恐竜と江戸と『人間御免』の十手娘
楠本恵士
第1話・華のお江戸は恐竜がいっぱい①
穏やかな春うらら──恐竜と人間が共生共存する、不思議な世界の江戸時代。
ジュラ江戸を流れる桜並木の川岸にある茶屋の、長椅子に腰かけた人間の岡っ引き娘。
人間年齢で十五歳くらいの『恐華』は、三色団子を食べながら満開の桜を眺めていた。
背中に材木をくくりつけて川を下っていく、ワニに似た水棲恐竜のモササウルスや、滑空して魚を捕獲している翼竜のランフォリンクスなどの『原種恐竜』に混じって。
着物姿で川岸で花見をしている進化した『人間サイズ恐竜』たちや、原種恐竜と同サイズで着衣した『原種サイズ恐竜』が、桜並木を
進化して着衣した恐竜は人語を話せるコトができるが、原種恐竜は人語を話すコトはできない。
例えるなら、原種恐竜は野生動物や家畜やペットの類いで。
進化して知能を持った着衣恐竜の、サイズが人間サイズと原種サイズに分かれているのは、犬が大型犬と小型犬に種類分けされている程度の
恐華が二串目の団子を食べていると、近づいてくる地響きが聞こえ、揺れた桜の木から花びらが舞い落ちる。
箸をかんざし代わりに髪に刺して結った、恐華の頭上から声が聞こえてきた。
「待たせたな……恐華」
見上げると、東町奉行所の同心で恐華の上司のブラキオザウルス。
『長谷川ブラキ』が長い首で恐華を見下ろしていた。
見上げながら恐華が言った。
「いいえ、あたしも今来たところですから」
全長二十五メートルの長谷川は、草まんじゅうと、お茶を注文して。
運ばれてきた
一息ついた、長谷川ブラキが恐華に言った。
「おまえを呼んだのは他でもねぇ……『人間御免』の十手を持たせた、おまえにしかできねぇコトが発生した」
人間御免の十手とは、町奉行が踏み込めない場所へも、特例で踏み込んで捜査ができる特権の証紋が入った十手だった。
また一口、茶を飲んで長谷川は言った。
「おめえの、父親も災難だったな……
恐華の父親で名岡っ引きの、竜次郎が不幸な事故で亡くなって。父親が、ジュラ江戸幕府から預かっていた『人間御免』の十手を恐華が引き継いだのは半年前だ。
三色団子の最後の一個を歯で串から引き抜き食べた、恐華が長谷川ブラキに訊ねる。
「で……あたしにしかできないコトってなんですか?」
長谷川は恐華に顔を近づける、ブラキオザウルスの頭のてっぺんにある鼻の穴から鼻息が聞こえた。
長谷川が、小声で恐華に言った。
「あまり大きな声じゃ言えねぇが……【ジュラ江戸の将軍、
「えっ!? 今なんと?」
「聞こえなかったのか……次期将軍候補の卵が、保管してあった城の
思わず大声を発する恐華。
「え──────っ!」
「声がでけぇ、下手人〔犯人〕の見当はついているがな」
「それなら、さっさと捕まえて将軍さまの卵を」
「それが、簡単にできるなら。おまえを呼び出したりはしない……幕府の方にもいろいろと、事情があってな」
首を上げた長谷川ブラキは、つねに噴煙を上げている原始富士山を眺めながら言った。
「くれぐれも、調べ〔調査〕は内密にな……これは、オレの独り言だが」
長谷川がポツリと言った。
「カンブリア紀創業の、老舗の卵
そう言うと長谷川は、道端にあった、カーリングストーンサイズの石を胃石として呑み込み川の中に入っていくと、首先だけを水面に出して去っていった。
同心の長谷川ブラキが去り、三十センチの小型原種恐竜で二脚走行の、ラゴスクスが茶屋の前を集団で走っていくのを、腕組みをして眺めていた恐華が呟く。
「そろそろ、隠れていないで出てきたらどうだい……『走次』」
恐華の声に、茶屋の壁陰から、着物姿で人間サイズの二脚歩行恐竜ディノニクス種が現れた。
ディノニクスの走りの走次が言った。
「やっぱり、オレはでっかい恐竜は苦手で……それにしても、また厄介な事件を押しつけられたモノで」
「まったくだ『空吉』のヤツはどこにいる?」
走次は頭上を指差して言った。
「さっきまで、どこかに隠れていましたが。今は上空を旋回しています」
恐華が空を見上げると、着物姿の翼竜が旋回しているのが見えた。
恐華が空に向かって呼ぶ。
「いつまでも回っていないで降りてこい、空吉」
人間サイズのディモルフォドン種翼竜、クチバシが大きく、頭が少しでかい。
飛びの『空吉』が恐華の前に降りてきて言った。
「いやぁ、原種恐竜のプテラノドンとケツァルコアトルスが、空を飛ぶ時間帯だったので隠れていました……あいつら、威圧感ありすぎでさぁ」
走次と空吉は、元々は盗賊団のメンバーだったが、今は改心して恐華の元で岡っ引き見習いとして、恐華をサポートしている。
走次が言った。
「竜次郎の旦那には、オレたち二人は世話になりましたから……恐華
「姉御はやめろ、あたしの方が年下だ」
空吉が恐華に訊ねる。
「最初に、どう動きます?」
「そうだなぁ……とりあえず」
恐華は『人間御免』の十手で、自分の肩をトントン叩きながら言った。
「長谷川さまが独り言で言っていた『カンブリ屋』に行って、軽く探りを入れてみっか」
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