第40話 男子会と女子会



 セスとアーノルドの相部屋は二段ベッドと共有の机、それとクローゼットと呼べるものがかろうじてあるような小さな部屋だ。

 そこに筋骨隆々の騎士たちがたむろしていた。

 セスは思わず開けた扉を閉めそうになる。


「なにごとですか?」

「彼女について詳しく聞かせてもらうぜ、セス」


 奥を陣取っていたマイクが、にやりと笑いかけた。手元の瓶を掲げる。


「ほら、酒もあるし!」

「いえ、僕はお酒弱いので結構です」

「んだよぉ。洗いざらい吐かせようと思ったのに」

「ええ……」


 セスはちらりとベッドに座るアーノルドに視線を遣った。既に酒瓶を貢がれている。買収されていた。

 彼は普段なら、困惑するセスを助けてくれる側なので、セスはちょっと意外な面持ちでアーノルドを見た。

 仕方なく、マイクに手招きされるまま部屋の奥へ進む。既にコルクを開けている騎士たちは、思い思いに質問を口にする。


「どこで出会ったんだ? あんな美人と!」

「追いかけてくるってことは相当惚れられてるよなぁ」

「って言うかスカーレットの女友達とかいねぇの? 紹介してくれ!」


 ええと、とセスは返答に迷った。

 建前上は恋人であるが、あまり勝手にセスが話しては彼女に迷惑だろう。

 それに、友達かどうか分からないが、スカーレットの女友達は大体スカーレットのファンなのでは? セスは赤薔薇の会の面々を思い浮かべた。


「王都の女の子ってやっぱり美人が多いのか?」

「どの辺が好きな訳?」


 酒の臭いがする男たちに詰め寄られ、セスはまごまごと身を縮めるのであった。




 一方、スカーレットはエルダと同じ部屋へ通された。

 女性騎士が少ないこともあるが、エルダが希望したからだ。

 笑顔で迎え入れたエルダを、スカーレットはじっと見つめた。エルダは口元に笑みを湛えたまま、小首を傾げる。


「どうかしたかしら」

「いや! すまない。誰かに似ていた気がしたから」


 スカーレットは慌てて弁明した。エルダの、不思議な親しみを込めた眼差しに、既視感を覚えたのだ。

 エルダは目を見張った。


「変なことを言ってしまってすまない」

「──いいえ」


 エルダは息を小さく吐いた。


「改めまして、わたしは『天啓』の魔法使いの、エルダよ。よろしくね」

「わたしはスカーレット。特別の魔法は『豪腕』といって、まあ……力自慢という所かな。『天啓』というのは……神のお告げみたいなものが聞こえたりするのかい?」


 スカーレットは、踏み込んで聞きすぎただろうか、と一瞬不安になる。しかしエルダは、スカーレットの直截的な質問に気を悪くしてはいないようだった。


「どちらかと言うと映像を見る。過去と未来、どちらも断片的に知ることができるわ。知る内容は自分で選べるわけではないから、あんまり便利ではないんだけどね」


 なるほど、そういうものなのかとスカーレットは頷く。

 スカーレットがこれまで触れてきた魔法とは、ランプに光を灯したり、光や風を起こしたり、外から変化が見て取れるものだ。

 だから未来や過去を知れる魔法と言うものは、巫女的というか、いかにも神秘的に思えた。

 彼女にとって魔法使いのイメージはセスに偏っている。彼のように技術として魔法を使う姿を「魔法使い」に抱いているので、エルダのように神聖な雰囲気の「魔法使い」に驚いたのだ。

 それからふと、気になったことを口にした。


「その……エルダ、きみも魔法使いとして騎士になったのだろう? その、セスとはよく話したりするのかい?」

「まあ、そうね。色々と込み入った話もあるから」


 何でもないようにエルダは言う。

 そう答えてから、スカーレットの顔を見た彼女は目を丸くした。


「いやだ。なぁに、嫉妬をしているの?」


 クスクスと笑うエルダに、むう、とスカーレットは口ごもった。

 エルダはひとしきり笑うと、ベッドへと腰を掛けた。スカーレットへも着席を促す。それからこっそりと秘密を打ち明けた。


「大丈夫よ。わたし、好きな人がいるから」

「わあ!」

「美味しそうにご飯を食べるハンサムだから、もうその人に夢中だから安心なさい」

「素敵だ! え、同じ騎士の仲間かい? それとも故郷の恋人?」


 スカーレットは好奇心で目を輝かせた。

 エルダは首を横に振った。


「『天啓』で見た未来に、そういう人が映っていたの。一目見ただけでわたしは恋に落ちてしまったのよ……」

「えっ」

「いつか彼に出会う日が来たら、きっとわたしに恋をしてもらうの」


 エルダはうっとりと頬を染めた。


「つまり、まだその人とは出会っていないのだね?」

「そうよ」

「なるほど。恋の形は色々あるからな」


 スカーレットは当たり障りのない反応をした。慣れているのか、他人の反応に興味がないのか、エルダは続けた。


「ま、そういうことだから。そもそもセスはわたしの好みじゃないのよ、ごめんなさいね」


 セスは知らない所で勝手にフラれた。


「どうして!」

「どうしてって……わたしの好みはフェロモンムンムンの男らしい顔なの。ほら、エルフって長生きでしょう? 同じようなエルフ顔って見飽きちゃったのよね。だからセスみたいなエルフ顔はもう、弟とか親戚の子みたいにしか思えないと言うか」


