解答編

京介きょうすけ、時間切れだ! 俺の勝ちだな」

「僕が計算を間違うなんて……」


 京介は悔しそうな表情で頭を抱えた。

 はじめたけしをキッとにらむ。


「武君、一体どこに隠したんだよ!」

「もうすぐ授業が始まるし、返してやるか。先生に告げ口されても困るしな」


 武は掃除用具入れの上を指差す。


「元、椅子を持ってきて見てみろ」

「掃除用具入れの上……?」


 元は近くにあった椅子を借り、椅子の上に立った。


「あ、僕の教科書!」


 背の高い武なら、ジャンプすれば見える場所。

 しかし、京介や元にとって完全に死角となっていた。 


「そういうことだ。俺の方が一枚上手だったな」


 元は掃除用具入れの上に手をかけ、教科書を取ろうとした。

 その時――、


「待て。賭けはまだ続いてる」


 京介が怪しい笑みを浮かべており、武はギョッとした。 


「京介、予鈴が鳴るまでの約束だ。五分前のことも忘れたのか?」

「もちろん覚えてる。君が勘違いしているようだから、教えてあげたのさ」

「何言ってるんだ?」


 京介が教室の時計を指差す。


「よく見ろ。予鈴が鳴るまであと一分ある」


 時計を見た瞬間、武の体が固まる。


「……なぜだ。さっき予鈴は鳴ったぞ」


 京介は、四分前に机に置いたスマホを手に取る。


「さっきの予鈴は、僕が開発中のアプリで鳴らした偽物だ」

「何っ!?」

「テストのために、色んな音を録音していたのが役に立ったよ」

「あれが、録音した音だと……」

「このアプリは高性能だからね。本物と勘違いしても不思議じゃない」


 京介は自慢げにスマホを見せつけた。


「君なら、僕たちの悔しがっている演技を見て、得意気に隠し場所を明かしてくれると思ってたよ」

「京介君。僕は演技でなく、本当に悔しがってたんだけど……」


 元の頭に疑問が蘇る。

 

「制限時間を短くしたのも、このトリックのため?」

「ああ。このアプリなら授業開始のチャイムも鳴らせる。だが授業が始まったのに、先生が来てなかったらおかしいと思うだろ?」

「たしかに! 偽のチャイムと気づかれるかもしれなかったんだね」

「その通りだ」

「もう……最初に作戦を教えててくれたら、こんなにハラハラしなかったのに」


 元はホッと胸をなでおろした。


「さて武。君が隠し場所を知ってた理由――それは君が隠したからに他ならない」


 京介が一歩近づくと、武は後ずさった。


「……俺は隠し場所なんて言った覚えはない。元が自分で見つけただけだ」

「おっと言い忘れてた。実は僕たちの会話もずっと録音しているんだ。忘れたというなら、さっきの会話を再生しようか?」

「いや、その……」


 武は目を泳がせながら、必死に言葉を続ける。


「ジャンプした時、たまたま教科書が見えたんだよ! それをお前たちに教えてやったんだ」

「へえ。親切心で言ったと」

「そ、そうだ! 俺がやったという動かぬ証拠を見せてみろよ」


 教室のざわめきが段々と大きくなっていく。

 元はあきれた表情で言う。


「往生際が悪いね、京介君」

「いや、武の言うことも一理ある」

「へ?」


 元は大きく目を開いて驚いた。

 京介は元の背中をトントンと叩く。


「元、僕にも掃除用具入れの上を見せてくれないか?」

「いいけど……」


 京介は元の代わりに椅子の上に立つ。

 掃除用具入れの上を眺めながら、スマホでパシャリと何かを撮影した。

 素早い手つきでスマホを操作した後、京介は今日一番の笑みを浮かべる。


「武。残念な知らせだ」

「え?」

「掃除用具入れの上は、頻繁に掃除する場所じゃない」

「それが?」

「だから、たくさんホコリが積もってる」

「何が言いたい?」

「君が教科書を隠した時、掃除用具入れの上に手をかけたのだろう。だから――」


 京介は、撮影したばかりの写真を武に見せつける。


「手形がはっきり残ってたよ。これだけ大きな手形をつけられるのは、クラスで一番体の大きい君以外にあり得ない」

「……そんな」

「これが動かぬ証拠だ。もう言い逃れはできないぞ。僕の勝ちだ」


 京介が言い終わった瞬間――学校中のスピーカーから予鈴の鐘が鳴る。


「くそ……」


 武はガクッとヒザを折った。


「約束通り、くだらないことは二度とするなよ」

「……分かったよ。悪かったな!」


 武は転がるように教室の外へ逃げていった。

 教室のあちこちから歓声が上がる。


「京介君、本当にありがとう!」

「おい、元。危ないって!」


 元は京介に抱きついた。

 椅子の上に立つ京介は、バランスを崩しそうになる。


「でもおかしいな? 掃除用具入れの上には、僕が触った時にできた小さな手形しかなかったけど……」


 首を傾げる元。

 京介は人差し指をそっと唇に当てる。 


「だから言っただろ。『なければ作り出すだけだ』ってね」


 IT少年探偵は、慣れた手つきでスマホを操作し、写真を加工するアプリを閉じた。



 ***



 あれから武は随分大人しくなった。

 約束をきちんと守っているようで、京介は彼を少し見直した。


「ようやく静かな教室になったな」


 昼休み、京介はいつものようにランドセルからキーボードを取り出す。

 その時――元が大きな声を上げながら席に近づいてきた。


「京介君、大変だ! 隣のクラスで事件だよ」

「それが?」

「君に解決してほしいって」

「なんでそういう話になるんだよ」

「知らないの!? この前事件を解決した時のこと、すごいウワサになってるんだよ」


 元に腕を取られ、京介は教室の外へ連れ出される。


「おい、何するんだ!」


 どうやら、貴重な休み時間を邪魔する存在がまだいるらしい。

 京介は友人と一緒に廊下を駆けながら、口の端をわずかにつり上げた。

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IT少年探偵京介;予鈴じかけの本探し 篠也マシン @sasayamashin

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