六月のペット吹き 🎺

上月くるを

六月のペット吹き 🎺




 春が遅かったのに、梅雨はやけに早くて、なんなんだよ~、この天気は……。

 手に黒い楽器ケースを持ったでっかい男が、むっつりして公園を歩いています。


 ふだんは感情をおもてに出さないタイプなのですが、今日ばかりはいささか……。

 というのも、出がけに妻と少しもめ、そのうえ目的の場所が使えなかったからで。



 ――フルートはいいよな、どこでも練習できるんだから。💄

   そこへいくと、こちとらは、そうはいかねえんだよ。🎧



 命より大事な(笑)トランペットですが、音のでかいのが玉に瑕で、コロナ以降、演奏会が開けなくなり、その分、いっそう腕を磨いておく必要があるのですが……。


 地元の交響楽団に所属する半プロのユキオは、職場のシフトで夜勤がない期間しか練習できないのですが、いつもの川原に行ったら釣り人が多くて撤退せざるを得ず。


 ほかに適当な場所も思い浮かばないので、つい音楽堂公園へ足が向いていました。一般市民が憩う公園でペットの練習など無理と分かってはいたのですが、つい……。



      🌳



 ところが、少し前まで満開でミツバチをよろこばせていた花が咲き終え、やさしい若緑の葉っぱが生い茂る藤棚のベンチに腰をおろしてみて、あれ? と思いました。


 人影がまったく見当たりません。

 ほうきで掃いたようにみごとに。


 ユキオはごくっと唾を飲みます。

 もしかしたら……いけるかもな。


 叱られたら叱られたときと覚悟を決め、ケースから楽器を出して吹き始めました。

 最初はオズオズ小さめに、しだいに大きな音で、ペットは軽快に響き始めました。


 遠くのほうで人影が動いたような気がしましたが、ユキオはもはや遠慮しません。

 大好きなルイ・アームストロングの『Mack The Knife』を思いきり吹いています。



      💃



 すると、どうでしょう!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

 いつの間にか現われた人たちが、みんな楽しそうに踊り始めたではありませんか。


 小粋な帽子のおじいさん、オシャレなドレスのおばあさん、乳母車を押す若夫婦、自転車の高校生カップル、スケボーの少年、それに犬や猫、スズメやムクドリまで。


 藤棚の周辺は愉快なジャズライブの会場となり、うすく頬を染めたユキオが高らかに最後の一節を吹き終えたとき、タイミングよくポケットのスマホがふるえました。


 取り出してみたユキオは「うわぉ、ブラボー!」と叫びました。

 3年前から延期になっていた演奏会復活を知らせるメールです。


 同時に、出がけに言い争って来たフルート奏者のマッコからも着信がありました。

 子どものいない家庭でユキオは心から妻を愛し、大切に大切に思っているのです。



  ――あなた、演奏会の復活おめでとう!🎊 

    今夜はワインで乾杯しましょうね!🍷



 よおし、待ちに待った第二楽章がいよいよ始まるんだな、マッコ、がんばろうな。

 大事なトランペットをケースに仕舞うユキオの肩、少しふるえているみたいです。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

六月のペット吹き 🎺 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