 スカーレットは立ち上がった。拳を握って声を震わせる。


「あ、あの感じが、良いんじゃないか!」


 エルダは目を瞬かせた。


「あの柔らかい銀髪とか! か細い感じとか! 危うげな感じと言うか! でも嬉しい時はちゃんと嬉しそうにしてくれる所とか、抱きしめたくなるものだろう!」

「そうかしら」

「そうなんだ。そもそも私は、『銀髪のふわふわの女の子フェチ』だから、彼の容姿が好みでも仕方ないんだ!」

「あら。変わった性癖ね」


 エルダは歯に衣着せず言った。スカーレットは頬を染める。


「う、うん。変わっているのは分かってるんだ。ただ、言い訳できるなら理由があって……」


 彼女はもじもじと言い訳をした。


「子供のころ、知らない女の子がうちの前に居て……。心配して声を掛けたら、泣きそうな顔で去って行ってしまったんだ。あの悲しそうな顔が忘れられなくて、次に会ったらきっと笑顔にしたいと思って探すうちに、あの子と同じ、銀髪の人は目につくようになって……」


 そうして銀髪自体に好意を持つようになってしまった。

 元々騎士を目指していたが、あの子に出会ってから「女の子を笑顔にできるような騎士になりたい」と意識するようになった。

 性癖を大声で言う必要はないが、今の自分を恥じる気持ちはない。


「可愛い。初恋だったのね」

「う、うん。そうなのだ」


 エルダは目を細めた。


「スカーレット、実はわたし、あなたのことを『天啓』で知っていたわ」

「そうなのかい?」

「ええ。でも、実際に会って話したあなたの方がずっと面白くて素敵ね」


 エルダはそう言って微笑んだ。その親しみを込めた不思議な瞳に、スカーレットは(ああ、)と納得した。

 エルダとどこかで会ったような気がしたが、違った。

 セスが昔の話を零す時の瞳によく似ているのだ。




 セスはやっと静かになった自室に息をついた。

 むくつけき男たちが酒瓶を抱えて床に転がっている。

 すっかり酔いつぶれた彼らを、転がしながら寝かせてやる。


「ひどい目にあった……」

「お疲れ」


 アーノルドがベッドから声を掛けてきた。

 結局彼は、会話に入るでもなく、安全な場所で酒を煽っていた。思わずじっとりと見てしまう。アーノルドが眉を寄せた。


「なんだよ」

「いえ、だって、いつもなら止めてくれるのに、と、思って……」


 セスは口にして恥ずかしくなってきた。これでは子供みたいだ。

 アーノルドもわずかに目を丸くした。

 それから、何故か口角を上げる。手を伸ばしてセスの銀髪を乱暴にかき混ぜた。


「悪かったよ」

「別に……」

「拗ねるなって。俺もお前に聞きたいことがあったんだ」


 セスは目を瞬かせた。騎士たちを転がす手を止めて、ベッドに腰掛ける。

 アーノルドは声を潜めた。


「セスがあいつ……スカーレットを王都に置いてきたのは、戦いに巻き込まないためだろ?」


 戦いとは、いずれ訪れる【厄災】との戦いのことだ。

 セスは小さく頷いた。


「そう、です。それに、彼女には王都で、大切な人と暮らして欲しかったんです。事前に話していたら付いてくるかもしれない、と思って黙っていたんですけど、まさか追いかけてくるなんて」

「いや、あの性格と行動力の奴なら有り得るだろ」

「王都騎士団は彼女の天職なんですよ。辞めると思わなかったんです」


 回帰前のスカーレットが北部の騎士団に居たのは、王都で結婚を迫られていたからだ。セスという恋人がいる以上、彼女が家から結婚を強制されることはない。だから彼女が北部に来る必要はないと考えていたのだ。

 アーノルドは乱暴に頭を掻いた。


「まあともかく、ここに来ちまった以上、あいつも戦いに参加するだろ」


 セスはしぶしぶ頷いた。


「何が起こるか分からない戦いなんだ。今のまま、気まずいのは駄目だろ。ちゃんと話し合っておけよ」

「それは……でも、スカーレットは僕のことを嫌いな方が良いと思いませんか?」


 自分が死んだとき、セスのことを嫌いな方がスカーレットの心は傷が少ないのでは? と彼は考えているのである。

 意図は伝わったようで、あのなあ、とアーノルドは呆れた声を出した。


「お前の為に言ってんじゃねえぞ。お前は勝手に覚悟が決まってるから良いだろうよ。でも残された方は一生後悔するんだよ。喧嘩なんかしなきゃ良かった、もっと優しくしてれば良かった。いや、喧嘩してでも腹割って話し合っておけば良かった、……って」


 言いながらアーノルドは目を伏せた。

 セスは目を見開く。

 アーノルドの父親は生死不明のまま失踪している。それは、目の前で大切な人をなくすのとはまた別の苦しみだっただろう。


「お前がどう考えていようが、スカーレットはお前を追いかけて来たんだ。あいつの人生の為を思うんなら、逃げないでちゃんと向き合えよ」

「向き合う……」


 何を話せば良いのだろうか。

 自分の気持ちでさえ、もう分からなくなっているのに。



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北の砦に花は咲かない 渡守うた @komoriutaho

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