという声が大きい。だが麻薬の取り締まりというものはそう簡単ではないのだ。


 そもそも行政警察では手に負えず、国家特別警察の管轄となり、それでもらちが明かなかった。結果として、情報部の目の上のたんこぶになったのだ。


 だが情報部のやり方はあまり人に話せるようなものではない。メディアのご丁寧な宣伝も相まって、国民のイメージは情報部=麻薬取締機関になってしまった。


 実を言えば、なってしまったとは言うものの、情報部にはそちらのほうがありがたい。我々の本当の仕事には目が向かないから。


 情報部とは...... 我ながらなんとも恐ろしい組織だ。



 ふと、バックミラーを再びのぞき込む。あの車、崖すれすれを走る道をこんなにスピードを出して運転するなんて、狂気の沙汰だ。やはり麻薬の密輸でもしているのだろうか。それとも......



  違和感、とはこういうことなのだろう。おかしい。何かがおかしい。あの車、ただ急いでいるわけではない。急ぐなら近道の、パリスの道を通るべきだ。たとえ知られたくないものを運んでいても、外から見られてばれるわけでもない。第一、こんな道を通るのは、人目につきたくない私のような人間だけだ。それにこの先には検問所もある。そんなこと誰でも知っているはずだ。それなのに、どうして......



 みぞおちが痛くなる。冷汗が浮かぶ。はっとした。あの車の目的は、私だ。しまった。距離を詰められた。気づけば15メートルほどのところまで迫っている。なぜ、どうして私がここを通るのを知っているのだ。



 私は裏切られたのだと気づいた。この仕事をしている人間にとって、最悪の屈辱だ。後悔の念が押し寄せる。だめだ。振り切れない。バックミラーから、窓が開くのが分かった。



 身体に思わず力が入る。その刹那。開いた窓から、白い光と冷たい銃声が私を襲った。割れる窓ガラス。肩や右腕が焼けるように痛む。道は大きく右へ曲がっている。腕が動かない。ハンドルが回せない。あっという間にガードレールが迫る。ハンドルを切らなくては! 右腕に渾身の力を込める。




 その瞬間。鈍い音とともに車が浮いた。破られたガードレールがダッシュボードに乗っているのが見える。低いエンジン音が響いている。割れた窓から、吸い込まれそうになるほど大きな月が見えた。愛おしいほどに美しい、満月だ。





 ―そして夜空は消えた。ダッシュボードに乗っていたガードレールが激しく岩にぶつかり落下していく。


 それは、私の乗るパイブリー社製TX-4900にもうすぐ起こることだった―



 

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