第三段
見るからに強固なカギを斬り壊すと、女剣士は戸板を乱暴に蹴りあける。
スカルは迷うことなく
彼女が正面きって乗り込んできたのは、この
しかし、あとひとり分の余力はある。
そのひとりさえ倒せれば、すでに見限っていた命。どうなったっていい。
うす暗がりのなか、ふくらみを乗せた寝台を見つけると、スカルは足をひきずり、近づいていった。
「名乗りはいるか……?」
ふくらみは答えず、モゾモゾと動くだけ。
「……ならば、いい」
曲刀を振り上げるスカルだったが、ここで不審を抱いた。
館に侵入した者があることはすでに知れ渡っているはずである。侵入者の目的が定かでなかったとしても、この男は指揮をとるべき立場。寝台から出るくらいのことはしていて当然である。
それなのになぜ、いまだに寝入っているのか――。
スカルは、布団をはぎとった。
「ッ?!」
寝ていたのは男でなく、年若い女だった。さるぐつわをされ、身動きできないように縛られている。
どこをどうみても「領主の男」ではない――。
「バカめぇッ!!」
「?!」
スカルの背後から、
ここに至るまでの疲労と受傷がなければ避けられていただろう。あるいは、館に乗り込む前、しっかりと食べ、睡眠をとり、気力も十分であったなら、勘づくことができたろう。
しかし、現実として、物陰から飛び出してきた男にスカルは反応しきれなかった。すかすかで空っぽの腹を、冷たい感触に刺し貫かれてしまった。
「死ね、
「く、う、貴様ぁ……!」
だが、スカルの戦意は折れていない。
腹に刺さった刀をつかむと、そのまま、相手を押して駆け出す。
「ふ、う、ぅぅるぁぁッ!」
「な、なッ? なぁッ?!」
部屋を横切り、向こう側まで押し続けたスカルは、そのまま、領主とともに窓ガラスを突き破っていった。
寝室があったのは地上二階。
その高さから、もつれたままに落ちていく。
「がぁッ?!」
「う、くぅッ!」
落下の衝撃自体は、地面とのあいだに領主の体があったため、それほど大きくはなかった。
それよりもむしろ、腹に刺さったままだった刀がさらに押し込められ、スカルの身体のより深い部分を傷つけた。
よろよろと覚束ないが、先に立ち上がった領主は足を引きずり、場を離れていく。
「く、クソ……。クソの平民がぁ……」
思わぬ反撃に領主のほうは戦意を失ったのだろう。この場を逃れるつもりらしい。相手はすでにどうしようもない手負い。数人の部下を呼びつければカタがつく。
追わねば、とスカルも身を起こしかけるが、できなかった。
下半身がガクガクと揺れ、力が入らず、視界がぼやける。失った血が多すぎるのか、ぼうとして頭が働かない。
だが、そんなハッキリとしない意識に届いてきた声がある。
「スカル~ッ!」
逃げる領主のさらに奥、少女の姿がかすんで見えた。
涙をふりまき、こちらへ駆け寄ってくる姿があった。
「アリヤ……?」
「スカル!」
「なぜここに」、「言葉を話せている」などとは考えもしなかった。
少女の姿を見てスカルが感じるのは、自分でもどうしてだかわからない、ただただ穏やかな心地。安堵めいたもの。
しかし、スカルと少女のあいだには領主がいた。血で汚れた手を、少女へと伸ばしていた。悪政者は、何らかの意図をもってアリヤに近寄っていくのだ。
その意図するところを、思考もままならないスカルだったが、察した。
アリヤが自分の顔見知りと知って、利用しようとしているのだ――。
「らぁあぁぁッ!」
気付けば、スカルは男の背を斬っていた。あれほど震えていた足で起き上がり、駆けると、領主を一刀のもとに斬り伏せていた。
そうして、男と同時、スカルの身体は地に倒れる。
「スカル! いなくなっちゃダメぇッ!」
もはや、何の力もでない。仰向けのまま、指先ひとつ動かせない。本当に、最後の死力を尽くした。
夜空の星はかすみ、少女の涙声は小さくなる。
すべてが女剣士から遠ざかっていく。
「夜空を見ろ、アリヤ」
近くにいるかどうかも判らない少女に向け、スカルは喉から声を絞り出す。
「あれほど輝く星でさえ、いずれは消えてしまうものらしい……。ならば……、人が死んでしまうのも、なにも哀しむことはない……、当然のことだと思わないか?」
星など、スカルにはもう見えていない。真っ暗の空が広がるばかりである。あるいは、星の光など、この世にははじめからなかったのかもしれない。
それでもスカルは、優しく抱かれてでもいるような心地に包まれ、言葉をつなぐ。
「星が消える間際には、強く明るく輝くという。私も、少しは輝けただろうか?」
問いかけるも、返事がない。
アリヤはいるだろうか。
ケガはなかっただろうか。
また、あの廃屋のときのように、静かに泣いていないだろうか。
スカルにはもう、確かめる術はない。
だが、確かに感じるこの温かさは、きっとあの子の体温だろう。今なら、空腹を苦痛に感じることもなく、眠りにつくことができそうだった。
「あのモチ、うまかったな」
言ったきり、スカルの命はついえた。
*
アリヤは、新たな領主の善政下、環境が改善された孤児教会堂で勉学に励んだ。
成長した彼女は、孤児の出身としては異例、
領主や同僚、領民たちと協力し、国力の発展に尽くした彼女の生涯は、たくさんの孫やひ孫に囲まれた暖かい日のこと、静かに閉じられていった。
(完)
散華の前に ブーカン @bookan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます