第2話・華のお江戸は恐竜がいっぱい②

 カンブリア紀創業の卵卸たまごおろし問屋『カンブリ屋』は、公儀こうぎ御用達商人の権限を与えられ。手広い商売をしている金融業や材木問屋、米問屋から反物屋まで営んでいた。


 原種家畜恐竜の卵を扱っている、カンブリ屋の今はネアンデルタール人が店をとり仕切っていた。

 カンブリ屋を訪れた恐華が『人間御免』の証が入った十手を見せると、モミ手をしながら店主のネアンデルタール人が出てきた。

「これは、お役目ごくろうさまです……今日は何か?」

「ちょっとした、調べをしていてな……城の御金蔵から金目のモノが盗まれたのを知っているか?」


 眉の辺りが盛り上がっている、脳の容量が大きいネアンデルタール人の店主が、少し顔を曇らせながら答える。

「厳重な幕府の御金蔵ごきんぞうが破られたのでございますか……初耳です」

「誰かが手引きをしたとしか思えない。カンブリ屋は、幕府御用達で城に出入りをしているから、何か気づいたコトは無いかと思って来てみた」


「そうでしたか……わたしどもには、何も伝わっておりませんが……何か気づいたコトがありましたら、お伝えします」

「わかった」

「それにしても、幕府の御金蔵を破って千両箱を盗むとは、大胆な盗っ人ですな……他に何か盗まれたモノはありましたか?」


 恐華は、十手で自分の肩をトントン叩きながら言った。

「いや、特にこれと言って」

「そうですか、時にあなたさまは恐竜のトロオドンから進化した、人類らしいですな」

「亡くなった親父からはそう聞いている」

「羨ましい限りです、わたしたち、ネアンデルタール人も早く進化したいモノです」


 カンブリ屋を出て通りを歩く恐華に、走次が言った。

「本当にネアンデルタールは、サル臭い……なかなか尻尾を出さねぇ」

「ネアンデルタールに尻尾はないけれどね……長谷川さまが言っていた通り、カンブリ屋は事件に関係しているな」

「どうして、そう思ったんですかい?」

「あたしは【城の御金蔵から金目のモノが盗まれた】と言ったのに、カンブリ屋の主人は千両箱が盗まれたと、知っていた」

「あっ!?」


 恐華が言った。

「人間御免の十手を預かっている以上、見当違いの調べをしたら。河原で斬首刑にされる覚悟が必要だからな……それだけの責任が、この十手にはある……とは言え、どうしたらいいものやら」


 カンブリ屋が将軍家の卵盗難に関わっているのは、恐華の目からみても間違いなかった……が。

「次期将軍さまの卵が人質に取られているようなものだから……迂闊うかつには動けない、カンブリ屋の目的も不明だし」

 歩きながら考えていた恐華が、頭上を飛んでいる空吉に向かって言った。

「空吉、おまえに頼みがある……盗っ人仲間から、城の御金蔵を破ったコトを自慢しているヤツを探り出してくれ……それほどの大仕事をやって、黙っていられるはずがないから」


 一刻後──飯屋で食事をしている、恐華と走次の所にやって来た空吉が言った。

「御金蔵破りを酒場で酔っぱらってペラペラ自慢している、ヴェロキラプトル種の盗っ人を見つけ出して、話しを聞き出してきやした」

「もう見つけたの? で、どんな具合に忍び込んだのか聞き出せた?」


「それはもう、しっかりと……なんでも【目だけを覗かせた頭巾をかぶった人物から、御金蔵に簡単に忍び込める手はずをするから、あるモノを御金蔵の中から持ち出してきて欲しい】と、悪事に誘われたらしいですぜ」

「あるモノ?」

「【紫色の高価な布に包まれた桐の箱】を持ってきて欲しいと……桐箱の中を見たら命は無いとも、言われ手数料で小判を数枚渡されたそうでさ……頭巾で顔を隠した人物からは、ネアンデルタール人特有の臭いが漂っていたと」


「う~ん、他に何か言っていなかった?」

「口が滑って、 桐の箱を手渡す時に、ついでに盗んだ千両箱を隠したコトを頭巾の人物にペラペラと……そうしたら、次の日に役人が千両箱を隠した恐竜神社から、千両箱を持ち去ってしまったそうで」


「役人が千両箱を? ますます、わからなくなった【卵を盗ませた目的】と【卵を現在隠してある場所がわかれば】……カンブリ屋の敷地内に将軍家の卵は隠されているのは、間違いないと思うんだけれど」


