Episode5.2

「プラトンさん~! 支部から持ってきた麻痺薬の量じゃ、恐らく足りませんよぉ」

「あ? それじゃ、応援要請のついでに麻痺薬も」


 ネルからの魔物との戦闘用に重宝する麻痺薬の報告を受け、プラトンが新たに追加でトスへ指示を出そうとしたその時、


「――うぁッ!」


 トスの短い悲鳴が聞こえた。


 振り向くと、通信用の魔法陣が描かれた魔晶石、通称『通信魔石』が魅惑的な紫色の輝きを失い、トスの手から地面に滑り落ちていた。


「なんだ……って、おい。その手どうした」

「ひぇっ! トスさん、怪我してますぅ~」


 トスの手が赤くただれており、火傷を負ったような状態だった。険しい顔のトスが信じられないというように説明する。


「っ……弾かれました」

「は?」

「通信が阻害されたんです。外部から干渉されていますっ!」

「干渉って、そんなの」


 連続して起こる不可解な出来事に脳の処理が追い付かないプラトンだが、現実はさらに残酷だった。



『キェェエエエエエェェェェェェッッッッッ!!!!!!』



 真上から降り注ぐ耳をつんざくような咆哮に、空気が震えた。

 不安げに避難をする住人たちの怯えも、魔物の数に緊張が走っていた隊員たちの焦りも、全てが吹き飛ばされた。残ったのは上空からの暴力的なプレッシャー。


「な……ん、だ」


 突然の光景に、プラトンが無意識に溢した言葉が、やけに広場に響いた。

 上空には体長五メートルはある鳥類のような魔物が浮遊していた。大きな翼の先には鋭い爪が光り、サメ肌のようなごつごつした黄土色の皮膚に、頭には純白の長いトサカが生え、ぎょろりとした光を失った瞳はまるで獲物を探すかのように忙しなく動き回っている。


 ゆっくりと口を開いたかと思えば、その中心にじっくりと色のついた風のようなものが円を描くように集まっていく。


 その光景を見たネルが誰よりも早く声をあげた。


「プラトンさんっ! 魔力攻撃ですぅ!」


 はっとしたプラトンも一拍遅れてここにいる人間全てに向けて叫ぶ。


「伏せろッッッ!!」


 伏せてどうにかなる状況でないことは誰もがわかっただろう。しかし、それ以外にどうすればよいのか頭が上手く働いていない。思考がストップした状態で、頼れるのは魔物と唯一対抗できるサンクチュアリの保護官たちだけだ。


「ッ――――!」


 魔力攻撃の衝撃を覚悟して、体に力を込めた。

 その刹那。


『――――ギェエエエエエェェェェエエエッッッッッ!!!!!!』


 魔物の悲鳴が真上から降り注いだ直後、爆発が起こった。

 爆音と飛び散る魔物の残骸に、住人たちが悲鳴をあげる。


「アリサー隊員ッ!」


 次に聞こえたのはフェナンドのアリサーを呼ぶ声だった。

 爆発による煙が立ち込める中、プラトンが上空を見上げると刺激的な光景に空笑いが漏れ出た。


「は……は、ははは。さすがだ、アリサー」


 魔物の口を串さしにするかの如く剣が一本突き刺さっており、顔後ろ半分は自身の魔力攻撃による自爆で飛び散っていた。頭半分骨だけになったグロテスクな光景は子供たちのトラウマになることだろう。


「きゃー! やばいですぅ! 落ちっ、落ちますよぉ~!?」


 制御を失った巨体は住人たちがいる広場に向かって真っ逆さまに落ちていく。住人たちは『もうだめだ!』と体を寄せ合い、目を瞑った。


「アリサー! 東側の公園に吹っ飛ばせぇぇッッッ!」


 プラトンの力強い指示に、アリサーは動いた。

 建物の屋根を足場にしていたアリサーは力強く蹴って空中に身を投げ出す。落ちていく巨体のすぐそばまで近づくと、空中で体を一捻り。そしてその反動を利用して、回し蹴りを食らわした。細い足は巨体にめり込み、見た目の重量が全く逆なはずのアリサーと魔物は、魔物がまるで弾かれるように吹っ飛ぶ。


「ひぇっ」


 いつ見ても化け物じみた戦闘スタイルのアリサーに、同じ部隊のネルが引く。その直後、魔物は広場から少し離れた公園付近に爆音付きで落下した。


「きやぁあああっ」

「うっ……うわあああああん!」


 その衝撃で、地面が揺れる。

 住人たちの叫び声や子供の泣き声で広場は包まれた。


「……結界は?」


 指示通り魔物を処理したアリサーが息ひとつあげずに、音もなく地面に降り立った。空になった鞘を腰に下げ、プラトンに近づく。相変わらず真っ白いお面はつけたまま。


「あ? ……あ、ああ。ショウたちに行かせた。そろそろ発動させるだろう。魔物の処理ご苦労」


 アリサーがいなければ、今頃トロックの街は地獄絵図となっていたことだろう。それを想像して身震いしたプラトンはアリサーを労った。他の隊員たちも強張った顔から安堵の表情へと変わっている。助かったのだという雰囲気に広場全体が包まれていた。


 しかし、トスが硬い声でプラトンを呼んだ。


「プラトン副隊長っ!」

「今度はなんだ」


 振り返ったその先には、ぐったりとした住人たち。顔色の悪い女性、ふさぎ込む若い男性、意識を完全に失った子供。症状は様々だが、明らかに様子がおかしい。


「魔力中毒を起こしていますっ!」


 彼らを見たトスのその判断に、プラトンは大きく顔をしかめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る