一章 月と海 第十話 珈琲

クラブを後にした渚。

渚は家に戻るタクシーの中で先ほどまでの外国人の積極的アピールと、頼りなかった男の事を思い出す。

バッグに入れているスマホが何度も何度も、鳴り響く。

主催や声をかけてくれた男たち。それから女友達。

こうして声をかけてくれるのは嬉しいんだけれど……


「ともだち……?ううん、同じサークルの仲間たちかな。友達っていう気はそれほどしない。もしかしたら私は人に対する関心が薄いのかな?」

考えてみれば、胸を張って「この人は私の友達!」って呼べる人。そんなにいない気がする。放っておいても色んな人に声をかけてもらえたからなのかな?

だから私。そんなに長い時間一人でいるっていう感覚が無いのかもしれない。

でも……あの真っ暗な空間で孤独になる夢を見る。


あの夢が私の本当の気持ちなのかな?


だとしたら、私は実は孤独なの??


なんだろう?ただわかる事と言えば、身も心も真っ暗な闇に染まってしまいそうなほどに。とても不安で、寂しい。


その中から声をかけてくれた克己の声。

唯一聞こえてきた声。


私ね。本当は聴力があるとは言えないのかもしれない。


周囲の雑音などいろんな物音は聞こえてくるのに、何故か人の声が耳に入らないの。


決して無視しているわけではない。


でもね、何故だかわからないけれど耳に入って来ないんだ。

真後ろや横から話しかけられた言葉は耳に入って来ないのはもちろん、正面でも耳に入って来ないんだ。普段はどうしているのかって?口の動き見て何となく感じているの。だから読み取れない時は、何話しているのかわからず困っちゃう。


でも……あの時の克己の声はびっくりしちゃうくらい、声が通ってきた。私の耳を通して、脳内に響いたんだ。


「ああ……克己……克己……もっともっと……声を聴きたいよ……」

克己以外に、私の声が良く通る人。居ないと思う……それを思うと、涙が出てくる。

逢いたい……逢いたいよ……でも、あの人には別の女性が居る……


「なんで、なんで……私はこうも上手くいかないんだろう?」


「……」


渚の乗るタクシーが街々のネオンやヘッドライトに照らされてビル群や車を抜けていく……



ーー  ∞ ーー ∞ ーー


一方克己は警察たちに連行されていった麻美の安否を気にしつつ、後からやってきた渚かもしれない女性の顔の表情が頭から離れなかった。


「……」


「……俺はどうすればいい……?人に裏切られるのはわかるとして、人を裏切るのは嫌だ。そんなのは俺じゃない」

麻美と後からやって来た渚かもしれない女性の板挟みにあう。


「優柔不断」……なのだろうか?そんな単純な言葉で片づけていいものだろうか?

二人への気持ちが葛藤している。


克己は冷静な判断が出来ず、バーカウンター風の珈琲店で休む事にする。

ほどなくしてオーナーさんが目前でコーヒーをブラックで淹れてくれたので、手に取って静かに口に近付けていく。


「……」


はぁぁああああああ…………


普段はブラックでさえ美味しく飲めてホッとするところなんだけど、いつもに増して長い溜め息を漏らす。


「う~ん?珈琲ってこんなにも苦かったのだろう……か?」

いつもに増して苦く感じた珈琲の苦みが口内一杯に拡がっていくのを感じる。

小学生の頃に産まれて初めて、ブラックで珈琲を飲んだ時のよう……


どうやら精神的にモヤモヤしているというか……かなり不安定で迷走している状態。

付き合っている麻美より渚かもしれない女性の方への比率が高まっていく気がした……



ーー  ∞ ーー ∞ ーー


珈琲飲むとね


腹の中から声が出るから


それに相まって溜息が強くなる感じ


これまで飲んだ珈琲の中で一番苦かった


実際はそうじゃないかもしれないけれど


今日の舌と脳はその様に感じたんだ


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仮)海王星銀河 桜俊 @ohshun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る