またの初恋

王生らてぃ

本文

「これが初恋かもしれない」



 というのが流花の口癖だった。もう50回は聞いた。わたしも昔言われたことがある。



「初恋っていつよ」

「今まさに! だって先輩、めっちゃ素敵なんだもん〜」

「どんなところが?」

「まず髪がまっすぐでしょ?」



 昔は癖のある髪の毛が好きだって言ってなかった?



「それに、目がきりっとしてるでしょ?」



 前は目元が丸くて可愛い人が好きだって言ってなかった?



「あとあと、背が高くて〜モデル体型なところも素敵!」



 この間は背が小さくてふわふわした子が好きだって言ってなかった?



「もう、これは恋……だね。初恋」

「そうだね」

「絶対恋だよ」

「うん」

「恋……ってこと……!?」

「そんなに好きなら告白してきちゃえば?」

「ええっ」



 流花は急にしおらしくなり、顔を真っ赤にして、両手で顔を覆った。



「でも……女子に告られても、先輩、先輩に……嫌われたくないし……」

「でも好きなんでしょ?」

「うん……」

「だったら告白しなよ。真剣な気持ちが伝われば、その先輩もきっと……」

「でも、女同士で恋愛なんて、ヘンでしょ……」

「ヘンじゃないよ」



 今更何言ってるんだ。

 で、この後わたしが慰めて、背中を押して、うじうじしてる流花を焚き付けるまでだいたい二、三日。それで結局告白するところまでが、いつものパターン。もう何十回もやってる。今回もどうせそのパターンだ。



「愛海に相談してよかった〜。ありがとう」

「まあいつものことだし……」

「この初恋、絶対成就させるからね。それが愛海への恩返しになると思うから」

「別にならないけど……まあ頑張って」



 初恋初恋って、今まで何回初恋して、何回それをやり直してるんだろう。ひょっとしてこの子は記憶喪失症か何かなのか、それを指摘したらなんだか取り返しのつかないことになりそうなので、わたしはあえてそこには触れないでいる。



「じゃあ、また明日ね。ありがと、愛海」

「さよなら……」



 道を分かれて、駅の方へうきうきと子どもっぽく走って行く流花の姿を最後まで見送らずに、わたしも振り返って自転車を漕ぎ始めた。



 あの時、今日みたいな夕焼けのきれいな日に、わたしに勇気を出して告白してくれたことや、この自転車の後ろに乗せてあちこち出かけたことも、愛海は忘れているのか、それとも無かったことにしたいのか、それはわからない。

 でも、それに触れるのはなんとなくしない。わたしは、誰かに恋をしている流花のことも好きなのだ。それが、自分でも、他人でも。



 流花は何十回目かの初恋を楽しんでいる。

 わたしの初恋は、まだ終わっていない。

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またの初恋 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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