 恐華が思案を続けていると、食用恐竜のゆで卵を食べていた走次が飯屋の恐竜娘に向かって、苦笑しながら軽く文句を言っている声が聞こえてきた。

「おいっ、おいっ、この卵。半熟の温泉卵じゃねぇか……オレは固茹で卵を注文したのに……茹で時間が足らねえぞ」


 走次の言葉を聞いた恐華の頭の中に、恐竜絶滅の要因の一つ…… 巨大な隕石〔小惑星もしくは彗星〕がメキシコのユカタン半島沖に激突したような閃きが起こった。

 恐華が言った。

「恐竜脳でナゾが半分だけ解けた! 走次、空吉、赤色系の炎に見える色の古い布を集めてきて! カンブリ屋にひと芝居仕掛けてみる!」


 その夜──カンブリ屋のへいの外から。

「火事だぁ!」の叫び声が聞こえてきた。

 店の中庭にネアンデルタール人たちが出て見ると、塀の外に火の手が上がっていた。

「大変だぁ! 土蔵どぞうの中にある大切なモノを運び出せ! 早く!」

 カンブリ屋のネアンデルタール人たちが、真っ先に外に運び出したのは紫色の布に包まれた桐の箱だった。


 すかさず、中庭の茂みの中に隠れていた恐華が出てきて。

 呆然としているネアンデルタール人から、卵が入っている桐の箱を取り上げる。

 恐華が、ネアンデルタール人に言った。

「はい、ごくろうさん」

 結び目をほどいて、紫色の布を広げると。桐箱のフタには、ジュラ江戸将軍家『二畳家』の黄金家紋が刻まれていた。


 木戸を開けて入ってきた、走次と空吉の手には炎の形になった布とウチワがあった。

「うまくいきやしたね、恐華の姉御……火事を装えば一番大切なモノを持ち出してくるという、姉御の読みが当たりましたね」


 恐華が、ネアンデルタール人の店主に向かって言った。

「後の裁きは奉行所次第だ……あたしの、やれるコトはここまで、人間御免の十手に捕物捕縛の権限は与えられていないから……将軍家の卵は返してもらうよ」

 去っていく恐華たちに向かって、ネアンデルタール人の店主は不敵な笑みを浮かべながら。

「お役目、ごくろうさまです」と、深々と頭を下げた。



 数日後──恐華は、川岸の茶屋で、ブラキオザウルスの長谷川に食ってかかっていた。

「カンブリ屋には裁きなしの無罪って、どういう意味ですか!」

「しかたがねぇだろう、奉行所にもいろいろと、事情があるんだから……将軍家の卵が無事にもどっただけでも、良かったじゃねぇか」


 長谷川ブラキが、頭上目線で恐華に訊ねる。

「盗まれた将軍家の卵の性別が、温度の違いでオスになるか、メスになるか決定するってよくわかったな」


「ワニやカメの卵は温度差でオスかメスになるか変わるので……お亀の方がお海になられた卵も、もしかしてと思って……卵の性別で次期将軍候補に影響を与えるのが、目的ではないかと考えて」

「正解だ」


 今度は、恐華が長谷川に訊ねる。

「役人が回収した、盗まれていた千両箱はどうなったんですか?」

「あれな、奉行所に保管してあったが。いつの間にか消えていた」

「はぁぁ!? 消えていたって、どういう意味ですか?」

「深く考えるな……幕府にも事情があるんだ、カンブリ屋から金銭を借りている事情もあるからな」

「いやいや、納得できません」


 原始富士山を眺めながら長谷川が呟く。

「これは、独り言だが……幕臣の中には、三畳幕府の転覆を企んでいる恐竜もいる……カンブリ屋と結託けったくしてな……これは、独り言だから聞き流せ」

 そう呟いて長谷川ブラキは去っていった。


 恐華が、不満な表情で呟く。

「なんか、スッキリしないなぁ」

 恐華をなだめる、走次と空吉。

「気分転換で、飯でも食いましょうや」

「アンモナイト鍋の美味い店を、知ってやすぜ……焼いた三葉虫が、いい味を出していますぜ」

「え──っ、三葉虫ってほとんど食べる身ないじゃん……まっ、いいか」


 恐華は、恐竜と人間が共存共生するジュラ江戸の川沿いの町を眺め、深呼吸をしながら、軽い運動で背筋を伸ばした。


  ~おわり~

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恐竜と江戸と『人間御免』の十手娘 楠本恵士 @67853-_-

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